野尻抱介blog

尻Pこと野尻抱介のblogです

沖縄で出会ったクレージーなイキモノ屋と『琉球列島のススメ』


 2014年11月末、初めて沖縄を旅した。宜野湾市にお住いの鴨澤眞夫さんがMaker向けホームパーティーをするというので、長年こじらせていた"沖縄童貞"の筆下ろしをしてみたのだった。短い旅だったが沖縄は見るものすべて珍しく、大変面白かった。簡単に紹介しよう。

 那覇空港売店で買った弁当類が、すでに珍しかった。四角いおにぎり。タコスみたいなテックス・メックスなやつ。

 コザ、嘉手納基地に通じる繁華街で開かれていた「ゲート2フェスタ」。盆踊りでもヨサコイでもない、音楽もダンスもポップなものだった。

 嘉手納町の屋良グスク。市街地にある小さな城跡なのだが、12月にもかかわらず、緑の濃さがはんぱない。水木しげるの世界だ。

 勝連半島から橋で結ばれた伊計島のサトウキビ畑。風が吹くと、歌のとおり、ざわわ、ざわわと鳴いた。
 灯台の根元にはアサギマダラがいた。三重県でも見かける、渡りをする蝶だ。「ここからはるばる飛んでくるのか」と感慨に浸ったりした。

 勝連半島の先端、ホワイトビーチ沖に現れた海上自衛隊のそうりゅう型潜水艦。他所者の勝手な感想だが、沖縄は軍事施設や戦争遺構も見どころが多い。道の駅かでなも嘉手納基地が一望できて素晴らしかった。

 恩納村の海岸。珊瑚礁のかけらが敷きつめられている。

 海岸の墓地。亀甲墓といわれるものだ。沖縄戦のとき、米軍がトーチカと間違えて砲撃したこともあるという。

 鴨澤家に向かう途中の景色。小規模な丘陵地で、こういう地形も私には珍しい。「あー、沖縄戦ってこんな地形で激戦してたよな。シュガーローフとか、あのへんの…」などとぼんやり考えていたが、後で聞いたら実際に激戦地だったらしい。
 この地形やガマと呼ばれる洞窟、亀甲墓にも、この地域の石灰岩質が関係している。



 夕方、鴨澤家に着くと、庭にあるお手製の石窯に火が入っていた。ここでピザやチキンが次々と焼きあげられた。参加者が持ち寄った回路基板など眺めながら、Maker談義に興じた。
 夜遅くになって、30代くらいの短髪で口ひげをたくわえた男が現れた。鴨澤氏の後輩で、生き物屋だという。歯に衣着せぬ物言いをする、なかなか尖った人物だった。
 彼が携えてきた作品は、蟹の腕の模型だった。写真を撮り忘れたのだが、民芸玩具の竹ヘビみたいなものだ。サランラップの芯みたいな紙筒を切って針金を通して連結し、関節にしてある。
「哺乳類は内骨格で、骨のまわりに筋肉がついている。だから関節はボールジョイントになっていて、自由に回せる。ところが甲殻類は外骨格だから、関節が回る軸は基本的にひとつしかない。そのかわり複数の関節で軸の向きが違っているから、組み合わせると自由な方向に動ける」
 記憶に頼っているのだが、だいたいこんな話で、模型はその再現というわけだった。
 なるほど。蟹の腕の自由度なんて考えたこともなかったから、まず着眼点に感じ入った。それを模型で示すところもMakerらしい。紙筒と針金しか使わないのは斬新だ。
「300円でできる」と彼は言った。金額はよく憶えていないがその程度だった。
 私も生物の骨格には興味があって、狩猟で捕獲した骨は標本にしたりする。(こちら参照)
「私、『骨の学校』って本が好きで、著者はええと、盛口…」
「ああ、ゲッチョさん?」
 この男はゲッチョさんこと盛口満氏とも懇意の仲だという。この時点で私は彼がどういう種類の人物か、つかめた気がした。面と向かっては言わないが、生物学者という肩書きでは不足なので、心の中ではこう呼んでいる。
 フィールド系クレージー生き物屋
 生物好きにもいろいろある。私は狩猟をしているので、それを指して「鳥や獣がかわいそう」などと言う人は苦手だ。船でホエールウォッチングして嬌声を上げたり、探鳥会なる行列に加わって静かに双眼鏡を使う人たちともちょっと距離を置きたい。
 私が敬意を抱くのは、昆虫以上に植物に詳しい虫屋、みたいな種族である。山でそういう人に会うと、どこに何が生えているか、(彼の秘密のスポットでない限り)たちどころに教えてくれる。
 さらに酷暑も風雨も毒蛇もいとわず深山幽谷を夜通し徘徊したり、悪臭を放つロードキルの死体を拾ってきて標本にするような活動が日常化しているレベルになると、これがフィールド系クレージー生き物屋という呼称になる。
 これは敬称である。私自身はこの域にはまったく届いていないが、猟師としては、こういう人のほうが安心して話せるし、なにより面白い。

 あの夜から一年あまり経って、彼がそのクレージーな人生を集大成したような本を出した、と鴨澤氏がツイートした。佐藤寛之『琉球列島のススメ――なんと、東海大学出版会の「フィールドの生物学」双書のひとつだ。このシリーズはハズレがない。少々お高いが、Amazonで購入して読んでみた。
 期待どおり、どこを開いてもめちゃくちゃに面白い。沖縄での学生生活が始まると、夜明け前から図鑑を抱えて魚市場に通い、漁船に乗って漁を手伝い、鮫の歯を集めたりするダイナミックさである。毒を持った生物に対しては、自らの体でその毒の効果を実験してみたりする。きわめて実践的な記述なので、こうしちゃいられない、自分も何かしなくては、と焦燥感にかられるほどだ。
(左:著者近影。撮影 鴨澤眞夫)

 紹介しているときりがないので目次を貼っておこう。

 第一章  沖縄生活のススメ 
 第二章  海モノのススメ
 第三章  毒モノ、キワモノ体験のススメ
 第四章  陸モノのススメ 
 第五章  琉球列島の春夏秋冬 
 第六章  離島のススメ
 第七章  野外調査のススメ
 第八章  環境教育のススメ
 第九章  珊瑚舎スコーレ
 第十章  泡瀬干潟で環境教育 
 第十一章 教材作りのススメ
 第十二章 生涯学習のススメ

