野尻抱介blog

尻Pこと野尻抱介のblogです

超乗合馬車エピソード集


 超乗合馬車の報告をしよう。超会議2の二日間、私はこれにつきっきりで、他の企画はほとんど見なかった。
 なにしろ馬車は面白かった。馬、御者、客、受付、設計製作のどれをやっても面白かった。この馬車は超会議のために作られ、たぶん超会議でしか活かせない。超会議の混沌のなかで、次々に現れる想定外の事態に頭と体をフル回転させて取り組むことに夢中だった。
 まずは動画をご覧あれ。



 運行実績は以下の通り。人数などは不確かな部分があり、一部推定が混じっている。
 *は事前に予約されていた便。
5月27日 
 0940 慣熟走行 4名(運営2名+在日米軍2名)
 1030 *溶接ワークショップ 2名
 1045 一般遊覧 6名
 1100 *ビリー隊員個人 2名 (客1名+メイド時雨)
 1115 一般遊覧 6名
 1130 陸上自衛隊 4名(自衛官2名+ゆるキャラ2名)
 1145 コスプレグループ 6名 (客5名+メイド時雨)
 1200 *ニコ技ブース総合 4名(溶接1名+整備1名+作ってみた1名+メイドあさぎ)
 1230 コスプレグループ 5名
 1250 *ファミコン楽器ライブ 2名
 1320 コスプレグループ 6名(推定)
 1340 *超ニコニコ結婚式 2名
 1420 海上自衛隊 3名(自衛官2名+メイド水月)
 1530 *ホリエモン・クルーズ 3名(客2名+メイドあさぎ)
 1550 コスプレグループ 6名(推定)
 (1615~1645 安倍首相来場で運休)
 1700 ウォーリーを探せ+馬慰労 6名(客2名+推定馬4名)
 1730 超オフ会・亀田 3名(客1名+メイドあさぎ+メイド水月)
 1740 一般遊覧 6名

 18便 76名

4月28日
 0940 ZUN+身内で遊覧 4名(客2名+あず+野尻)
 1020 *ユーザー企画「つくつく」 3名(推定)
 1050 自宅警備隊N.E.E.T(いこいのモールまで) 5名
 1100 *ニコニコ兵器開発局(いこいのモール~ホール4) 3名
 1200 ひろゆき・ZUN・かわんご 5名(客3名+メイド時雨+メイド水月)
 1215 在日米軍 (混雑につき停車場からアピール) 4名
 1230 超オフ会・亀田 (混雑につき停車場からアピール) 1名
 1315 *ビリー・クルーズ(馬はビリー隊) 2名
 1340 電飾コスプレ 5名(客3名+メイドあさぎ+メイドHAL)
 1400 航空自衛隊 5名
 1415 海上自衛隊 5名(客2名+メイドあさぎ+メイドHAL+メイド水月)
 1500 SF大会 3名
 1515 明後日入籍するカップル 2名
 1530 *車椅子搭載テスト&クルーズ 2名(客1名+メイド水月)
 1600 自宅警備隊N.E.E.T+カーチャン 5名
 1615 メイドコスプレグループ 4名
 1630 *アイアンマン 3名
 1650 馬、運営スタッフ慰労 6名(推定)

 18便 67名
 二日間合計 36便 143名

 この馬車をどうやって運用するかは、4月になってようやく決まった。
(1) 誰でも無料で乗れる。ただし、なんらかのアピールをする人を優先する。
(2) アピールのある人はチャーター予約をしてもらう。予約は当日でも事前でも可。発車5分前までに停車場に来て準備する。
(3) 運行スケジュールに隙間ができたら、一般遊覧客をその場で募集する。一般遊覧の乗客はアピールしなくてもよい。そのかわり、希望すれば必ず乗れるわけではない。
(4) 馬は随時募集する。人数が揃わなければ、スタッフが馬をやる。

 馬車にはあらゆる事態に備えて四つの運転モードがある。
(1) 自動モード ライントレースで自動運転する。
(2) 手動モード 御者が進路を入力する。
(3) 直結モード コンピュータを介さずに直接ステアリング用モーターをON/OFFする。
(4) 台車モード モーター系を介さずに前輪をフリーにして、馬で操舵する。
 モード(1)(2)は常用する。手動モードでラインに乗せ、センサーがラインを検出したら自動モードに切り替える手順だった。
 しかしライントレース機能はうまく動かず、人混みの中で固定コースを通るのはかえって危険なこともわかって、御者が終始手動モードで運転することになった。
 手動といっても、Arduinoマイコンを介したサーボ・ステアリングである。モーターはyuyaさんがパワーウインドウ用のモーター・ユニットを加工して取り付けた。位置センサは普通のリニアVRを使った。動画で御者が操作しているのはステアリング角を入力するロータリーVRである。
 技術部たるもの、台車に紐をつけて引っ張るだけでは沽券に関わると思ったのだが、さにあらず、人を乗せて安定して走り、安全に停止できる台車を作ることが最大の技術的挑戦だった。満載重量700kgの物体を走らせるのは見た目ほど容易ではない。
 後輪のトラブルについては動画「運行編」を参照のこと。私の設計が悪かったのが原因で、製作したyuyaさんとtapさんは設計通りに作ってくれただけである。

