野尻抱介blog

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ニコニコ技術部 深圳観察会レポート(3)「うちのボスがデザインしたのよ」

前々回→ニコニコ技術部 深圳観察会レポート(1)「あなたは過去を向いている」
前回 →ニコニコ技術部 深圳観察会レポート(2)「本物のオリジナルです」

 8月8日、ツアー三日目は深圳のベンチャー企業を巡った。最初に行ったのはMakeblock、もらった名刺やウェブサイトを見るとMaker Works Technologyという社名だが、ツアーではMakeblockと呼んでいた。それはこの会社の製品名でもある。レゴのマインドストームや古くはメカーノみたいなものだ。
 オフィスは広くて明るくて、seeedに似た雰囲気だが、アート作品などは飾られていない。機能一点張りな感じ。
 その一角にあるMakeblockを使った作品群(写真右)を見て、私は一目で気に入ってしまった。美しくアルマイト処理されたアルミ材がかっちりと組み合い、実用に耐える強度のものができている。モーターや制御モジュール、タイミングベルトなど、機能部品の品質もいい。これで3Dプリンタを組んだ作例もあった。

 この場で製品を買えるというので、私はできたてほやほやのStarter Robot Kit V2.0 を購入した。価格は約$120。あまり安くはないが、リーズナブルではあるし、高価でも品質のいいものを提供しようとする姿勢は魅力的だ。
 写真は帰国後に自宅で撮ったものだ。このキットで戦車型と三輪型のロボットが作れる。丁寧なパッケージやフルカラー図解の説明書など、往年のヒースキットに迫るレベルだ。

 なぜこのキットを選んだかというと、合成ゴムでできた連結式の履帯(いわゆるキャタピラ)に一目惚れしたからだ。連結部分やスパイク状の突起が簡潔で合理的にデザインされている。連結ピンはゴムの摩擦で保持されるから、差し込むだけでいい。ピンの両端は面取り加工されている。
 Makeblockの女性スタッフに「この履帯は既製品? それともここで開発した?」と訊いたら、「うちのボスがデザインしたのよ」と言って、Jasen Wang 氏を引っ張ってきてくれた。知的で沈着冷静な雰囲気の、Tシャツ姿の青年だった。
「あー、この履帯はたいへん素晴らしいです。細い動輪で幅広い履帯を安定して駆動できそうだし、連結式なのも素敵だ」――ということをカタコトでなんとか伝えようとしたのだが、伝わったかどうか。とにかく褒めたことは伝わったようで、
「ありがとう。履帯の内側のギザギザは、タイミングベルトのように動輪と噛み合うんだ」と説明してくれた。
 さらに細部を見てみよう。動輪・転輪になるパーツはCNCで削り出したのだろうか。実に美しい。
 骨格になるアルミ材の穴も丁寧に面取りされている。等間隔の穴があけてあるだけならメカーノと同じなのだが、長手方向にある溝の側面にもネジが切ってあって、ここにビスをねじ込むこともできる。(写真右) これによって長手方向の取り付け位置が任意に決められるのはグッドアイデアだ。

 転輪は両側から2個のベアリングで挟む形でシャフトに固定される。これもぜいたくな設計だ。(写真左)
 組み上がったロボットはIRコントローラの遠隔操作で、ころころと軽快に走った。カーペットの上で超信地旋回させても履帯は外れなかった。Arduino互換のスケッチ(プログラム)を書き換えて、障害物を避けながら走る自律ロボットにすることもできる。スケッチは製品ごとのWikiからコピペできる。また、Scratch言語による制御もできて、ハードウェアが動くところを見せてもらった。
 Makeblockはアメリカ人が中国に発注して作らせたのではない。Jasen Wang氏はレポート(2)で紹介したHAXの卒業生で、そのスタートアップが成功して現在に至っている。8人で始めた会社は20人になった。HAXで見かけた起業家は欧米人ばかりのように見えたが、中国からもこんな人が出ているのだった。
 先に触れたヒースキットは、大勢の人々がラジオやオーディオ、無線機などを自ら組み立てた、いわば自作黄金時代とともにあった。それに準ずる商品が再び現れたということは、自作黄金時代の再来を意味しているのではないか――Makeblockはそんな期待を抱かせる。
 そしてMakerムーブメントが自作時代への回帰をもたらすなら、未来に向かっているつもりが、実は過去の再発見+αであるかもしれない。未来という言葉は、どうして一筋縄ではいかないのだよ――と、ツアー初日の夜、seeedの若い人に懇々と語ってみたかったのだが、いかんせん、英語も中国語も不如意であった。