 カメ類を研究したくて琉球大学に入り、スッポンの研究で博士号を取得し、よるべなきポスドク生活から環境教育に転身する。私が佐藤氏に会ったのは十一章のあたりだろうか。あの蟹の関節模型は教材で、安く簡単に作れるところを強調していたのはそういうわけだったのだ。
 私がぶっきらぼうに話す佐藤氏に気安さを憶えたのは、本人に確かめたわけではないが、私の方でこんな想像をしたからだ。
 つまり、フィールド系クレージー生き物屋の価値基準、あるいは「正義の規範」みたいなものがあるとしたら、それはたぶん、環境に適応し、平衡状態にある生物そのものだろう。どんなに矮小な、あるいは貧相な生物であれ、現にこうして生き延びているからには、環境に適応するすべを持っていることは自明だ。したがってすべての生物は調べる価値があるし、学べることが必ず、絶対に、まちがいなく、ある――この確信を持っているかどうかで、生物に向き合う姿勢が決まる。生物を愛でることでは同じでも、特定の個体をペットとして可愛がる態度とは根本的に異なる。
 いっぽう、ここが一致していれば猟師と生物学者のちがいなど些細なものだ。そういう意識を持つ猟師は、個体の命を奪いはしても、地域個体群は保全しようとする。そして狩りの楽しみとは結局、相手を出し抜けるまで、その行動と生態を知ることだと思っている。
 …と思うのだが、どうだろう。なにしろクレージーな種族だから、向こうがどう考えているかはわからない。

 佐藤氏の活動は以下のリンクで観測できる。
沖縄生物倶楽部
やんばるの森から
キュリオス沖縄
 琉球諸島に住んでいたり、そこを訪れる人は、コンタクトを取ってみてはいかがだろうか。かなりクレージーな人物ではあるが、人を襲ったりはしないと思う。


爆弾の落下速度を計算してみた(叩き台)

急降下爆撃と回避運動を図上演習で検討してみた
急降下爆撃と特攻を図上演習で比較してみた

 少し間があいてしまったが、図上演習で検討するシリーズのつづきである。特攻と急降下爆撃の有効性を比較するとき、爆弾の落下速度がポイントになることが浮かび上がってきた。

 左の写真は呉の大和ミュージアムで撮ったもので、零戦62型の下に展示されているのが250kg爆弾である。当時は爆弾に特別な興味がなかったので、この写真もたまたま写っていただけだ。一連の記事で想定しているのはこの爆弾である。


 さて、先の記事で「ゲスト」さんがコメント欄に以下の情報を提供してくれた。

急降下爆撃による爆弾の終速(目標に命中する瞬間の速度)は第5航空艦隊参謀が試算してますが
投下する急降下爆撃機の速度を360km/hとした場合
2,000m 1,027㎞/h
1,000m 860㎞/h
500m 713㎞/h
であり
航空機本体 720km/h
と推計してました。

 これは正しいだろうか。この情報では降下角が不明だが、仮に垂直に落下したと考えてみよう。
 等加速度運動の方程式は 距離 = 加速度 × 時間^2 ÷ 2 + 初速 × 時間
 である。1000mから秒速100m(時速360km)で投下した場合、
 1000 = 9.8 × t × t ÷ 2 + 100 × t
 の t を計算すると、7.4秒となる。重力加速度は毎秒9.8m/secだから、9.8×7.4 で72.5、
これに初速を加えて172.5m/sec、時速621km/hとなる。
 空気抵抗を無視しているが、これでさえゲストさんのコメントにある860km/hに届かない。斜めに投下しても速くはならないので、860km/hという値は噴進弾でもない限り、あり得ない。

 じゃあ実際の速度はどうだったかというと、これは空気抵抗を考慮しなければならない。さらに鉛直方向の大きな動きなので高度による大気密度の変化も加味する必要がある。複雑なので、久しぶりにRuby数値計算の短いプログラムを書いてみた。
 私はC言語で育ったロートルなので、Rubyはあまり馴染みがない。バグがあるかもしれないし、恥ずかしいコーディングだと思うが、以下に貼っておく。マサカリ(技術屋が交わす忌憚のない意見)歓迎である。
 …と、ペーストしてみたが、どうもブロマガはスペースで整形したプレーンテキストがそのままでは貼れないらしい。インデントが消滅して読みにくいが、回避策がみつからないのでこれで勘弁してほしい。

#
# 爆弾落下速度計算 ver 1.00 by Nojiri Housuke
#
# -*- encoding: utf-8 -*-
#!/usr/local/bin/ruby
include Math

dtim = 1.0 # 単位時間(sec)
alt = 1000.0 # 初期高度(m)
initspd = 360.0# 初速(km/h)
Mass = 250 # 質量(kg)
dia = 0.30 # 爆弾直径(m)
BaseCd = 0.34 # 抗力係数ベース値

Ga = 9.80665 # 重力加速度

# 空気密度 入力:高度(m)  戻り値:(kg/m^3) 高度11km程度まで
def rou(h)
p0 = 1013.25
t0 = 15
p = p0 * (1 - (0.0065 * h / (t0+273.15)))**5.257
t = t0 - 0.0065 * h
return(p / (2.87 * (t + 273.15)))
end


# マッハ数 入力:速度(m/sec), 高度(m)
def mach(v, alt)
if alt >= 7000.0 then
sv = 270.0
else
sv = 341.0 - (71.0 / 7000.0 * alt)
end
return(v / sv)
end

# 抗力係数 入力:マッハ数
def cdrag(mach)
if mach < 1.2 then
cd = BaseCd + 0.2 / 1.2 * mach
elsif mach <= 10 then
cd = 0.5136 - 0.1 / 8.8 * mach
else
cd = 0.0
end
return(cd)
end

# 空気抵抗 入力:速度(m/sec), 高度(m), 断面積(m^2) 出力:抗力(kgf)
def drag(v, alt, sa)
if alt >= 100000 then
return(0.0)
else
return(0.5 * rou(alt) * v**2 * cdrag(mach(v, alt)) * sa / Ga)
end
end


# メイン
eta = 0
v = initspd / 3600 * 1000
sa = (dia / 2)**2 * 3.14159 # 断面積(m^2)
printf "爆弾質量:%4dkg 爆弾直径:%5.3fm 投下高度:%5dm 初速:%5.2fkm/h\n", Mass, dia, alt, initspd
printf "抗力係数ベース値:%4.2f\n\n", BaseCd
printf " (sec) Alt(m) V(m/sec) V(km/h) V(Mach) Drag(kg) Dens(kg/m^3)\n"
printf "------ ------ -------- -------- -------- -------- --------\n"

while alt >= 0.0
d = drag(v, alt, sa)
a = Ga - d / Mass * Ga
da = 0.5 * (((v + a) * dtim) + (v * dtim))
v += a * dtim
alt -= da
eta += dtim
printf "%6d %6d %8.2f %8.2f %8.2f %8.2f %8.2f\n", eta, alt, v, v * 3.6, mach(v, alt), d, rou(alt)
end


 内容はというと、簡易的な計算なので、随所に誤差がある。空気密度は高度10kmぐらいまでは標準大気とほぼ同じ結果が出るのを確認したが、抗力係数や空気抵抗については自信がない。
 ともかく、結果を貼ってみよう。これもテキスト整形が無効化されていて読みにくいことおびただしいのだが…

爆弾質量: 250kg 爆弾直径:0.300m 投下高度: 9000m 初速: 0.00km/h
抗力係数ベース値:0.34

(sec) Alt(m) V(m/sec) V(km/h) V(Mach) Drag(kg) Dens(kg/m^3)
------ ------ -------- -------- -------- -------- --------
1 8995 9.81 35.30 0.04 0.00 0.47
2 8980 19.61 70.60 0.07 0.06 0.47
3 8955 29.41 105.87 0.11 0.23 0.47
4 8921 39.19 141.10 0.15 0.52 0.47