 車体へのポスター貼り、拡声器の使用、パンフレット配布、メイド部隊の同乗など、できるだけ柔軟に対応した。以下は製作~運行にあたってのエピソード集である。

・御者は最初、馬車のすぐ前を歩くデザインになっていたが、実際に作ってみたら「馬車に轢かれる」ことがわかった。
 左はオレンジニアPがMMDモデルでシミュレーションしてくれたものだが、よく見ると御者は設計上の想定より50cmほど前を歩いている。さもないと足が馬車にぶつかり、巻き込まれそうになるのだ。だがその位置からは操作パネルが見えない。結局、馬車の前にパイプ椅子を取り付け、腰掛けスタイルに改修した。

・「本当に4人で動かせるのか」と心配されたが、作ってみたら馬車は1人でも軽々と動かせた。ただし坂道は別である。馬車は空荷でも200kgあって、トラックへの積み卸しは数人がかりでやった。
 馬は普通に歩く程度の労力しかかからず、参加感が味わえるということで、会期中はちょうどいいペースで志願者が現れた。とはいえコースを何度も回るのは結構な運動量で、馬になってくれた人には感謝するほかない。







自衛隊在日米軍は事前の打ち合わせなく、当日の判断で馬車を使ってくれた。お隣さんということもあって馬車受付のミリタリー好きが営業をかけたのだが、さすが軍隊(事実上)だけあって、機敏な対応だった。空席があるときはニコニコ技術部のメイド部隊が乗り込み、パンフレット配布を手伝った。
「パンフレットをブースに置いただけだとなかなか手に取ってもらえない。メイドさんに配ってもらって一気にはけました」と喜んでもらえた。

・馬車の前で交通整理、露払いをしてくれたのは主にドワンゴの運営スタッフである。
「マウスより重いものは持ったことがない」IT系エンジニアの皆さんに、大変な重労働を課してしまった。ニコ技ブースに割り当てられた運営スタッフは8名いて、うち4名が馬車に割り当てられたが、二日目は交代制になった。

・コスプレグループの便は、本人たちでグループを作っている場合もあったが、その場で受付スタッフが声をかけてかき集めることもよくあった。
 コスプレイヤーが乗ると見るからに華やかで、超会議の彩りになったと思う。我々はもちろん、本人、来場者のいずれも喜んでくれたようである。
 私は馬車に何人もの「初音ミク」が乗ることを想定していたので、ミニスカートで着席してもパンツがぎりぎり見えないように設計した。しかしコスプレイヤーの多くは起立してポーズを取ったので、それはもう自己責任で、と言うほかなかった。

・停車場のあるニコ技ブースは自衛隊在日米軍ブースと言論コロシアムに挟まれている。安倍総理自衛隊ブースに現れて言論コロシアムまで徒歩移動するので、ニコ技ブースはその間封鎖状態になった。封鎖時間は初日の1615~1645までで、その少し前から「飛びものグループは全面飛行停止」「馬車は運行停止。停車場に止め、車上には誰も乗せない」「溶接ワークショップは閃光を放ってSPを刺激するので自粛」というお達しがきた。
 馬車チームは通路に面した馬車の周囲に陣取って、しばしの休憩と観察を楽しんだ。通路には虎ロープが張られ、PチャンイヤホンをつけたSPが配置についている。
「本物のSPは目ぢからが違うなー」「耳がぐちゃぐちゃになった人がいましたよ」などと語らった。
 やがて現れた安倍総理は戦闘服を着て10式戦車に乗り、整列する自衛隊在日米軍の間を通って通路に移動、対岸のゲームブースのあと馬車の前に立ち寄られた。馬車のバナーをしげしげと眺め、メイドのあさぎさんや馬の人と握手された。
「すげー迷惑だけど最高に面白かった!」が馬車チームの感想である。

・ニコニコ兵器開発局のパレードだが、武器はガンランスなどやたら重くて巨大なので、馬車のほうで6ホールと7ホールの間のモールまで迎えに行った。馬車は設定されたコースから離れない決まりで、例外はこのときだけである。途中に段差がないか、コーナーを曲がりきれるかなど、設営日に予行演習した。


・ビリー・クルーズのとき、御者はブレーキを強く踏みっぱなしだった。屈強のビリー隊員が馬を担当したので、どうしても暴走しがちになるためだ。
「停車場以外では停止しない」が原則だったが、兵器開発局の出迎えとビリー・クルーズが例外になった。殺到するビリー・ファンの勢いはすさまじく、私は交通整理に加わっていて「圧死」の二字がちらついた。しかし、これぞニコニコという盛り上がりで無類に楽しかった。大体において、「ニコニコらしさ」は「どうしてこうなった?」とセットになっている。アメリカのボディビルダーが、どうして日本でこんなことになっているのだろう?

