野尻抱介blog

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人でなしの福島紀行(後編)

人でなしの福島紀行(前編) - 野尻blogのつづき。

 郡山で福島牛を堪能したあと、磐越道をひた走って田村市滝根町星の村天文台に移動した。カーナビで細い裏道に誘導され、その道が土砂崩れでふさがっていたので大汗かいてUターンするなどのハプニングがあったが、どうにか夜半前にたどり着いた。台長の大野裕明さんが寝泊まりしているスタッフルームに泊めていただく。
 四月の旅で大野さんにロシア製ガイガーカウンター DP-5V(1号機)を寄付した。私はその後、2号機、3号機を入手し、簡易な較正をほどこして今回の旅に携えてきた。2号機は自分用、3号機は寄付用である。福島を旅すればきっとまた、測定器を必要とする人に出会うだろうと思ってのことだ。
 大野さんは四月以来DP-5Vをとても重宝していて、近隣の除染や放射線防護の検討に役立っているという。絶対値が当てにならなくても、よく使い込んで値を比較しながら使えば、充分役に立つわけだった。大野さんはDP-5Vをもう一台購入したいと言われたので、3号機を寄付することにした。DP-5Vは軍事用の一癖ある器械だから、誰にでもおすすめというわけではない。大型天体望遠鏡を使いこなす大野さんや天文台スタッフなら任せて安心だ。
 大野さんは天文普及を通して地域に根付いた活動をしている。311以後は放射能に関する質問が非常に多くなり、「町の学者先生」的なポジションで頼られている。放射線防護の専門家ではないから最終的な結論を述べることは固辞するが、測定器を使って参考意見を述べるだけでもずいぶん感謝されるという。測定器としては、ベクレル値を測れるものが欲しいとのことだ。空間線量はかなり詳細にわかってきたから、食品などの線量に注目が移ってきたのだろう。








 星の村天文台は、65cm望遠鏡のドームを除いて復旧しており、5月頃から観望会やプラネタリウム投影を行っている。敷地内や途中の道路には土嚢が積まれていたりして、震災の爪痕が残っている。
 玄関を入ると展示ロビーがあるが、手作り感があって楽しい。地震被害そのものも展示物になっている。はやぶさカプセルのパラシュートを作った藤倉航装天文台と同じ田村市内にあって、同じ材料で展示用のパラシュート模型を作ってもらったりしている。
 311以後は各地の天文ファンから機材を寄付された。大物寄付としては150mmのED屈折望遠鏡がある。これは公共天文台レベルのものだ。
 プラネタリウム投影を見せてもらったが、投影機はミノルタの小型ツアイス型で、機械式なのが嬉しい。番組は手作りで、ちょうどはやぶさ帰還の頃に大野さんが訪ねたオーストラリアの風景を使っていた。連休初日のこともあり、観客は20人ほどいた。







 大野さんに、倒壊した65cm望遠鏡を特別に見せてもらった。三鷹光器の製品で、直径10cm以上ありそうな赤道儀の極軸がぽっきり折れて、そこから先が落下し、床にめり込んだ格好だ。当時大野さんは太陽観測していて、たまたま数分前に席を立ったところだった。それまで座っていたパイプ椅子が望遠鏡の下敷きになっているのが写真でもわかる。
 65cm主鏡は破損を免れたように見える。倒壊以来、ずっと状況保存されているが、このほど、修復費用が出ることになった。それも震災後、いち早く活動を再開した意欲が評価されたのだと思う。







(平伏沼)

 23日午前、天文台に別れを告げて大滝根山の東側、川内村に向かった。県道36号線が途中で通行止めになっていて、20kmぐらい迂回することになった。
 モリアオガエルの生息地、平伏沼に寄ってみる。山の中の小さな神秘的な池だった。モリアオガエルは見つからなかった。
 山道に転がっていたクリの実は鹿か猪だと思うが、偶蹄類のひづめで潰した跡があった。この近くに、釣場として狙っていた千翁川があった。陸っぱりで釣れそうな場所が随所にあって、天然の親水公園のようだ。だが昨日までの大雨で水量が多すぎて釣りは難しそうだった。



(川内村)

 16時すぎ、川内村役場前に到着した。川内村は東側1/3ぐらいが原発20km圏にかかっていて、残りは緊急避難準備区域に指定されている。基本的に全村避難で、役場も移転し、避難先の郡山から一部の村民が仕事に通っている状態だ。だが川内村の線量は低く、避難先の郡山のほうが高いぐらいだ。
 役場前の駐車場で数人が何か相談していた。そこで「釣り券売ってるとこないですか?」と聞いたら「釣り? 釣りに来たの?!」と驚かれた。
川内村原発に近くて人が少ないから釣りの穴場だと思いまして」
「そりゃ穴場だけんど……魚はセシウムあるべ、セシウム
阿武隈水系で600Bq/kgぐらいのイワナが出てましたが、毎日何kgも食べなきゃ大丈夫ですよね」
「あんた、勇気あるわー」
 と、最後には笑われた。
 渓流魚の放流はしており、その川での釣りは有料だが、漁協員はたぶん巡回していない。もし巡回が来たら当日券を買えばいいさ、と言われた。
 後で知ったところでは、川内村で採れたイワナのデータもあって、30Bq/kg程度だった。これなら毎日食べても平気なレベルだ。ただし渓流魚は生物濃縮が大きいそうだから、注意は必要だ。しばらくは「旬を味わう」程度にするのがいいかもしれない。
 もう日没が近いので釣りはやめて、村内を見て回ることにした。
 役場の駐車場にもモニタリングポストがあったので、横で測らせてもらう。空間線量は公表値と同じ、0.3μSv/hだった。
 周囲の田畑はヨモギ類がすっかり成長して野原のようになっている。米をいま植えるべきかどうかは判断できないが、なにか救荒植物でも植えて維持したほうがいいかもしれない。