       (中略)

42 1256 316.51 1139.42 0.96 187.10 1.08
43 939 318.63 1147.05 0.96 195.96 1.12
44 619 320.40 1153.45 0.96 204.70 1.15
45 298 321.84 1158.64 0.95 213.27 1.19
46 -23 322.96 1162.64 0.95 221.64 1.23

 表は左から経過時間(秒)、高度(m)、速度(秒速)、速度(時速)、速度(マッハ数)、空気抵抗(kgf)、空気密度(kg/m^3) の列になる。
 最後に高度がマイナスになるのは、ラスト1秒の間にそれだけ進んでしまうからだが、無精して調節していない。
 この結果は(垂直方向の)初速が0だから、高度9000mから水平爆撃したイメージだ。45秒後に高度298mまで落下し、時速1158km、マッハ0.95と音速近くになる。空気抵抗は213kgだから爆弾の自重に近く、加速度も落ちている。しかしまだ終端速度には達していない。
 数値としてはこんなもんだろうか? 何か実例があったら提供していただきたいのだが、ちょっと検索しただけでは見つけられなかった。250kg爆弾の正確な寸法、重量もわからない。

 試しに高度20000mから投下すると、爆弾は音速を超え、高度7000mでマッハ1.6の最高速度になる。さらに落下すると大気密度が上がるので減速して、地表に達したときはマッハ1.2になった。このプログラムで高度10000m以上は誤差が大きくなるので、あまり当てにならないが、高度による大気密度の変化を加味すると、終端速度というものが単純ではないことがわかる。

 以下は1000mから初速360km/hで投下した場合。地表に達した時の速度は時速600kmぐらいだ。空気抵抗は40kgぐらい。

爆弾質量: 250kg 爆弾直径:0.300m 投下高度: 1000m 初速:360.00km/h
抗力係数ベース値:0.34

(sec) Alt(m) V(m/sec) V(km/h) V(Mach) Drag(kg) Dens(kg/m^3)
------ ------ -------- -------- -------- -------- --------
1 895 109.19 393.10 0.33 15.64 1.12
2 781 118.25 425.71 0.36 19.06 1.14
3 658 127.16 457.78 0.38 22.85 1.15
4 527 135.91 489.27 0.40 27.02 1.16
5 387 144.48 520.12 0.43 31.58 1.18
6 238 152.85 550.26 0.45 36.53 1.20
7 81 161.01 579.65 0.47 41.87 1.22
8 -83 168.96 608.24 0.49 47.58 1.24

 以下は高度500mからの投下。着弾速度は時速500kmぐらい。

爆弾質量: 250kg 爆弾直径:0.300m 投下高度: 500m 初速:360.00km/h
抗力係数ベース値:0.34

(sec) Alt(m) V(m/sec) V(km/h) V(Mach) Drag(kg) Dens(kg/m^3)
------ ------ -------- -------- -------- -------- --------
1 395 109.16 392.99 0.32 16.39 1.18
2 281 118.19 425.47 0.35 19.96 1.19
3 159 127.06 457.40 0.37 23.91 1.21
4 27 135.75 488.72 0.40 28.25 1.22
5 -112 144.27 519.36 0.42 32.98 1.24

 どの計算も、爆弾の重量や直径、空気抵抗係数は適当だが、ここをいじっても大きな違いはない。高度1000m以下からの投下で支配的なのは初速と重力加速度で、空気抵抗は1割程度しか効いてこない。
 時速500~600kmというのは機体速度と大差ないから、ゲストさんが指摘したとおり、急降下して突入した特攻機の爆弾による貫通効果は、急降下爆撃の場合と大差ないように思える。
 CaSで特攻機が抱いた爆弾の装甲貫通効果が減るのは、超低空でのアプローチなど、さまざまな突入経路が統計的に均されているとみたほうがよさそうだ。

 CaSの判定を補正するなら、パイロットの練度に応じて急降下突入の成否を判定し、成功した場合は装甲貫通のマイナス補正を外せばいいだろう。
 しかし、現行ルールは実戦の記録に基づいているから、統計的に均した結果は史実に近いと思われる。現行ルールでマイナス補正されるのは特攻機が抱いた爆弾の装甲貫通だけであって、飛行機自体の付与ダメージと焼夷クリティカルヒットは爆弾と別に加味されている。特攻の効果を特に矮小化したルールではないと思う。
 飛行機自体の装甲貫通力が低いのは、断面積の大きさが影響している。戦車砲のAPなんとかという徹甲弾を見ればわかるとおり、なるべく重く、高速で、細い弾にしなければ貫通力が望めない。零戦の栄エンジンは250kg爆弾に対して、重量は約2倍だが、衝突断面積は15倍ほどになる。
 日本軍は特攻での装甲貫通が弱くなることに気づいていたようだが、たとえ急降下を命じていても、あの弾幕の中では思うように突入できなかったのかもしれない。接近途中で墜落するよりは、被弾しにくい経路を取ったほうがまし、という判断もあり得るだろう。


急降下爆撃と特攻を図上演習で比較してみた


特攻作戦を図上演習で再現してみた(空戦編)
特攻作戦を図上演習で再現してみた(突入編)
急降下爆撃と回避運動を図上演習で検討してみた
 のつづき。

 特攻は通常攻撃より大きな戦果を上げた、合理的な戦法であった、という評価をよく見かける。CaSでどうなるか確かめてみよう。
 零戦には爆撃仕様の62型があって、CaSの資料にも掲載されているが、簡単のため、特攻機のときと同じ条件、零戦52型(A6M5a)に250kg爆弾を積んだものとする。したがって往路の空中戦は特攻機と同じ結果になる。迎撃機の数が1:1だったとして、迎撃機からの逃走成功率はパイロットの練度が並で73%、新兵で48%だ。(2015/09/14 以前の記事の空戦判定にミスがあったので修整した)

 空母機動部隊の輪形陣、突入経路も特攻のときと同じだが、通常攻撃の場合は目標上空を航過して離脱しなければならない。図のように輪形陣を横断する形になるので、ほぼ全艦が防空射撃に参加できてしまう。プロットから見当をつけてみると、除外は駆逐艦一隻だけだ。急降下爆撃機は高空からアプローチするので、他の艦が対空射撃の射界を遮るケースは無視できる。

・基本値
 急降下爆撃機      領域AA攻撃力 34.2 軽AA攻撃力 110.6
 (比較) 急降下する特攻機 領域AA攻撃力 22.5 軽AA攻撃力 73.5


・急降下爆撃機でVT信管なし
 領域AA     軽AA
 補正値 0.1875 補正値 0.1875
 攻撃力 6.4   攻撃力 20.7
 撃墜数 1, 3, 4  撃墜数 2, 7, 10  期待撃墜数 10 (投弾前の撃墜数 7)