・ニコニコのユーザーで「コミュ障」を自称する人は多いが、まあ技術部員もそんなものである。そんな人が馬車の受付をやったところ、すっかり夢中になり、いい仕事をした。道行く人に声をかけ、馬の勧誘や馬車利用の説明、スケジュールや運行スタッフのやりくりなどをこなすのが面白かったという。
 自分にも身に覚えがあるが、イベントなどで大声で初対面の人たちに話しかける仕事を数回やると、あっさり自信がついて、「コミュ障」などという自分を守る言い訳は吹き飛ぶものである。多くの場合、それは病気や障害ではなく、単なる練習不足だからだ。

・馬車が完成したあと、車椅子での搭乗をまったく考慮してないことに気がついた。あの人混みの中を車椅子で動くのは大変だし、視界が狭くてつらいだろう。ここは馬車で支援したいところだ。Twitterでそんな相談をしていたところ、「私が実験台になります」と申し出てくれた人がいた。電動車椅子に乗る、半身麻痺リハビリ中の女性だった。
 搭乗にあたっては後部の座席二つを外した。スロープも用意していたが、本人が乗ったままの電動車椅子は4人で簡単に持ち上げられた。馬車の中央部は床が少し広くなっているので、その位置に車椅子を止めてもらった。介護の資格を持つメイドさんが付き添いで同乗した。
 馬車はそのままコースを一周し、楽しんでもらえた様子だった。それを見て、手を振る来場者もいた。降車も問題なかった。
 もう一人車椅子の人がいて、いっしょに乗る段取りをしていたが、定刻を10分すぎても現れなかったのでキャンセルとなった。車椅子の人はなかなか時間通りに動けないようで、これも配慮しなければならない。
 次があるなら、座席をワンタッチで取り外せる機構に改めたい。今回は木ねじ8本を抜く必要があったので、それに数分を要した。

ニコニコ技術部のメイド部隊は4人からなり、ものづくりが得意、アナウンスが得意、介護資格を持つ、性同一性障害で体は男性、心は女性の人(見た目は女装メイド)など、それぞれ個性とスキルがあり、多方面で活躍してくれた。
 チャーター便で空席があるとき、メイドさんが乗るだけで格好がついた。有名人のクルーズでは飲み物を持って車上で接待した。喉が渇くのか、コーヒーに手を伸ばす乗客は多かった。
 運行編の動画でホリエモンが「これすごいなあ」と言っているのは、メイド長の時雨さんが作ったニコニコ技術部特製ラッピングのチョコレートのことらしい。お手柄である。

・二日目正午~13時頃は混雑がピークで、しばらく運行を止めた。待機列が膨らむなど、通路の混雑は付近のブースの状況によっても変化する。
 馬車が混雑で走れない間、予定のチャーター便は停車場に居座ったまま実施した。超オフ会のアピールと在日米軍のパンフレット配りだが、周囲を大勢の人が流れていることにはちがいないので、通常運行と大差ないことができた。
 馬車はポータブル電源と拡声器を搭載しており、走れば簡易パレードになり、止まっていても小型ステージになる。混雑に応じた弾力的な利用ができることが確かめられた。機材を貸してくれた藤山晃太郎さん、a2cさんに改めて感謝したい。

 公開できるエピソードはこんなところだろうか。
 通路が混雑してくると、馬車はそこに割り込むに値する何かがなくてはならない――と、つい考えてしまう。人気者のビリー・クルーズで通路がせき止められるのは「楽しい迷惑」だが、ただの遊覧走行でそうなったら「ただの迷惑」だろう。
 この配慮は必要だと思うが、程度問題とも思う。
 動画には「有名人ばかりでなく、誰でも乗れるところがいい」というコメントもあった。
 馬マスクをかぶった人間が馬車を引いている、というだけで笑ってもらえる。乗っている人が有名人だったり、ネタを用意する必要は必ずしもなかった。
 そして「馬車の人と自分との間に断絶はない」「自分もあれを使って面白いことができるんだ」と気づいてもらえたら本望である。これこそニコニコ動画の本質であって、それをオフラインでやるのが超会議だ。
 ニコニコ技術部は超会議3でも馬車を運行させるだろう。スタッフあるいは利用者として、あなたの参加を待っている。

リンク:ニコニコ技術部Wiki・超乗合馬車