野尻抱介blog

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ニコニコ技術部 深圳観察会レポート(2)「本物のオリジナルです」

前回→ニコニコ技術部 深圳観察会レポート(1)「あなたは過去を向いている」

 8月7日、ツアー二日目は深圳の巨大電気街、華強北(ふぁーちゃんぺー)を探検した。電気街は華強北駅周辺から東西500m、南へ1kmぐらいの範囲にある。
 午前10時頃、seeedのVioletさんがホテルに現れ、小柄な体で一同を先導してくれた。まず電気街の東南あたりにある、スマホ関連のお店に入ってみる。

 玩具売り場ではない。すべて携帯電話である。
 これらをこのツアーでは「山寨」(しゃんざい。Shanzhai )と呼んでいた。重要なキーワードなのだが、語義は揺れがあって、人によって違う。
 基本的に、山寨とは中国で横行するコピー製品(主に携帯電話)のことだ。だが今回のツアーで教わったところでは、コピーをベースにしてオリジナリティを加味しているものが山寨であって、侮蔑的に呼ばれるコピー品(copycat、猿真似)とは区別する。seeedのエリックは山寨に一定の評価を与えていた。
 いっぽう、Make blogの記事「12ドルの携帯電話」では山寨をcopycatの意味で使っている。そして山寨よりいいものとして「公开」(ごんかい)という言葉を出しているのだが、今回のツアーでは聞かなかった。
 とりあえず、ここでは山寨をcopycatより良きもの、オリジナリティを加味したものとして使うことにする。もとの意味は「山の砦」「山岳要塞」で、中央からのコントロールが行き届かない場所で勝手をする、という文脈らしい。なんにしても我々は漢字ネイティブだから、中国を旅するとインパクトのある単語に出会えて面白い。そして文字の力を再認識するのだった。

 山寨フォンの近くの売り場で、左のモバイルバッテリーを見つけたときも「あっ」と思った。昨日、工場で見たアルミのケースが製品になって並んでいる。
 電化製品とは遙か彼方で作られるものだと思っていたが、つまりここがその彼方なのだ。産地直売とはこのことか、と感じ入ったものだ。

 これは機器に貼り付けるシールの数々。「原装正品」(Original authentic)とか「20000mah」「SD card 32G」なんてのもある。真に受けて買ってみたら2Gしかなかった、というインチキ商品はこうやって作られるわけだ。私は面白がって何枚も買ってしまった。笑ったのは写真右の「本物のオリジナル」だ。信頼感をぐんと高めてくれるホロ加工が香ばしい彩りになっている。

 コンシューマー製品に較べると、パーツを扱うところは真面目な感じになる。秋葉原ラジオセンターを数十倍にしたような売り場が10階建てぐらいのビルの各フロアに満ちていて、眺めているときりがない。
 右のビルのいくつかのフロアは小売りはせず、そのかわりパーツリストを渡せば翌日までに何万個でも揃えてくれるそうだ。

 左はArduinoRaspberry Pi関連を扱う店。華強北ではここだけだと聞いた。まだMakerが少ないのか、あるいはこんな初心者向けのモジュールなど使わないのか、あるいは通販で安く買えてしまうからだろうか。
 seeedが発行している Shenzen Map for Makers (PDF)によると、四つ星のついたおすすめビルは
(1) Hungqiang Building No.1,2,3 華強1,2,3号楼
(2) SEG Building 赛格广场
 の二つだ。ともに華強路ぞいの南のほうにあって、筋向かいに位置している。