・急降下爆撃機でVT信管あり
 
領域AA     軽AA
 補正値 0.375  補正値 0.1875
 攻撃力 12.8   攻撃力 20.7
 撃墜数 1, 5, 7  撃墜数 2, 7, 10  期待撃墜数 12 (投弾前の撃墜数 9)

 「投弾前の撃墜数」の意味は、こういうことだ。軽AAによる撃墜は相手側の攻撃と同時判定(刺し違え)なので、撃墜された飛行機も爆弾や魚雷を投下できる。飛行機は投弾後に墜落するとみなすわけだ。
 これには議論があったらしく、オプション・ルールとして軽AAに口径35mm以上の火器を含む場合は有効射程が長いので、命中機の半分(端数切り上げ)を爆弾や魚雷の投下前に取り除く。突入編の引用部分で軽AAに大小があるというのはこれを指している。
 このオプションはシミュレーションの精度を上げるためにあるので、使用しよう。アメリカ艦は40mmボフォースを持っているので、このルールが適用される。
 VT信管なしの場合だと、領域AAで3機、軽AAで7機、合計10機に命中する。投弾前に墜落するのは領域AAの3機および軽AAの4機(7機の半分、端数切り上げ)で、合計7機になる。投弾後に残り3機が墜落する。

 システム上、CaSでは対空火器を領域AAと軽AAに二分しているが、実際には領域AA、軽AA大、軽AA小があったいうことだ。具体的にはアメリカ艦だと5インチ対空砲、40mmボフォース、20mmエリコン機銃がこの三種に該当する。
 日本艦の対空火器は10cm前後の高角砲(領域AA)と25mm対空機銃(軽AA小)なので、軽AA大がない。したがって軽AAが当たっても爆弾を投下されてしまう。これには異論もあるようだが、ともかくCaSのルールをあてはめるとそうなる。

 急降下爆撃機の投弾前の損失はVT信管の有無を平均して8機としよう。特攻機の場合も8機だった。
 爆撃の命中率はというと、特攻機のときと同様の補正を加えるが、プレスホーム(肉薄攻撃)はしないものとする。
 結果、命中率はパイロットが「並」なら12%、「新兵」なら8%となった。
 特攻機の場合、パイロットが「並」なら26%、「新兵」なら22%だったから、急降下爆撃の命中率は半分以下になる。

 爆弾1発命中の期待値を得るには、8機(13機)が投弾にこぎつけなければならない。以下、括弧内はパイロットが「新兵」のときを示す。
 対空射撃での投弾前の損失8機を加えると、16機(21機)。
 迎撃機とのドッグファイト(彼我の機数は1:1とする。迎撃からの逃走成功率は75%(49%))の損失を考えると、パイロットが「並」で21機、「新兵」で43機を投入しなければ、命中弾1発が得られない。

 特攻機とちがい、通常作戦機はこれから長い復路がある。
 アメリカの輪形陣から生きて離脱できるのは、投弾後に墜落する3機を引いて5機(10機)となる。それらに対してアメリカ機による追撃がありそうだ。
 追撃機が何機あったか、資料がなくてわからないので、適当に決めることにしよう。
 往路では日本側と等しい迎撃機を想定した。レーダー等で編隊の規模を見積もり、同数を迎撃に出した、という構図だ。これらの迎撃機が全機残っていると考えてみよう。この想定では、日本機5機(10機)が追撃機21機(43機)とドッグファイトして逃げ延びなければならない。
 アメリカ側がずいぶん多い気がするが、追撃機は減るどころか増える可能性もある。沖縄戦シナリオではCAP機(戦闘空中哨戒機)はあちこちから15分おきに補充される、という特別ルールがある。
 そんなわけで、とりあえずこの設定で進めてみよう。絶望的な気がしたが、次に述べる理由で実は日本側がかなり有利である。
 追撃機が零戦に均等配分されると仮定すると、パイロットが「並」「新兵」いずれも1:4の戦いになる。(端数は無視)
 おさらいすると、ドッグファイトにおいて先手を取るのは(1) 機動レーティングの高いほう (2)機動レーティングが互角なら最大速度の大きいほう、というルールだ。
 復路の零戦は爆弾を投下して身軽なので、F6Fヘルキャットと機動レーティングは互角だ。ただし速度で負けているので、まともに空戦するとヘルキャットが先手を取る。だが、零戦が戦わずに逃走に専念するなら機動レーティングに+0.5の補正がつくので、零戦が先手を取れる。
 零戦ヘルキャットの一機を選び、逃走判定に成功したら、ドッグファイト空域を離脱したことになり、ルール上それ以上追撃されない。ヘルキャットが何機いても、最初の逃走判定に勝てば逃げられる。逃走に失敗するとヘルキャット4機から順繰りに攻撃を受けるのだが、ここでも機動レーティングの優位が効いて簡単には撃墜されない。

 (1) 零戦1がヘルキャット1に対して逃走判定する。成功率は50%(30%)。
   逃走に成功すれば、零戦1は生還したとみなす。
 (2) ヘルキャット1が零戦1を攻撃する。成功率は10%(18%)
   攻撃が成功すれば、零戦1は撃墜される。
 (3) ヘルキャット2が零戦1を攻撃する。成功率は10%(18%)
   攻撃が成功すれば、零戦1は撃墜される。
 (4) ヘルキャット3が零戦1を攻撃する。成功率は10%(18%)
   攻撃が成功すれば、零戦1は撃墜される。
 (5) ヘルキャット4が零戦1を攻撃する。成功率は10%(18%)
   攻撃が成功すれば、零戦1は撃墜される。

 これで1ラウンド(1分間)が終わる。3ラウンドごとにD6して1か2ならドッグファイトは終了する。9ラウンドが経過するとドッグファイトは自動的に終了する。ここでは6ラウンドで終了とする。
 この空戦を生き延びたら、基地までは無事に飛行し、生還できたとみなす。
 復路の逃走成功率は91%(72%)、生還機は5機(7機)となった。
 追撃はまあまあ振り切れたわけだが、出撃したのは21機(43機)だからトータルの生還率は24%(16%)となる。
 欧州戦線でB-17によるドイツ本土爆撃は悪いときで生還率90%程度だったと聞く。それに較べるとかなり悪い数字だ。
 生還したパイロットはいくらか練度を上げるとしよう。特攻が批判されるのは、まさにここがポイントだ。生還したパイロットは次の出撃に参加し、1/4(1/6)程度に減る。出撃ごとのスキル上昇がいくらになるか、根拠になるデータがないので、なんともいえないのだが、パイロットが育つ環境と言うにはかなり厳しい気がする。
 通常攻撃しようが特攻しようが、飛行機とパイロットの命は浪費される。先の記事と比較してみると、1回の攻撃成功に対する浪費の度合いは特攻のほうが少ない。
 撃墜された機のパイロットが全員死亡したとして、1回の攻撃成功に必要な命の数は、
 急降下爆撃機 16人(36人)
 特攻機    16人(27人)
 となる。練度が並なら互角だが、練度が落ちてくると特攻機のほうがパイロットの倹約になる。とはいえ特攻を使うと練度は落ちる一方なので、やはり悪循環である。
 墜落したパイロットを救助できれば、状況はかなり改善されそうなのだが、沖縄戦の状況では難しいだろうか。