 20kmラインに向かってみると、警察の検問があった。話を聞いてみると長野県警が応援に来ていたのだった。20km圏には「抜け道から入れますけどね」とのこと。入れても、他県ナンバーの車がいたら物盗りと見なされても仕方がないだろう。私は福島に遊びに来たのであって突撃取材する気はないから、おとなしくUターンした。
 引き返し、看板があちこちに出ている「ひとの駅かわうち」に行ってみるが、営業はしていなかった。近くの雑貨屋で話を聞くと、村民は郡山などに避難していて、そこから村の仕事場に通う人が少しいる、とのこと。中には住み続けている人もいる。この週末はお彼岸なので村に帰っている人が多い。その雑貨屋も、居間のほうからにぎやかな宴の声が聞こえていた。


 役場近くのガソリンスタンドと、「かわうちの湯」という温泉保養施設は営業していた。かわうちの湯はビジター500円だがいまは一律会員料金100円で風呂に入れた。休憩室などは閉鎖されている。震災後は村で作業する人のために燃料と風呂だけは確保しよう、ということらしい。役場の駐車場に車を止め、MREで夕食を取り、就寝した。外は満天の星空だった。





 9月24日、4時半起床。外気温4度C。東の空に鎌のような月が出ていた。MREの残りとカロリーメイトで朝食を取った。
 5時半頃、外が明るくなってきたので千翁川の支流との出会い付近に移動した。水量はやや減っていた。川虫を餌にしようと思って水中の石をひっくり返しては網ですくったが、ちょうどいいサイズのものが採れなかった。地上の石をひっくり返したらミミズがたくさんいたので、これを餌とした。仕掛けは子供が使うような「ヤマメ釣りセット」で、鉤、オモリ、マーカーがついた簡単なものだ。竿は4.5mのハエ竿で、野遊び用に車に入れっぱなしにしてある。渓流の餌釣りはあまり経験がないので、装備は素朴である。コツがつかめず、最初はなかなか釣れなかった。










 水中でマーカーがすーっと動くのが見えたので合わせてみると、小さなヤマメが釣れた。それからイワナが2匹釣れた。サイズは20cm弱で、食べるほどではないのでリリースした。
 コツがつかめると釣れそうなポイントはいくらでもあった。流芯から少しそれたところに投げ込むと高い頻度でアタリがある。私の腕でこれだから、入れ食い状態と言っていいだろう。
 もっと型のいいものも釣れそうだったが、ミミズが尽きたので9時頃納竿した。



399号線を南下する。空は澄みきった青、地上はグリーンサラダのような眺めで、野あそびには素晴らしいところだ。線量は0.3(μSv/h)前後だったが、屹兎屋山 の峠の北側で1.0ぐらいになった。
 道沿いにあった内倉湿原を眺めたりしながら、11時頃いわき市街に入った。勿来インターの近くで前回お世話になった水月氏と待ち合わせ、小名浜に向かう。









 小名浜港周辺の瓦礫はかなり片付いていたが、漁港入口の信号は止まったまま。駐車場に車を止め、歩いて見て回る。岸壁や防波堤に転がっていた漁船は撤去されたが、まだまだ放置された破損箇所も多い。沿岸で漁ができないので、市場はひっそりしている。産業用の港では最近まで、福島第1原発の建屋を覆う巨大なプレハブ鉄骨を組み立てていたそうだ。この日も巨大なクレーンを載せた台船がいた。小名浜原発事故処理の拠点のひとつになっており、作業員が多く流入して街の雰囲気も少し変わってきているという。












 営業再開しているアクアマリンふくしまに入ってみる。水族館というより科学館で、化石等の展示もある。目玉は黒潮親潮の潮目を再現した巨大水槽で、イワシの群れが巨大な渦を作っていて壮観だった。
「海老だ!」「蟹だ!」と、食えるものがあると客のテンションが上がるのが面白い。
 水月氏はここのボランティアスタッフをしていたこともあり、詳しく案内してくれる。バックヤードツアーに参加した。30分ほど、水槽の裏側にある配管類を見て回る。標本やフェイクの岩なども触ってみる。餌を調合する部屋、10トン水槽のついたトラックも見られた。
 今回の旅はこれで終了となる。前半の日程を台風15号に祟られたが、雨に煙る野山もまた美しいものだった。川内村の緊急時避難準備区域はこの旅の後、10月から解除されたので、また訪れて変化を見てみたい。阿武隈山地の渓流は素晴らしかったので、次はフライフィッシングで攻めてみようと思う。そして景勝地として知られる猪苗代湖会津周辺も巡ってみたいものだ。