 いったん解散して16時頃、HAXLR8R(ハクセラレーターと読む。略称はHAX)に案内された。電気街の一角にあるが、場所は非公開で、アポイントメントがないと入れない。
 HAXはハードウェア・スタートアップを援助する組織で、見込みのある10組のプロジェクトを同時に採用し、この場所で開発し、111日間で卒業させてスタートアップさせる。
 写真左はHAXの代表、ベンジャミン・ジョフ氏。右の変な人は高須氏だ。ベンジャミンはパワーポイントで、大変面白いレクチャーをしてくれた。「こんなハードウェア・スタートアップはお呼びじゃない」とでも題したいものだ。
 同じレクチャーを取り上げたTech Crunch、Ken Nishimura氏の記事「ハードウェア・スタートアップが避けるべき12の「○○ウェア」 から以下に引用させていただく。
  1. ファンウェア(FUNware:fun=面白いだけのプロダクトでビジネスにならない)
  2. イージーウェア(EASYware:実装が容易で誰でも作れるプロダクト)
  3. セイムウェア(SAMEware:既存市場の中で新規性がなく差別化ができていないプロダクト)
  4. ソリューションウェア(SOLUTIONware:課題もないのに解決法だけ提供している)
  5. ベイパーウェア(VAPORware:vaporは蒸発のこと、つまり実装できずアイデアやビジョンだけで終わる)
  6. レイムウェア(LAMEware:lameはイケてないという意味、つまり見掛け倒しで実際の機能は事前に喧伝してたものより、スペックがしょぼくて平凡)
  7. フェイルウェア(FAILware:うまく製品は実現できたが、そもそも製品自体が間違った存在)
  8. レイトウェア(LATEware:市場性も検証されてるけど、競合の目を覚ましてしまい機を逸したプロダクト)
  9. ロスウェア(LOSSware:超薄利もしくはマイナスの収益)
  10. ボアウェア(BOREware:みんなすぐに飽きて使わなくなるプロダクト)
  11. フューチャーウェア(FUTUREware:数年単位で時期尚早、市場がまだないプロダクト)
  12. ローカルウェア(LOCALware:局地的なエコシステムに最適化しすぎ)
 このほか「ハンマーを持つと釘を求めてしまう」現象などが指摘されて「あるある」と膝を打った。新しい紫外線センサを手に入れて、誰も必要としていない紫外線警報ガジェットを作ってしまうようなことだ。
 また、簡単にコピーされないために、単純なハードとクラウドを組み合わせたIoTスタイルが望ましいとされた。
 プレゼン資料はこちらで公開されている。

 続いて、HAXで進行中か、または卒業したプロジェクトを開発者当人に説明してもらった。
 左は自転車のハンドルに電子回路を組み込んだもの。当初は「ライトが盗まれやすいのでハンドル内に組み込もう」というだけのプロジェクトだったが、さらに発展させてナビゲーション機能などが加えられた。この試作品は$300でできた。くりかえし述べてきたことだが、こうしたプロトタイプも安く短時間でできるのが深圳の強味、とのこと。

 これは自動化されたギター・チューナー。装置をギターのチューニングノブにはめ込み、スマホで音を拾って、装置のモーターにフィードバックする。手で弦を弾いて音を出すと、装置がノブを回し、あっという間にチューニングをすませてしまう。

 なるほどね。でも二つとも、あってもなくてもいいな、というのが正直な感想だ。自転車やギターを趣味とする人なら反応は違うだろうか。あのべからず集12箇条をパスするようなものはかなり大衆指向で、ギークには受けないかもしれない。
 かといって、もし2006年頃にHAXがあったとして、iPhoneの構想を示されたら「実現不可能だ」「未来的すぎる」と否定してしまわないだろうか? 世界を革新するものを、そうなる前に見抜くのは難しい。単純なべからず集で裁けるようなものではなく、感性と理性を最高度に研ぎ澄まして向き合うべきだろう。

 ニコニコ技術部が作っている作品の多くはべからず集(1)のファンウェアに該当してしまう。ベンジャミンはそれをつまらないとは言ってない。ただ、ビジネスに乗らないということだ。HAXはスタートアップ特進塾とでもいうべき、冷徹かつ実際的な視点からプログラムを進め、それゆえに高い成功率を維持している。
 かたやニコニコ技術部員は、ひとときのウケを取るために才能を浪費する。あるいは「俺はこれを作るしかなかったんだ!」という一途な思いをぶつけることで共感を得る。私は、こうした営み、遊びのほうがビジネスより高級だと思っている。
 だが、深圳を見て思ったのは「ビジネスだって遊びになる」ということだ。でなければ、seeedのエリックやHAXのベンジャミン、そのほかプロジェクト主の皆さんが、かくもキラキラした目で働くはずがない。消費者の財布を燃料として燎原の火のごとき連鎖反応を引き起こし、世界を革新しようとする――これはそういう遊びなのだ。
 そんな遊びができるとは、我々はなんと素晴らしい時代に生きているのだろう。

 HAXの見学を終えてから、またみんなで中華ディナーに雪崩れ込んだ。
 ネコミミをつけた右の人は、昼間、高須氏がばったり再会したMakerのお友達。Google Glassをかけていたので、ちょっと試させてもらった。
 女性二人はツアーメンバーで、中央がスイッチサイエンス&ニコ技のあさぎさん、左が医療ベンチャー、サイマックスの鶴岡マリアさん
 この写真を大きめに貼ったのには理由がある。ビジネスだろうと遊びだろうとアートだろうと、みんな同じ目をしていることを示したかったからだ。
 こうしてツアー二日目が終わった。日程はまだ二日残っている。

 次回→ニコニコ技術部 深圳観察会レポート(3)「うちのボスがデザインしたのよ」

★ツアー参加者によるレポートリンクはこちらにまとめられている→深圳是創客的天国! ニコ技深圳観察会レポートまとめ(更新中) #sz0806