 中華ビュッフェで昼食を取ったあと、Imlabという企業を訪ねた。オフィスは高層ビルにあって、眺めがとてもいい。
 写真を撮り損ねた(かわりにネコミミをつけた高須氏が写っていた)のでWebページを見てほしいのだが、こちらの製品は Betwine というブレスレット型の装置とスマホアプリからなっている。ブレスレットの内部には加速度センサがあり、着用者の歩行などの動作を検出できる。このデータがクラウド連携して、スマホ上でソーシャルゲーム風のアバターを動かす。ユーザーが座ったままだとアバターは弱ってくる。歩き回るとアバターの元気が回復する。たまごっちみたいなものだ。遠隔地の知人とスキンシップ的なこともできるらしい。シンプルなハードウェアとクラウドという、典型的なIoTプロダクトだ。
 Imlabの経営者は慶応のメディアデザイン研究科に留学していたそうで、同じ母校の見学メンバーと話が弾んでいた。
 Betwineのスマートなブレスレットも、Makeblockの履帯も、金型を起こして成形したにちがいない。このへんはやはり深圳のパワーだなと思う。

 次の訪問先はJENESiSという、スマホタブレットを製造する企業。日本人が経営している。
「みなさん、ジェネシスはMaker系じゃありません。はっきり言えばスーツな会社です。これまでと違いますから、きちんとしていましょう」と高須氏に注意される。
 会議室に通されると、すでに資料が配付されていた。ピンと緊張した空気になり、私もかしこまっていた。
 CEOの藤岡氏が現れた。四十になるかならないかのナイスガイで、若いうちからバリバリ働いていたようだ。深圳での製造業の現状などを語り始めると、その語りっぷりが、やけに熱くて面白い。
 藤岡氏は自社工場を持たないファブレスで製造受託をやってきた。しかし日本からの小ロットの委託は中国では喜ばれなくなってきた。注文が厳しくてうるさいとか、尖閣問題の影響もあるようだ。そこで自社で工場を持って委託に応えることにした。
 深圳は製造業のハリウッドと言われるが、悪いところもある。道路の排水が悪く、配送のトラックが走れなくなることがある。従業員がガムを噛んだり、足で箱を動かすなど、マナーが悪い。厳しく躾けるかわり、賃金は高めにしている。
「工場の質はカートンの置き方、ラインの引き方でわかります。物の流れが整頓されているかどうかがそこに表われるので」
「ここはやっぱり賄賂・汚職天国で、製造業はそのぶん税務の監査が甘くなる」
「何度か土下座したが、中国には土下座がないので相手に響かないんですよ」
「深圳にも日本人会があるけど、いちど顔を出したきりです。もっぱら中国人と交流しています。中国語は話せないとだめです」
 といった話に聞き入る。日本語を話すのが久しぶりだそうで、口元がときどき不自然な形になるのは中国語が出そうになるからだろうか。
 それから、スタートアップ・ベンチャー ハードウェア実現支援プラットホームを設立した話になった。
「あれ、HAXみたいなことをここでもやるのか」と意外に思った。HAXは起業家を育てる塾みたいな所だが、こちらは製造側から起業家に手を差し伸べる感じだ。そのために小ロットの生産に応じること、起業家の不得意な分野を支援する専門家チームを待機させていることなどの方策を用意している。
 なぜ小ロット指向なのかというと「大きいロットで来るところは、できて当然、みたいな顔をする。小ロットだと、ありがとうございました、と喜んでくれる。それが嬉しいんですよ」
 という。このあたりで見学者たちは「あれ、この人Makerじゃん?」「スーツって聞いてたけど」「Makerの外にもMakerがいるんだ」と思い始めたのだった。

 数人ずつに分かれて工場を見学させてもらった。クリーンルーム用の白い上着を着て、帽子をかぶる。他の国では問題にならないが、日本向けの製品で髪の毛が入っていたりするとド叱られるそうだ。
 ちょうど製品の入れ替え期で、この日は従業員が少なかった。

 老化房とはエージング試験室のこと。タブレットPCを最も過酷な動作状態にして一定時間放置する。そのほか振動試験や落下試験の設備もあった。品質管理は今回見学したなかで最も厳重だった。



 見学の後、藤岡さん――この頃には「さん」付けするムードになっていた――とJENESiSの日本人スタッフ2名をまじえ、近くのビール工場隣接のビヤガーデンで会食した。オーダーは藤岡さんがやってくれて、串に刺したいろんなつまみが出てきた。ビールもうまく、宴は大いに盛り上がった。
 藤岡さんは三つのテーブルを巡回し、ツアーメンバー側も深圳で何かやってやろうと思っている業界人が多いので、話が尽きない。
「深圳が面白いのはあと数年かもしれません。もう峠は越えたかも」「次は台湾か、日本の東北かもしれません。東北のおばちゃんたちの器用さはすごいですよ」なんて話が出る。
 アメリカも、中国で製造するとコミュニケーション・コストがかかるので、自国内に拠点を移す動きがあるという。ツアーメンバー側からはそんな話も出ていた。

 今日のベンチャー企業見学ではいろんなボスに会えた。中国人離れした中国人ボス。日本人離れした日本人ボス。混沌と可能性に満ちたデジタル製造業のハリウッドで、彼らはどこに向かうのだろう。

 次回→ニコニコ技術部 深圳観察会レポート(4)「ネットにつながります、スマホで操作できます」

★ツアー参加者によるレポートリンクはこちらにまとめられている→深圳是創客的天国! ニコ技深圳観察会レポートまとめ(更新中) #sz0806