野尻抱介blog

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人でなしの福島紀行(前編)

 9月下旬、また福島を旅してきた。前回の旅は4月中旬で、まだ311災害の跡が生々しかった。当時の記録はここにある。
東北紀行(1) ガイガーカウンターを持って福島へ - 野尻blog
東北紀行(2) 桜の山と瓦礫の海 - 野尻blog
 あれから半年経って、私の認識では、福島における原発災害の危機は終息しつつある。もちろん、すべきことはまだ山ほどあるが、緊急を要する段階はすぎ、いかに日常を取り戻すかにウエイトが移りつつあると思う。
 まだまだ怖がる人も少なくないが、怖がる人がいるいまこそ、福島の自然を貸切で満喫するチャンスだと考えたわけだった。つまり今回私は、福島へ遊びに行ったのである。
「被災地で遊ぶなんて、福島の人の気持ちを考えろ!」と罵倒されそうだが、私は人でなしだから、と開き直っておこう。無駄に怖がることが差別につながるなら、私は少なくとも怖くないので、そのことをアピールしたいと思う。
 「人でなし」という表現はバストアップサプリとマッサージの併用が重要菊池誠氏が使ったのだが、今回の原発災害と向き合うとき、この言葉はひとつのポイントになるかもしれない。「人でなし」のセンスは科学リテラシーと親和的だからだ。
 「人でなし」たちは興味本位で動き、不謹慎で思いやりに欠ける傾向にあるが、「人情や常識にとらわれない」「自然科学に忠実」「先入観がなく合理的に判断する」長所もあると思う。義憤に燃えたような扇動者がもたらした迷惑を思えば、「人でなし」を支持する人も少しはいるのではないだろうか。
 原発災害を乗り切るのにまず必要なのは科学リテラシーであって、感情に振り回されるのはよくない。たとえば、「500Bqの米や牛乳も他のと混ぜて50Bqにしてしまえば問題ないじゃん」と割り切るのが人でなしのセンスである。放射性物質は自己増殖する病原菌と違って、量の大小で害が決まる。根拠のないケガレ意識で無害なものを有害扱いすると、それに携わる人を困窮させ、復興の妨げになるだろう。
原発20km圏周辺は人が少ないから釣りの穴場じゃね?」と考えるのも人でなしである。だがそれで釣り客が増えるなら、現地を活性化するかもしれない。
 そんなわけで私は自覚的に人でなしでありたいと思う。現地の人の気持ちはとりあえず考慮せず、好奇心のおもむくまま、福島を楽しむことにしたのである。







(太平洋フェリー)
 9月19日、名古屋港で太平洋フェリー「新いしかり」に乗船した。太平洋フェリーは福島沖を通る。原発から大気中への放射性物質の放出が続いていた頃なら、有用な線量測定ができたかもしれない。もちろんその頃、フェリーの運航は休止していて、再開したのは6月のことだ。コースに注目してみると、2001年に乗ったときは沿岸から10kmぐらいのところを通ったが、今回は20kmほど離れていた。
 新日本海フェリーさんふらわあに較べて、太平洋フェリーは格段に快適で、車一台とドライバー一名で15500円とリーズナブルだ。ハワイアンバンドのラウンジショーを無料で楽しみ、展望大浴場に入り、AC100Vコンセントのあるプロムナードでノートパソコンを使ったり、ぼんやり海を眺めたりした。LANやWi-Fiはないが、むしろネット断ちになって充実した時間をすごせる。ただ、ブリッジ見学がなくなったのは残念だ。
 今回は台風15号が接近していて海も空も荒れ模様で、オープンデッキにあまり出られなかった。双眼鏡を向けてみると、無数の海鳥がダイナミック・ソアリングを繰り返す様子が観察できた。