 最後に、急降下爆撃で250kg爆弾が命中した場合のダメージを考えてみよう。

 250kg爆弾の付与DP(ダメージポイント)は35。目標の空母ホーネット(エセックス級)は625DPを持つ。
 今回の攻撃はつまり、625 - 35 = 590
 ホーネットは減速せず、そのまま航行を続ける。
 次にクリティカル・ヒットの発生を判定する。偶然に左右されるので、以下は一例である。
 損害比 35 / (625 - 35) は0.06。損害比表からD6で6なら1回のクリティカル・ヒットが発生する。ダイスは5で、発生なし。
 これでおしまいかというとそうではなく、「空母に50kg以上の爆弾が命中した場合は飛行甲板にクリティカルヒットが発生する」というルールが適用される。

・飛行甲板へのクリティカルヒット
 D6して1-2なら前部、3-4なら中央部、5-6なら後部に命中する。前部に命中した場合、航空機の発艦が不可能になる。後部に命中した場合、着艦が不可能になる。
 航空機を駐機した領域(発艦時なら後部、着艦時なら前部)に命中した場合、D6=命中機数とし、各機を航空機クリティカルヒットとして扱う。
 飛行甲板へのダメージは格納庫へのダメージを引き起こしうる。飛行甲板が装甲されていれば、装甲貫通型爆弾のみが格納庫へのダメージを加えうる。もし貫通可能な爆弾ならD10で1-5なら格納庫へのダメージなし、6-10なら格納庫内の航空機に命中する。その場合、D6=命中機数とし、各機を航空機クリティカルヒットとして扱う。

 このとき飛行甲板のどこに駐機されていたかはランダムに決定しよう。D6して奇数なら前、偶数なら後ろ…6で前。
 着弾地点はD6で…5。後部。ホーネットは着艦が不可能になった。飛行甲板上の飛行機にはダメージが及ばなかった。
 次は装甲貫通の判定だ。急降下爆撃機によって低空から投下された250kg爆弾の装甲貫通値は12cm、ホーネットの甲板装甲は6cm相当なので「貫通」が成立する。特攻機の場合は貫通できなかったので、この点では効果が大きい。
 格納庫へのダメージはD10で…9。格納庫内の航空機に命中した。命中機数はD6で…2。
 航空機クリティカルヒットが2回発生した。状況はどんどん連鎖してゆく。

・航空機へのクリティカルヒット
 搭載されている航空機が破壊される。それはまた、火災の元となる。火災の重大性を D6-2% で決定する。結果が1以下なら火災は発生しない。

 航空機1…D6で4。重大性2%の火災発生
 航空機2…D6で2。火災発生せず。

 3戦術ターン、つまり9分後、火災の延焼と鎮圧について判定する。D10とD6、二度のダイスロールを行なって判定する。結果は延焼して重大性が3%になった。ホーネットは初期ダメージポイントの3%、18DPを失い、572DPとなった。航行速度は変わらない。艦これでいうなら、小破未満のカスダメ状態だ。
 以後の判定は30分おきに行なう。30分後、ホーネットは火災の鎮圧に成功した。
 さらに延焼が続くようなら、戦闘部署の人員をダメコンにまわしたり、近くの艦船に消火を手伝わせるなどの対処方法がある。しかしときには、火災が手に負えない状態になって戦域を離脱する展開もあるだろう。

 結論として、急降下爆撃は特攻よりやや大きなダメージが期待できる。しかし飛行機およびパイロットの損耗と差し引きすると、どっちもどっちである。特攻でなければならない、といえるだけの理由は見つけられなかった。
 今回の設定では戦力を小出しにすると各個撃破されてしまう。そこで20機~40機まとめて出すことになるが、当時の日本軍がこれを繰り返すのは難しかったと思う。

 重ねて強調するが、これは状況を単純化し、CaSのルールに従った試算にすぎない。
 実際の戦闘では、日本軍もそれなりに工夫していたようだ。先にレーダーピケット艦を叩く、囮や直掩機を出して迎撃戦力を分散させる、輪形陣内でも複数機がアプローチや目標を変えるなどして対空射撃を分散させる、等々。左は『真相・カミカゼ特攻』(原 勝洋)に掲載されていた米軍側の資料だ。

 また、今回の試算では雲量ゼロを想定している。戦史をひもとくと「雲の中から突然特攻機が現れ、突入してきた」「雲に逃げ込まれて見失った」という記述をときどき見かける。ドッグファイトからの逃走判定でも雲が存在すると大きな補正が入る。ただし、レーダー射撃管制の対空砲火は影響しない。
 雲があると日本側に有利に作用するので、全体の成績はやや向上するはずだ。


急降下爆撃と回避運動を図上演習で検討してみた

特攻作戦を図上演習で再現してみた(空戦編)
特攻作戦を図上演習で再現してみた(突入編)
の続き。

 特攻機からはちょっと離れるが、WW2で見られた蛮勇のひとつ、急降下爆撃と回避運動の実際を、CaSを使って考えてみた。

 急降下爆撃はWW2で頻繁に使われた航空攻撃だ。爆弾を抱いて目標に向かい、60~70°くらいの急降下をする。数百mの高度で爆弾を投下し、飛行機は低空で引き起こして離脱するという勇ましいものだ。雷撃機ほどではないが、的になりやすく、戦後、ミサイルやスマート爆弾、高性能な水平爆撃照準器が開発されると廃れた。

 私はHarpoon4を手がかりに何年も現代海戦を調べてきたので、その方面にはいくらか心得があるのだが、WW2の海戦については「艦これで入った"にわか"」だ。調べてみると、WW2の兵器は魅力的だが、センサーや電子機器がとにかく原始的で、「なんと野蛮な」と思うことが多い。雷撃も急降下爆撃も、そしてもちろん特攻も、WW2の蛮勇リストに並んでいる。
 なにより信じ難いのは、落ちてきた爆弾を目標艦が急操舵でかわすことだ。そんなことが可能なんだろうか? CaSの図上演習で確かめてみよう。

【図1】
 CaSにおいて船の機動性は「アドバンス」で定義されている。
 左の図は空母ホーネットができる限りの急操舵をしてS字機動したところだ。紙と鉛筆でやるゲームだから、可能な限り簡略化されていて、実際には曲線を描くのだが、単純な折れ線で近似させている。
 面舵(右旋回)いっぱいを指示すると、船はまず300yd進み、そこで45°向きを変える。ルールブックにも念を押してあるが、直進が先で、回転が後だ。この直進距離300ydをアドバンスという。
 速度に関係なくアドバンスは一定だから、速度が小さいとS字の途中で終わってしまう。車や飛行機は速度が大きいと大回りになるが、船は変わらないらしい。(少しは変わるだろうが、CaSで省略される程度にしか変わらない)
 航跡の横に描き込んであるのは同スケールのホーネットだ。艦の全長(266m)より少し長いぐらいのアドバンスになる。サイズクラスAに分類される巨体のわりに小回りが効くものだ。旋回半径は362mで、艦の全長の約1.4倍になる。

