野尻抱介blog

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ニコニコ技術部 深圳観察会レポート(1)「あなたは過去を向いている」

 チームラボという変人ぞろいの会社がある。そこで二番目ぐらいの変人、高須 @tks 氏が今年になって、熱病に冒されたようにシンセン、シンセン、と騒ぎ始めた。
 シンセン――深圳というのは、香港に隣接する中国本土の都市だ。中国のほぼ最南端にあって、ベトナム国境が近い。亜熱帯で、北回帰線上にあるので夏は太陽が天頂を通る。都市的地域の人口は1400万人ぐらい。紀元前からの歴史を持つが、1980年に経済特区に指定されるまではひなびた集落だったそうだ。

 その深圳で Maker Faire (メイカー・フェア)が開催されるようになって、2年になる。Maker Faire ってなんなのかというと、ニコニコ超会議3の「まるなげひろば」を大きくしたようなDIY系のイベントだ。そしてMakerとは、ああいうヘンテコなものや新奇なものを作る人たちのこと。片仮名表記では「メイカー」と書き、製造業を意味する「メーカー」と区別する。
 Makerは個人主義的で、かつソーシャルなセンスがある。ニコニコ技術部員とよく重なるが、オタク色は薄く、ギークと呼ぶほうがしっくりする。ハッカー、テッキー、エンジニアという人種とも重なる部分が多い。
 VOCALOID音楽を盛り上げる運動をボカロ・ムーブメントというが、Maker界もMakerムーブメントという言葉がある。いずれも「個人がなにかを創作する」動きだ。
 そしてボカロPが商業デビューを狙うように、Makerの中にもハードウェア製品をもって起業を企てる人がいる。これをハードウェア・スタートアップといい、今回のツアーのキーワードである。
 Maker Faireが開かれるということは、深圳にはMakerが多く住んでいるわけだ。今年4月、深圳Maker Faireに高須氏が参加した。彼が深圳ヤバイ、深圳スゴイ、と騒ぎ始めたのはそのときからだ。
 シンガポール在住の高須氏は深圳で精力的に駆け回り、Makerの人脈を築いた。そして今回、ニコ技 深圳観察会というものを企画してくれた。昨年の東京ディズニーシー観察会みたいな形式でやるという。私は二つ返事で参加を決めた。参加者は総勢27人になった。日本にオープンソース・ムーブメントを紹介した大恩人、山形浩生さんをはじめ、ドワンゴ、チームラボ、スイッチサイエンス、リコー、Cerevoシンガポール国立大などから、錚々たる顔ぶれが集まった。

 私は8月5日、飛行機で香港入りし、そこから30分ほどフェリーに乗り、深圳の蛇口(しぇこう)港に上陸した。地下鉄で燕南(やんなん)駅まで行ってツアリズム トレンド ホテルにチェックイン。電気街 華強北(ふぁーちゃんぺー)まで一駅、徒歩10分という好適地だ。

 翌6日、深圳のMaker支援企業 seeed を見学に行く。seeedはMaker Faire 深圳を開催した中核で、今回のツアーでも全面協力してくれ、バスを用意してくれた。特にVioletさん(写真)には四日間にわたってお世話になりっぱなしだった。改めて感謝の意を表したい。

 seeedのオフィスに到着すると、代表のエリック・パン氏が社の活動状況やコンセプトをプレゼンしてくれた。投影中の図は顧客の階層と作品のロット数を示している。最下層から夢想家、Maker、ベテランMaker、ハードウェア・スタートアップ、ハードウェア企業で、ロット数は0から10000以上と幅広い。このすべての階層で、seeedはあなたをお手伝いできます、というアピールだ。

 seeedのオフィスは明るく清潔で、ベイエリアの企業みたいにオシャレだ。各所に手作りのインテリア・アートが飾られている。働いているのは若い人ばかりで、女性も多い。
 下の三枚は別フロアにあるseeedの工場で、敏捷製造中心という漢字ロゴがかっこいい。ハンダ付け作業では吸煙器を使っており、健康管理に気を配っているようだ。



