野尻抱介blog

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ミニチュア海戦ゲーム『ハープーン』の紹介

 SF作家のくせに軍事に疎いので、この夏、それを克服しようと思った。特に現代海戦には前から興味があったので、そこを集中的に攻めることにした。とはいえ、ただ本を読むだけでは知識は身につかない。咀嚼するには「動かして遊ぶ」ことが不可欠だ。
 そこでGDWのミニチュア海戦ゲーム『ハープーン』をヤフオクで入手した。1980年代に出版され、いまは絶版になっているが、トム・クランシーが『レッドオクトーバーを追え』を書くきっかけになったり海軍大学の教材になったという由緒あるゲームである。最初に強調しておくが、これはコンピューター・ゲームではない。

 実際にプレイしてみて、このゲームの高度なシミュレーション性に舌を巻いた。二つの兵器を何度か戦わせてみると、その兵器の長所や短所、とるべき戦術が自然に浮かび上がってくるのだ。
 アメリカのスタージョン級原潜とソビエトのヴィクターIII級原潜で一騎打ちしたときは「これでは埒が明かない、もっと足の速い潜水艦が必要だ」と(アメリカ視点で)思い知った。それは史実も同じで、米海軍はソビエト原潜の高速性能に驚いて、対抗するためにロサンゼルス級を開発している。




 写真は左から日本語版、GDWの本国版、Clash of Armsの『Harpoon4』である。当初は日本語版だけを使っていたのだが、翻訳にあちこち疑問がでてきたので本国版も入手した。本国版はebayで容易に購入できる。検索するなら「GDW Harpoon」「Larry Bond Harpoon」をキーワードにするとよい。本国版と照合することで多くの疑問が解決したから、両方もしくは本国版のみを揃えるのがいいと思う。さらに最新版の『Harpoon4』も入手してみたが、まだプレイには至っていない。拾い読みしたところでは、不足を感じていたソナー探知修正項目が改善されているようだ。

追記:クロノノーツ ゲームのサイトに『Harpoon4』のルールブック和訳がUPされており、自由にダウンロードできる。トップ→和訳アーカイブ→「Harpoon 4 メインルール編」にDOCファイルがある。
 また、トップ→Clash of Arms で現れる取り扱い商品リストに『Harpoon4』本体があるので、ここで購入できるようだ。




 左の写真は古典的なミニチュア海戦ゲームのプレイ風景だ。ゲームといえばコンピューターで実行するものがデフォルトになりつつあるが、『ハープーン』は紙と鉛筆とサイコロでプレイする。PC版もあるが、判定がブラックボックスになるので勉強にならない。
 ミニチュアゲームは1980年代に流行ったウォーゲームに似ているが、六角格子になったヘクスマップは使わない。大きな紙のうえに艦船のミニチュアを並べ、定規や分度器で作図しながらプレイを進める。軍隊で行われている図上演習、兵棋演習に近いスタイルだ。推奨されている縮尺はマップが1:36000、ミニチュアが1:2400〜3000である。少なくとも半径30海里ぐらいをカバーしなければならないので、ミニチュアとマップの縮尺を揃えることは難しい。
 畳一枚ぶんのマップを描くのは大変なので、当初はJW-CADを使っていた。だが、それも面倒なのでRuby/tkでプログラムして専用の作図アプリを作った。扱う艦の針路と速度を簡単なスクリプトで記述して読み込ませると、モニターに図示してくれるというものだ。画面は1970〜80年代のCICで使われていたような、ベクタースキャン・ディスプレイ風のデザインにした。

 ゲームはどのように進行するのだろうか。コンピューター・ゲームではリアルタイムで進行するものが多くなったが、紙とサイコロのウォーゲームではターン制をとるのが普通だ。『ハープーン』の場合、1ターンを30秒で区切る。1ターンは以下のフェイズからなる。

