野尻抱介blog

尻Pこと野尻抱介のblogです

ガイガーカウンターミーティング(GCM)に参加

 2011年6月11日、秋葉原のアーツちよだ3331で掲題のイベントが開かれた。私は鼎談の出演者として呼んでいただいたが、当時はSFマガジンの原稿締切が迫っていて、準備段階では何もお手伝いできなかった。
 このイベントは放射線測定に関するTwitter上のムーブメントが複合したものだ。私の観測範囲では、高エネ研(KEK)の野尻美保子さんと阪大の菊池誠さんの間で「放射線の正しい測定方法を解説する動画を作ろう」とする動きがまずあった。それと平行して技術系アーティストの八谷和彦さんが「市販や自作のガイガーカウンターは器差・誤差が大きいようだから、一度ちゃんとした測定器と鳴き合わせて較正したい」という活動をしていた。そして各地で放射線測定のための草の根プロジェクトが進行していた。
 八谷さんはこれらを、放射線測定の(1)解説、(2)較正、(3)ネットワーキング、という三要素からなるイベントにまとめた。この構成はうまく共鳴していたと思う。
 KEKの一宮さん、岩瀬さん、東大の早野先生らが協力してくれて、基準線源や一千万円以上する測定器、300kg以上になる鉛ブロックが搬入された。
 会場の3331では地下の二部屋を展示と講演に分けて使った。展示室では自作測定器や各種の線源、霧箱実験、パネル展示など。講演室では較正会、講座、鼎談、発表会が行われた。イベントはustreamニコニコ生放送でも中継された。

 蓋を開けてみると、雨天にもかかわらず想定の3倍以上の参加者が集まった。しかも参加者の多くがガイガーカウンターを持参していた。較正の希望者が非常に多くて時間がかかってしまった。展示室も芋を洗うような混雑になった。八谷さんはてんてこ舞いしていたようだった。
 至らぬところも多かったと思うが、私はこの熱気に頼もしいものを感じた。この感じはアマチュア無線やAAVSO(アメリ変光星観測者協会)の黎明期を思わせる。状況がホットでプロの手が足りない、機材も足りないというとき、アマチュアが自主的に活動し、ネットワーキングしていくシーンだ。







(6/26追記 左から二つ目の写真が90Sr線源だったので、137Cs線源のものに置き換えた)
 上の写真は較正会の様子。紙に同心円を描き、中心にセシウム137の線源を置き、較正済みのNaIシンチレーション計で基準値を測った。同じ場所に参加者の持ち寄った測定器を置いて器差を調べた。集計結果はこちら>簡易較正会・測定結果
 意外だったのは、ガイガーカウンターには自己ノイズが結構あるということだ。厚さ5cmの鉛ブロックで遮蔽すると、環境放射線はほぼゼロになる。ところが、その状態でも0.05〜0.1μSv/hを示す装置が普通にあった。これは装置自身が生み出しているものだ。線量の低いところほど、自己ノイズの存在比が大きくなることに留意したい。

 別エントリで述べたとおり、私は20年来の放射線オタクである。これはきわめつけの少数民族だから、この盛り上がりは嬉しい。ずっと変人扱いされてきた日陰者が、いまや人の先頭に立って活動できるのである。
 較正会の開始を待つ間、私は客席に向かって問いかけてみた。
「この中で311以前からガイガーカウンターをいじっていた人、いますか?」
 数人が手を上げた。その数人に向かって、私は言った。
「やっと私たちの時代が来ま――」
 そこで私は菊池・野尻両先生から羽交い締めにされた。「福島の方も見てるんだから今日はそういうノリは無しで!」とのことである。おっしゃる通りであった。
 だが私の経験では、ここで「福島県民の気持ちを考えろ!」と怒るのはきまって「外の人」だ。そのいっぽう、福島の人が最も嫌がるのは「そこはもうだめだ、今すぐ逃げなさい、子供達の未来のために!」とかいう、善意だか反原発カルトだかわからないお節介である。
 100mSv以下の低線量被曝の影響は誰にもわからないのだから、避難するかどうかは当人の意志次第になる。外にいる者はまずその意志を尊重し、サポートするなら中立的かつ科学本位であるべきだろう。この点、放射線オタクの行動は少なくとも科学本位で中立的である。副作用の多い「善意」ではなく、知的好奇心で動いているからだ。そういう姿勢で動いていれば、本当に具備すべきモラルは自然につかめてくるのではなかろうか。

 私は鼎談のときも「私に言わせれば福島の放射能汚染は付加価値で――」と口走り、また菊池・野尻両先生から羽交い締めにされた。コメント欄で罵倒する前に先を読んでほしいのだが、私はこの暴言の中にも一片の真理があると思っている。
 つまり、この原子力災害をきっかけに福島の明るい未来を描くことは、悲観的な予想と同じくらいに可能だということだ。全県民に健康調査が行われることだけをとっても、福島県民が日本一健康になる可能性は少なくない。放射性物質は刻々と減っていくのだから、いまは厳しくても、未来の価値に投資する者は必ず現れるだろう。
 楽観的ビジョンを語るとたちまちお花畑と言われてしまう昨今だが、悲観的ビジョンだって対等にお花畑だと思う。安全側に動いたつもりが、QOLを落としてしまうことだってあるだろう。
 菊池さんは未来のことは語らず、野尻美保子さんは慎重な見方をするほうだ。研究者の間でも意見は分かれているが、先に述べた通り、決着しないことはわかっている。決着しないならば判断は流動的になるほうがむしろ自然だろう。累積線量を見守りながら、危ないと思ったら逃げればいい。話を本題に戻すと、そうした判断のためにも正しい測定が必要なわけだ。




 展示室にあった自作線量計霧箱実験など。

 18時から行われた草の根プロジェクト発表会でもいろいろな提案があった。安価な自作線量計カドミウムテルル半導体検出器を使ったスマートな線量計、ネットワークを利用した較正、信頼性評価の手法などが語られた。
 自分の思いつきも混ぜてまとめると、以下のような仕様のスマートな放射線測定器を希望者全員に携帯させるのが理想だと思う。

(1) 累積線量と現在の線量率がわかる。
(2) 危険なホットスポットに近づくとアラームやバイブレーションで知らせる。
(3) GPS内蔵で現在位置とあわせてログを取れる。
(4) ネットに自動接続して集計、マッピング、較正できる。
(5) 電源は24時間入れっぱなし。低消費電力、充電式。
(6) できれば地面からの高さ・対象からの距離も自動測定したい。
(7) 安価である。

 つまり放射線測定の知識がなくても、勝手に測定して判断し、報告してくれる賢い測定器だ。
 福島第一原発からの放出が収まったとしても、すでにある放射性物質は拡散したり濃集したり崩壊したりして変化し続けるから、測定器のニーズはこの先何十年も持続するだろう。必要最低限のスペックのものを迅速に普及させる短期戦略と、時間をかけて充実した製品を出す長期戦略の両方があると思う。

●リンクなど
・公式blog 611GCM
・関連リンク集(kikulog) kikulog
・野尻美保子さんのblog ガイガーカウンターミーティングのスライド、グラフ等 : 油断するなここは戦場だ
Twitterハッシュタグ #611GCM
・「1000円以内で放射線計測器を作ってみる」プロジェクト プレゼン資料
 計測データの集積を行うためのwebアプリ(オープンソース公開) Google Code Archive - Long-term storage for Google Code Project Hosting.

 プロジェクト発表者の方など、サイトがありましたらコメント欄でご指摘ください。

図解 放射性同位元素等取扱者必携

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