 この見学で品質を確かめたので宣伝するのだが、seeedのサイトに行くと、なかなかお値打ちな製品が並んでいる。日本からの注文がほとんどないと嘆いておられたので、帰国後に2万円ほど買い物してみた。支払いはPaypalが使えるので簡単だ。

 昼食の後、深圳市内の工場を4か所見学した。現代的なseeedと較べると古くさく、薄暗く、油臭く、空気が悪い。左は電池ボックスの接点スプリングを作る機械。右はモバイルバッテリーのケース。

 これはプリント基板の工場。左はエッチング工程で、薬品の臭いが強かった。右はCNCで孔開け加工しているところ。

 こうした工場を古くて劣悪、と決めつけるわけではない。完成した製品は写真のように一枚ずつ検査していた。今回見学した工場はどこも品質管理に一定のコストを割いている。ただし、それがどれほどのレベルかは、素人目にはわからなかった。

 これはインジェクション・モールド(射出成形)の工場。金属を削り出した精密な金型(かながた)を造り、そこへ溶かした合成樹脂を圧入して形を作る。おなじみのプラモデルもこの製法でできている。
 一般論として、インジェクション・モールドは大量生産のシンボルみたいなもので、金型を作るのに時間と費用がかかる。かといって3Dプリンタでは、とても量産できない。
「かっこいいプラスチックケースを作りたいけど、金型がなあ…」というのがハードウェア・スタートアップの悩みどころだ。そして、これが非常に安く、短期間でできるのが深圳のウリになっている。
 工場の外観はというと、4か所とも大体こんな感じ。風化したコンクリートが今にもポロポロ落ちてきそうだ。写真右はタワー・オブ・テラーみたいな不気味なエレベーターの中。

 工場見学が終わって、seeedの人たちと会食した。酸っぱい魚のスープが美味だった。
 宴たけなわの頃、隣に座ったseeedの若い男性スタッフから「最近、何を作った?」と訊かれた。(Makerの挨拶はだいたいこんな風で、大阪人の「もうかりまっか」みたいなものだ)
野尻「ええと、Raspberry Piを使ったある」
seeed「おっ、Raspberry Piでどんな応用を?」
野尻「Apple IIって知ってるあるか? 大昔のPCある」
seeed「あー、聞いたことあるよ! 二人のスチーブンがガレージで作ったっていう」
野尻「それある。私、Apple IIが大好きなので、Raspberry Piで現代版のApple IIを作ったあるよ」
seeed「ふーん…」
 参考までに、これが私の作ったRaspberry Pi PCだ。Apple IIのように開腹状態のままで使えて、自由にI/Oをいじれる。Apple IIがBASICでしたように、Emacs LispでLチカやネギ振りができる。
 私はこのかわいらしいPCがとても気に入っていて、これ一台で何時間でも遊んでいられる。小型モニターが顔に近い位置にあり、キーボードは隠れて見えないのでタッチタイパー専用になる。だがそのせいで気が散らず、万年筆で書き物をするような没入感がある。この点ではClassic Mac のような、文房具としてのPCといえよう。OLPCのように途上国の子供たちに配ったらどうか、と思ったりもする。
 だが、seeedの彼はピンと来なかったようだ。Raspberry Piはモニターとキーボードを挿せば普通のLinux PCになるが、一般にはIoT(Internet of Things: 物のインターネット。ネットにつながってクラウド連携する家電製品とか小道具とか)の制御部として組み込むことが多い。
 seeedの彼はけげんな顔をして、それから言った。
「私たちは未来に向かっているが、あなたは過去を向いているんだ」
「あ……うーん、そうかなー」
 私のカタコト英語では、それ以上議論を深めることができなかった。私は作りたいものを作り、期待以上のものができて満足していたのだが、彼にしてみれば100万人が競って買い求めるような製品こそゴールなのだろう。
 初日から一発食らった格好になった。
 見学ツアーはあと三日。
 魔都深圳をさまようニコ技部員の運命やいかに?!
 
 次回→ニコニコ技術部 深圳観察会レポート(2)「本物のオリジナルです」

★ツアー参加者によるレポートリンクはこちらにまとめられている→深圳是創客的天国! ニコ技深圳観察会レポートまとめ(更新中) #sz0806