(1) プロットフェイズ……移動、射撃など、このターンの行動を決め、用紙に記録する。
(2) 移動フェイズ……艦船や航空機、ミサイルを移動させる。
(3) 計画射撃フェイズ……プロットされた射撃を実行する。
(4) 探知フェイズ……レーダーやソナーで目標を探知する。
(5) 航空機第二移動フェイズ……航空機は動きが速いので、15秒単位で移動させる。
(6) 対応射撃フェイズ……状況に応じてプロットにない射撃を行う。
(7) 解決フェイズ……射撃の結果を判定して、損害を決定する。

 これを敵味方同時に進める。移動フェイズでミサイルが艦に命中しても、そのターンの解決フェイズになるまでは効果が現れず、その艦は普通に活動できる。ターン制では、ターン内の出来事は同時とみなすのが原則だ。
 なお、敵味方の艦船が離れていて一方が相手を認知するまでは、プレイ時間の短縮のため、1ターン10分で進める。


 判定はほとんど1D100、0〜99の乱数を使う。そのために10面体のサイコロを2個同時か、1桁ずつ2回振る。出た目が判定値以下なら成功とみなす。
 判定に使う数値は事前に「艦船記録シート」にまとめておく。その艦が持つ移動能力、ソナーやレーダーの探知性能、砲と搭載ミサイルを付属資料から転記するわけだ。これが結構難しくて、最初はシートの作成だけで一晩かかってしまった。



 諸条件をからめて判定する場合は、左のようなCRT(Combat Result Table)という表で交差照合する。CRTはゲームシステムのエッセンスで、数値の分布を調べるとアルゴリズムが浮かび上がってきて面白い。
 紙とサイコロで進めるゲームは簡略化がポイントで、何を残し何を捨てるかにデザイナーのセンスが現れる。コンピューター・ゲームはより緻密な判定が可能だが、判定アルゴリズムが隠れてしまうのが欠点だ。

 以下にプレイの例を示そう。付属シナリオ集の最初にある『シドラ湾にて』で、アメリカのスプルーアンス級駆逐艦USSカロン(画面上)と、リビア人が運用するオーサII型ミサイル艇2隻(画面下、MB1とMB2)の撃ち合いになる。画面は先に述べた作図アプリの出力である。くれぐれも何かのコンピューターゲームと勘違いしないように。

 24海里離れた位置で双方が相手を探知した。ミサイル艇は僚艦が追いつくのを待ってStyxミサイルを2発ずつ発射した。攻撃を探知したUSSカロンは対応射撃フェイズでハープーン対艦ミサイルを2発発射。ハープーンの目標は相手のミサイルではなくミサイル艇である。


 30秒後、リビア側は残ったミサイルをすべて撃つ。USSカロンもハープーンを追加で2発撃った。


 1分30秒後、StyxミサイルがUSSカロンの防御兵器の射程に入った。シースパローと127mm砲で撃ち落とす。カロンは右舷側に向いたハープーンを使うため、回頭を始めている。2隻のミサイル艇は反転して逃走にかかった。


 2分後、アメリカ側のサイコロ運が悪く、Styxミサイルの接近を許している。リビア側の防御兵器は30mm自動砲で、まだ射程外。


 3分30秒後、シースパローと127mm砲が撃ち洩らしたStyxミサイルもファランクス高性能機関砲で一掃し、USSカロンの危機は去った。ミサイル艇のひとつはハープーンが命中して撃沈。奇跡的に生き残ったもう一隻のミサイル艇に、カロンは追い打ちのハープーンを2発発射。これが命中してリビア側は全滅した。

 このシナリオは何度かプレイしてみたが、リビア側の勝ち目はほとんどない。ミサイル艇は8発もの対艦ミサイルを発射して一目散に逃げるのだが、スプルーアンス級駆逐艦は豊富な防御兵器を持っており、すべて叩き落としてしまう。
 対艦ミサイルは探知してから着弾まで2分ほどかかるから、駆逐艦は応射する余裕がある。ミサイル艇は防御兵器が貧弱なので、簡単に着弾を許し、当たれば無条件で沈没する。ミサイル艇が3隻同時にかかれば駆逐艦に命中弾を与えられるかもしれないが、ミサイル艇もほぼ確実に全滅するだろう。
 ミサイル艇はミサイルを撃つことに特化した安価な兵器だが、ミサイルさえ撃てばいいというものではないことがわかる。これは「対戦車ミサイルさえあれば戦車など恐くない」と思い込むのに似ている。