(仙台港)
 20日の16時頃、仙台港に入港した。仙台港はかなり復旧しているように見えたが、ところどころ火災の跡が残っていたり、大きな貨物船が打ち上げられたままになっていた。
 風雨の中、R45を通って仙台駅前まで走った。気温15度Cという三重県人には非常識な寒さで、マクドナルドでネット接続してユニクロの場所を聞き出し、長袖シャツを買った。それからTwitterで募集した7名と楽しく飲み会した。なぜか行政側の人が多かったが、過労が著しい状況はいまも変わっていないという。
 アルコール抜きの飲み会の後、仙台南ICから高速に乗ったが、バケツをひっくり返したような雨と強風でとても走っていられず、菅生PAに逃げ込んだ。
 車内で寝ているとパトカーの拡声器の声で目が覚めた。
「5時27分、東北自動車道は通行止めになりました。このパーキングエリアも閉鎖されます。駐車中の車はただちに退去してください」と呼び掛けている。

(飯舘村役場)
 6時頃、白石ICを降りて伊達市を通り、R399で飯舘村へ移動する。台風の影響で大雨〜暴風雨なので、外をほっつき歩くのは厳しい。あきらめてドライブだけすることにした。助手席のテーブルにDP-5Vガイガーカウンターを置き、車内から空間線量をモニターする。伊達市街で0.5(以下、単位はすべてμSv/hに換算)、雨乞山周辺で0.7、飯舘村の臼石、草野、役場前で1〜2というところ。強調しておくが、DP-5Vの最小レンジでの測定で、自己ノイズだけで0.1ぐらいある。611GCMの簡易較正ではアロカのシンチ計とぴったり一致したが、経験的に±0.3ぐらいの誤差を想定している。車内・車外の差ははっきりしない。
 R399を南下して浪江町方面に行こうかと思ったが、悪天候で危険を感じたので福島市方面に向かった。川俣町の市街地に乗り入れてみると、昭和レトロな商店街がみっしりあった。昔は絹織物で栄えたらしい。天気がよければゆっくり探訪して金物屋でデッドストックを発掘したりしてみたいと思った。空間線量は0.4前後で、個人的判断では無害ゾーンだ。川俣町産の花火が日進市の花火大会で使用中止になったのは残念というほかない。


(UFOふれあい館)
 飯野町に入ると、千貫森というきれいな円錐形の山があり、「UFOふれあい館」という看板があったので寄ってみる。千貫森の形状や一部で唱えられている説からUFOゆかりの地らしい。宇宙人グレイのモデルが睨んでいる展示はロズウェルのUFOミュージアムと同じだ。立体映像の上映や、入場券で入れる二階の展望沸かし湯が特徴である。
(福島県立美術館)
 福島市街が近づき、渡利トンネルの周辺で線量計をチラ見していたが、確かにやや高めだった。0.7ぐらい。しかし車を止めて時間を掛けて測ったわけではない。
 Twitterでアドバイスをもらって信夫山の麓の福島県立美術館に行ってみる。「がんばろう福島 生きる力・美の力」という企画展があって、県内の美術館の所蔵品が集められていた。ややまとまりに欠ける印象だが、高名な作品が一堂に集まっていてお買い得感はあった。
 いよいよ風雨が厳しくなってきたので、車内泊はやめて福島市内のホテルに泊まった。屋根や壁があるのはいいものだ、としみじみ思ったことだった。


(二本松の朝食)




(智恵子記念館・生家)
 22日は郡山に向かった。が、東北道が通行止めなせいで一般道も渋滞している。R4の手前でUターンして県道を南下した。途中、二本松市の農協で梨と種なし巨峰と菓子パンを買って朝食とした。
 その先にhttp://www.city.nihonmatsu.lg.jp/kanko/chieko/seika.htmlがあった。『智恵子抄』の高村智恵子の生家がそっくり保存されているのだが、立派な造り酒屋で圧巻だった。記念館には智恵子の紙絵が多数展示されており、これも清楚で引き込まれた。芸術というよりは手芸だと感じたが、それがむしろ大正期の商業デザインのようで面白い。
 智恵子おすすめの安達太良山の上に浮かぶ青空を見たかったが、雨とガスで見えなかった。
 生家のそばに土産物を扱っている戸田屋商店があった。和紙が特産だそうで、模型飛行機に張るのによさそうな紙があったので数枚買い込んだ。
 二本松より南ではR4の渋滞が解消したので、郡山まではすぐだった。バケツをひっくり返したような豪雨になったが、どうにか乗り切った。