 見張りが「敵機来襲!」と叫ぶと、艦長はただちに「最大戦速!」と号令した――こんな場面がよくある。速度は回避運動の重要な要素になる。
 図1の初期状態でホーネットは30ktを出している。機動はロスをともなうので、45°曲がるたびに3kt減速する。180秒(1戦術ターン)の間に3kt増速できるので、最初のコーナーではロスが増速ぶんで埋め合わせられるが、次からは3ktずつ減速している。30秒おきの目盛りを見れば、間隔がどんどん詰まっていくのがわかるだろう。戦術ターンの終わりで、ホーネットの速度は半減して15ktになっている。
 急操舵はリスクをともない、1戦術ターンに5%の確率で舵にクリティカルヒットを受ける。つまり故障する。通常の操舵ではアドバンスが400ydになり、45°おきの速度ロスは2ktになる。状況を見極めながら操舵を加減し、速度を保つよう心がけたのではないだろうか。
 
【図2】
 左の図は Ship Handling というスライドから拾ってきたものだ。同じ概念がよりリアルに描かれている。
 上から見た船は飛行機の主翼断面とみなすことができる。船尾についた舵は飛行機の翼後縁にあるエルロンやフラップと同じ作用をする。右舵を切るとフラップを下げた翼のように揚力が働き、全体がいったん左側に動く(Kick)。

【図3】
 旋回中の船は船首から1/3ぐらいのところを中心に回転する。図3は船の移動分を無視して、回転だけを見たときを示している。前述のスライドから拾ってきた。
 飛行機の翼も前から1/3ぐらいの位置に空力中心があって、そこを重心にするので、同じ作用だとわかるだろう。
 
 特攻機や急降下爆撃機は、この回転中心、Pivot Point を狙う。回転中心は船の向きが変わっても動かないから、それだけ狙いやすい。もちろん、船全体は移動しているから、それを見越して狙う必要はある。

 次に爆撃について考えてみよう。以下はカサブランカ級護衛空母が爆撃を回避する様子だ。
 爆撃機が一機近づいてきた。砲員たちも機影を見て発砲をはじめた。敵機は艦首方向から接近していた。艦橋ではグッドウィン艦長が敵機に目を据え、右腕を上げて爆弾の方向偏差を測っていた。爆弾が投下され、近づいてくるのを彼はじっと見つめ、それからぎりぎりのところで命令を出した。
「おもかーじ一杯!」
 下では操舵員のベルが精一杯の速さで舵輪を回し、空母は右に曲がりはじめた。爆弾はどんどん近くなってくる。ベルはそれがかろうじて左舷艦首をはずれたのを見た。続いて一発、さらにまた一発。艦長はすばらしいタイミングで号令をかけ、三発とも艦には当たらなかった。

      E.P.ホイト著、戸高文夫訳『空母ガムビアベイ』学研M文庫P182
 この描写はちょっとのんびりしていて、緩降下爆撃のように思える。急降下爆撃なら「敵機は真上から~」という描写になるのではないか? カサブランカ級空母はホーネットよりずっと小さく、全長156m、サイズクラスはBになる。そのぶん小回りがきき、急操舵のアドバンスは200ydになる。

【図4】
 左は急降下爆撃機の経路を横から見たものだ。縮尺は図1と同じ。
 斜めの直線は高度1000mから降下角60°で目標に向かっている。その線上にある0~7の数字は、高度1000mを起点とした秒数になる。速度は300kt(555km/h)とした。
 高度600mのところで爆弾が投下される。大気中を落下する爆弾の終端速度(空気抵抗と重力が釣り合って一定になる速度)は、私の見積もりでは200ktぐらいで、飛行機より遅い。(それなら特攻機の爆弾は急降下爆撃が落とした爆弾より高速で、貫通力も大きいんじゃないかと思うのだが、どうなのだろう?)
 今回はおおよその状況がつかめればいいので、この図では、飛行機も爆弾も300ktの等速運動をしたことにしている。『世界の傑作機 No.130 九九式艦上爆撃機』によると、九九艦爆の場合、高度2000m付近から降下開始、降下角は45~70°、降下速度は約230kt、投弾高度は600mとあった。
 投下された爆弾は4~5秒で目標に達する。このわずかな時間に、艦長は回避運動を指示しなければならない。
 急降下爆撃機は急に向きを変えられないだろうから、爆弾を投下する前、高度1000mぐらいから照準点の見当がつくかもしれない。あるいは、どちらでもいいから急操舵するだけかもしれない。
 とりあえず、回避のための猶予時間は5~10秒ぐらいと見積もっておこう。
 図2にあるように、旋回の初めにはキックがある。これと打ち消し合うと、直進と変わらないことにならないだろうか。Twitterで聞いたところでは、あらかじめ当て舵をしておいて、すみやかに旋回できるようにするという。ゆるやかな定常旋回に入ったところで一気に操舵量を増やせば、応答はずっとよくなるかもしれない。

 半径362ydで1/8円を18秒、という値から計算して、5秒おきの位置を作図してみた。この製図板はHarpoonを始めたときに作ったもので、平行分度器は米海軍でWW2~現在まで使われているタイプだ。
 縮尺は1/700で、船体のモデルはホーネットがないのでよく似たサイズの空母サラトガを使った。
「艦船模型を定規にするな!」と叱られそうだが、私はプラモデルをもっぱら形状の確認に使っているので、こういう扱いになってしまう。

 回転中心は喫水線部分の前から1/3とした。サラトガの場合は前部エレベーターのあたりだ。
 斜線の濃いところは開始時~10秒後まで重なっている部分だ。ここを狙えば10秒間の間はどこかに命中する。斜線の淡いところは5秒後まで重なる部分。
 この結果だと開始時に船首を狙っておけば大体OKな感じになる。
 とはいえ、斜線部分は決して広くないので、うまく弾道を見極めて操船すれば、回避できないわけでもなさそうだ。先の引用を信じるなら、護衛空母できわどく回避できる程度だから、正規空母ではもっと難しいだろう。



特攻作戦を図上演習で再現してみた(突入編)

特攻作戦を図上演習で再現してみた(空戦編)のつづき。

 迎撃機との戦闘を生き延びた特攻機は、その直後~30分以内に目標に到達し、散華することになる。ここで待ちかまえている最後のバリアーは米空母機動部隊の対空砲火で、まことに熾烈だったといわれる。現代の海戦ならシースパローの迎撃を生き延びた対艦ミサイルが、主砲やCIWS弾幕にさらされる場面だ。