 プレイヤーは敵味方の二人で対戦するのが基本だが、ソロプレイでもいい。自軍の知らないことは知らないものとして行動するだけのことだ。勉強目的なので私はソロプレイしかしていない。
 だが、ソロプレイの経過をTwitterで実況するととても楽しいことを知った。軍事通の人がああでもない、こうでもないとアドバイスしてくれるので、煮詰まらずに進められる。小難しい軍事用語がどんどん流れるので一晩やるとフォロワーが10〜20人ほど減るが、それはそれでかまわないと思っている。記録はこちらに残してある>http://togetter.com/id/nojiri_h
 ネット対戦することも可能だろうが、それだとギャラリーに見せにくくなるかもしれない。敵味方の立場を離れて「ソロプレイをみんなで共有する」というのが今回の発見だ。絶滅危惧種のウォーゲームがこんな形で甦るのはいいことだと思う。先に述べたとおり、ゲーム自体をコンピューター化すると失うものも多い。エッセンスにあたる部分は人間が進め、コンピューターはそのサポートに徹するというスタイルは調和的だ。


 さて『ハープーン』はミニチュアゲームであるから、プレイにおいてはミニチュアをはべらせたいものだ。そう思って1:700ウォーターラインの艦船プラモデルを作ってみたのだが、これはミニチュアが持つ豊かな情報量を再認することになった。
 写真は先のシナリオに登場するスプルーアンス級駆逐艦だ。ハープーンのランチャーは中央の左舷と右舷に振り分けて配置されている。左舷の4発を撃ったら、右舷側を使うために艦を回頭させなければならない。船尾についているのはシースパローの旋回式ランチャーで、真正面には撃てないことがわかる。こうした射界は簡略化して艦船記録シートのデッキプランに記載されるが、ミニチュアを使えばさらにリアルに再現できる。
 マストの高い位置についているSPS-55レーダーは、喫水線から54mmの高さにあった。700倍すると38mで、水平線までの距離は113×sqrt(海面高km)で計算できる。ルール上、艦船のレーダー探知範囲は大型、中型、小型にわりふって簡略化されているが、スプルーアンス級巡洋艦クラスの船体を持つ駆逐艦なので境界域に位置する。納得いく数値を使いたければ自分で探知範囲を計算してもいいわけだ。
 1:700のウォーターライン・シリーズは充分なディテールを持つので、このゲームの目的に都合がいい。ただしこのスケールのままで30海里のマップを描こうとすると一辺80mの土地が必要になる。
 こうした「実用性」とは別に、本来ミニチュア・ウォーゲームとはミニチュアに命をふきこむ営為である。模型はただ飾っておくだけでなく、シチュエーションにそって動かしてこそ真の輝きを放つものだ。





 ――と、ここまで説明してようやく、MOM01で展示した「ミニチュア海戦ゲーム専用デスク」の必要性を語る準備ができた。
 狭い部屋で私は、広大なマップ、書類の束、ミニチュアをいかに展開し収納するか、という課題に直面したのだった。マップ表示用の液晶モニタを水平に置き、その上にアクリル板を置いて、ミニチュアを並べる平面を作る。蓋部分は三面に開き、チャート類を掲示できる。全体はスーツケース大に折りたためる。
 作ってみると、これで完全というわけではなかった。周囲にノートパソコン、マウスパッド、A4クリップボードを置くのだが、これがいまいちしっくりこない。しかしゲームに必要なものが視界をすっかり包んでいるので、没入感はなかなかのものだ。『ハープーン』以外でも、たとえば原稿執筆など用途ごとに専用の「デスクトップ」があれば、いいライフハックになるかもしれない。

トム・クランシーの原潜解剖 (新潮文庫)

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