 郡山市役所に寄り、モニタリングポストの位置を聞くと、駐車場にあるという。フェンスに囲まれた、しっかりした装置だ。そのフェンスにDP-5Vのプローブをひっかけて測ってみると0.8〜1.3で、中央値は1.0ぐらい。後でネットから同時刻のMPの値を見てみると0.86だった。まあこんなものだろう。



 少し離れた郡山合同庁舎でも空間線量の定時測定をしているはずなので、そちらにも寄ってみる。受付の女性に聞いてみると「毎正時、五分前ぐらいに玄関前のガムテープの印のところに人が来て測ります。ご自分の装置と較べるんですよね? でしたらいっしょに測らせてもらったらいいですよ」と、こちらが何も言わないのにアドバイスしてくれた。慣れているのだろう。
 玄関の車寄せで警備員の人と話しながら待っていると、郡山市の乗用車が入ってきて、警備員が「ああ、来ましたわ」と言った。男女二人が降りて、男性がアロカのサーベイメーターを持ち、ポールで地面から1mの高さに固定してプローブを構えた。女性は記録簿と時計を持って横に立った。わけを話して隣で測定させてもらった。
 正時が近づくと女性がカウントダウンしはじめ、10秒間隔で10回ほど目盛りを読んだ。アナログメーターを小数点以下2桁まで読み、公表値はその平均で小数点以下1桁にしていた。個々の測定値はすべて0.8台、公表値も0.8だった。私のDP-5Vは0.5で±0.1ぐらいの振幅だった。DP-5Vのほうがカウント数が小さく、示度の振幅が大きいのは統計学の予想するとおりだ。
 測定中の写真は、顔が写ってなければネット公開OKとのことだった。

 福島の食べ物を外に出すな、と強硬に訴える御仁がいるが、こっちから行って食べるぶんには文句あるまい。そう思ってまた農協の産直売り場に行った。納豆がうまそうなので、これと醤油、油揚げ、乾燥シイタケ、豆御飯を買って駐車場の車内で食べた。二本松の渡辺納豆製造所「小浜納豆」が風味豊かで逸品だった。
 夕方、雨が小止みになったので、開成山公園の南東の草地で放射線を測って歩いた。地上1mだと1前後、草地の地面で2ぐらいのところが多いが、急に5になるスポットもあった。5と2の境界線を探ってみると、ほんの50cm移動するだけで急変する。立木からは5mほど離れた、開けた草地である。局所的ではあるが、用心しなくていいレベルでもない。中通り地方は今しばらく、きめ細かい測定と対策を続ける必要がありそうだ。

 20時から、農協と同じ場所にある焼肉店『牛豊 朝日店』で、Twitterで知り合った地元勢三人と食事会をした。ぜひとも福島牛を食べたかったのである。メニューを見て、店の人に「これ福島産ですか?」と確認すると「はい、この店で出すのはすべて検査に合格した福島牛です!」と胸を張って答えた。「福島牛だと言ったら断られるんじゃないか」などと気を回す様子が微塵もないのが頼もしい。まあ外の者がわあわあ言っているうちは無理せず、県内で消費すればいいと思う。(撮影:@takuma_1977さん)
 おすすめの盛り合わせ肉は三種類のタレで味わえるようになっていた。私も松阪牛産地の育ちだから和牛には一家言あるが、福島牛も実に美味だった。「ナイフをくれ」「箸で切れます」「なにっ」の世界だ。


(追記) この会食メンバー、@asakasaku さんに教わったのだが、酪王カフェオレクリームボックスという菓子パンは郡山市民のソウルフードだそうである。後者は買いそびれたが、酪王カフェオレはいわきのセブンイレブンで購入し、その場で飲んで気に入ってしまった。湯上がりに飲むのに最高の飲み物だと保証できる。東京では秋葉原駅5番ホームのミルクスタンドで瓶入りと紙パックの両方が購入できる。

人でなしの福島紀行(後編)につづく。


ふくしま自然散歩―浜通りの平野と渓谷 (歴春ふくしま文庫)

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福島花紀行 (阿武隈編)

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ふくしま自然散歩―阿武隈山地 (歴春ふくしま文庫 (2))

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