 今回想定している沖縄戦がどんな陣形だったのか、ぐぐっても見つけられなかった。
 大内建二『防空艦』にマリアナ沖海戦のときの輪形陣が載っていたので、これを参考に、運動盤にプロットしてみた。半径1800ydの円形に14隻の駆逐艦が取り巻いている。中央に空母4隻(うち軽空母2隻)、それらの間にボルチモア重巡3隻、アトランタ級防空軽巡2隻がいる。駆逐艦を除く各艦のシルエットは全体のスケールに合わせてある。衝突が心配なほど密集しているが、回避運動はしていたらしい。艦相互のコミュニケーションが優れていたのだろうか。空母はマリアナ沖では4隻だったが沖縄では3隻になった、という記事もどこかで読んだ。

 おりしも日米空母の特集を組んでいた『NAVY YARD』2015年夏号によると、RP艦(レーダー・ピケット艦)まで含めた防空陣形をビッグ・ブルー・ブランケットと呼ぶとわかった。空母を中心に巡洋艦の内円、駆逐艦の外円、遠方のRP艦、という三重構造をなすことは確かなようだ。個艦の対空装備も死角がない。

 CaSの対空砲火は領域AA(Area Anti-Air)と軽AA(Light Anti-Air)に分類される。AA火力に関する考察は、ルールブックのコラムが面白いので、引用して説明に代えよう。

 コラム 対空砲のモデル

 接近する飛行機に命中させ撃墜するには多くの要因があるが、支配的なのは弾幕の濃さだ。架台、照準、測距方法なども影響するが、目標に向けられる弾の量に較べれば小さい。
 CaSでの対空砲火は抽象化され、統計的に判定される。
 まず、対空兵器は領域AAと軽AAにグループ分けされる。領域AAは時限もしくは近接信管を持ち、艦隊をまとめて防衛する。軽AAは艦のごく近距離に来た航空機しか攻撃できず、相手を破壊するには弾を目標に直接当てなければならない。軽AAは分析によればさらに大型(31mm~65mm)と小型(30mm以下の機関銃)に分類できる。

 艦載の領域AAは一般に軽AAより効果が薄い。それらは数が少なく、発砲レートがとても遅い。射程の長さと破壊力で埋め合わせるほどではなかった。とはいえ、それらは有用だった。時限信管の1発は軽AAの弾の40~50倍の領域をカバーし、さらに射程もぐんと長いからだ。VT信管(レーダー近接信管)が導入されてからは、さらに有用になった。アメリカの5インチ砲にVT信管が導入されると、効果は基本的に2倍になる。さらにレーダー射撃管制とセットにすると、連合軍の対空火力は圧倒的になった。
 ほとんどの単発機は300kt前後で攻撃してくる。これは領域AAの射程内に30秒曝されることを意味する。大型の軽AAも30秒、小型の軽AAはその半分にすぎない。
 我々はこの露出時間のうちに、それぞれの銃砲が何発発射できるかを計算した。目標機が射程内に入ってからそこを出るまでに、妥当な発射数を見積もるという理論である。
 次に我々は限られた情報をもとに一般的な単発のPks(撃墜率)を算出した。発射数と破壊力から各火器の効果が見積もれる。
 すべての銃は、大戦中最も有効な対空兵器だった4連装40mm機銃と比較された。たとえば英国の単装Mk9_4.7インチ45口径は7.1基で4連装40mm機銃1基に等しくなる。これはこの英国の砲が持つ大きな破壊力を考慮してのことである。日本の3連装96式25mm60口径機銃は2.7基、銃身の数にすると8.1本で4連装40mm1基に等しくなる。
 "4連装40mm"を1とした各艦の対空攻撃力は、その艦に搭載されているすべての領域・軽AA火器を合計したものである。AA攻撃力と2D6ロールの交差照合で、3分間の戦術ターンに何機撃墜したかがわかる。このダイス判定が示すのは、そのターンにおける艦全体の対空火力の効率である。
 プレイヤーは資料C4にあるAA攻撃力の欄から、ゲームにないAA火力を算出したり、異なるAAを装備できる。その火器のバレル数を合計してAA攻撃力に掛ければよい。結果は4連装40mm機銃砲台いくつぶんかになる。もし複数種類の領域・軽AA火器があるなら、それぞれの値を出して合計して一個の値にする。


U.S. ボフォース 4連装Mk2 40mm/60

 
 さて、特攻機に対する対空射撃を判定するわけだが、そのためには関与する艦の領域AAおよび軽AAの攻撃力を合計しなければならない。これが実にめんどくさかった。私はめんどくさいことをこつこつ片付けるのが好きな性分だから、苦ではないのだが。
 まず、輪形陣の中から、射撃に参加する艦を選ばなければならない。
 軽AAの有効射程は一律2000ydとされている。この圏内に敵機が入ると軽AAの攻撃ができる。先に示した輪形陣は直径4000yd近くあるから、軽AAでの攻撃に参加できる艦は限定されてくる。輪形陣のプロットで、東北東から空母ホーネットに向かう線が特攻機の飛行経路だが、この線から2000yd以内の艦を軽AAに参加させた。
 「射線の制限」というルールもある。この場合、空母ヨークタウンと防空軽巡オークランドは友軍艦と特攻機が±10°以内に入るので射撃できない。ただし、目標が高度2000~3000mから急降下してくる場合はこの2隻も領域AAのみ使えることにする。
 さらに各砲の射界を考慮しなければならない。サイズクラスB(巡洋艦)以上の艦はAAがおおむね舷側についているので、目標に面した片舷ぶんしか参加できない。その場合、AA攻撃力は半分になる。
 サイズクラスB以上はざっくり半分、というのは簡略化のためのルールで、射界は実物かプラモデルで確認したいところだ。用意がないのでネットから図面を拾ってきて見積もった。
 
左はボルチモア重巡。センターライン上にあるのは主砲ばかりで、二連装の領域AA砲台は前後の2基を除いて左右に振り分けられているのがわかる。ルールどおり、本艦の領域AAは軽AAと同様に半減するとみなした。


左はアトランタ級防空軽巡。主砲に見える砲台は領域AAで、すべてセンターライン上にある。サイズクラスはBだが、本艦については領域AAは射界制限なし、軽AAのみ半減とした。

 結局、防空射撃に参加した艦はフレッチャー級駆逐艦6、アトランタ級防空軽巡2、ボルチモア重巡3、インディペンデンス級軽空母2、エセックス級空母1(目標艦)となった。
 領域AAの合計は15.8(急降下機に対しては先述の2隻を加えるので22.5)、軽AAの合計は73.5となった。
 射程・射界の制限を無視して全艦の合計はというと、領域AAが44.1、軽AAが179.0、合計223.1。4連装40mmボフォース砲台が223基あるのと等価となる。
 この結果は、特攻機の進入経路や、各艦の姿勢変化によって変わってくる。しかし、ある艦が圏外になれば別の艦が圏内に来るだろうし、個々の艦では左舷の射界から外れたら右舷の砲が使われるから、おおむね近い結果になるはずだ。

 参考までに、艦これで絶大な防空戦闘力を持つ秋月型駆逐艦は1944年1月以降のスペックで領域AA1.8、軽AA3.7となっている。後部の射撃指揮装置が撤去されて領域AAは竣工時より下がり、かわりに軽AAが増強されている。
 今回想定した輪形陣の対空攻撃力は秋月40隻ぶんにあたる。これもまた、勝利の方程式といえよう。

 AA攻撃力は状況に応じて各種の補正を加える。今回、関係するのは以下だろう。

 ・目標の速度が151~299ktなら ×0.5。300~659ktなら ×0.25
 ・レーダー射撃管制なら ×1.5 (超低空の目標には使えない)
 ・目標が急降下する、または特攻機なら ×0.5
 ・視程が40%以下なら ×0.5 (レーダー射撃管制の場合は無関係)
 ・VT信管なら ×2.0 (超低空の目標には使えない)

 視程は100%、レーダー射撃管制は領域・軽とも有りとする。
 零戦52型の低高度域(2000m以下)における最高速度は256kt(ktはノット。474km/h)。急降下すればその1.33倍の340kt(630km/h)まで出せる。CaSのルールと資料ではそうなる。
 256ktで突入すればAA火力は1/2、急降下して340ktにすれば1/4になるわけだ。
 海面すれすれを飛べば超低空扱いになるので、VT信管とレーダー射撃管制が使えない。
 特攻機は急降下したのか超低空で突入したのか、という問題だが、史実では両方あったらしい。米軍もその両方に対してオペレーティング・リサーチをおこない、回避パターンを指示している。急降下に対しては艦の側面を向け、超低空に対しては首尾方向を向けると回避率が上がる。飯田耕司『改訂 軍事OR入門』によると、米軍はこのとき有効データを365件も収集していた。戦場でこれだけの情報を集め、分析していたのには舌を巻く。勝利の方程式とは物量だけではない。
 VT信管は領域AAで使われたが、すべてというわけではないようだ。
 特攻機が超低空と急降下の場合、それぞれにVT信管の有無を含めてCaSにお伺いを立ててみよう。結果がパーセントで出るとわかりやすいのだが、AAの結果は1戦術ターン、3分間のうちに撃墜した機数で示される。単機で来ようが100機で来ようが結果は変わらない。
 これには2D6(6面体ダイスを2個振って合計する)のゆらぎを加える。ここではダイスが2、7、12のときの値を示す。2D6の期待値は7で、その付近の確率が高い。両端の2と12は2.8%しかない。

・基本値
 超低空機に対して 領域AA攻撃力 15.8 軽AA攻撃力 73.5
 急降下機に対して 領域AA攻撃力 22.5 軽AA攻撃力 73.5


・急降下アプローチでVT信管なし
 領域AA     軽AA
 補正値 0.1875 補正値 0.1875
 攻撃力 4.2   攻撃力 13.8
 撃墜数 0, 2, 3  撃墜数 1, 5, 8  期待撃墜数 7

・急降下アプローチでVT信管あり
 
領域AA     軽AA
 補正値 0.375 補正値 0.1875
 攻撃力 8.4   攻撃力 13.8
 撃墜数 1, 4, 6 撃墜数 1, 5, 8  期待撃墜数 9

・超低空アプローチ (VT信管は機能せず)
 領域AA     軽AA
 補正値 0.25   
補正値 0.25
 攻撃力 4.0   攻撃力 18.3
 撃墜数 0, 2, 3  撃墜数 2, 6, 9  期待撃墜数 8

 この結果では、特攻機にとって有利なのはVT信管が使われていないときに急降下するパターンだが、日本側にVT信管の有無はわからない。遅延信管とVT信管は混在していたようなので、中間をとって期待撃墜数を8とすると、急降下と超低空は互角になる。
 零戦の操縦性は高速になるほど悪くなるので、急降下は不利かもしれない。だが超低空で海面すれすれを飛び、直前でポップアップして艦橋や飛行甲板に突入する、さながら現代の対艦ミサイルのような機動をするのは、これもかなり難しそうだ。技量の低下していた当時のパイロットに可能だろうか。
 とりあえず、この場面は「3分間に8機前後が対空砲火で撃墜される」としておこう。
 8機で行くと全滅するので、それより多くの特攻機を3分間のうちに送り込まなければならない。これはちょっと難しい気がする。

 次は、対空砲火をくぐり抜けた特攻機が目標に命中するかどうかを判定する。
 前の記事の引用部分にあった通り、サイズクラスA,Bの艦(5501トン以上。軽巡以上)への特攻機の命中率は40%だ。はっきりした記述がないのだが、これは基本値で、さらに補正が加わると解釈できる。この補正は航空攻撃表の欄を上下にシフトする数で示される。上にシフトすれば攻撃側に良い結果となる。今回の場合、関与する補正は以下の通り。

 ・プレスホーム(肉薄攻撃)なら 上へ2
 ・AA値>6.0 なら 下へ3
 ・目標速度=26~35kt なら 下へ3
 ・パイロットの経験レベルが新兵なら 下へ2

 結果、命中率はパイロットが「並」なら26%、「新兵」なら22%となる。目標速度、つまり艦隊の速度が26kt以上なのは速すぎるだろうか? この艦隊の最高速度は最低でも33ktあるので、スペック的には可能なのだが。もし速度が16~25ktなら命中率はそれぞれ2%増える。

 簡単のため、パイロットが並なら4機に1機、新兵なら5機に1機が突入に成功したとしよう。
 対空射撃で失われる8機を加えて12または13機。迎撃機の数が1:1だったとして、逃走成功率(75%/49%)を考慮すると、1機を命中させるためには、パイロットが並なら16機、新兵なら27機を投入しなければならない。(注: 2015/09/14 空戦での消耗率を修整)
 同じ3分間に2機を突入させるなら並21機、新兵38機となる。効率はやや上がるが、損耗もどんどん増える。パイロットの技量が損耗率に大きく響くことも数字に表われている。ルールブックにあったとおり、損耗がさらなる技量低下を招く悪循環となっている。
 この結果はちょっと厳しすぎる気もするが、どうだろうか。史実での特攻の成功率は10~15%とする資料が多い。
 ただ、今回のケースは最も困難な目標――ビッグ・ブルー・ブランケットの中心にいる、ハリネズミのように武装した空母を狙った場合だ。末端のRP艦には戦車揚陸艦が2隻護衛につくだけだから、もっと成功率は上がるだろう。史実でも、正規空母は1隻も沈まなかった(大破まで)が、RP艦は10隻以上沈んでいる。
 また、沖縄戦では連合軍のカミカゼ対策が進んでいたので、成功率は低くなっているかもしれない。
 もちろん、ルールの解釈や計算、戦力の見積もりを誤っている可能性もある。今後史実とつきあわせて検証・調整してみたいところだ。ともかく紙と鉛筆で進めるゲームのいいところは、その判定プロセスがすべて明らかになっていることだ。

 最後に、特攻機が命中した場合のダメージを算定する。
 零戦自体が与えるダメージポイント(DP)は40、250kg爆弾の付与DPは35で、合計75DP。
 目標の空母ホーネット(エセックス級)は625DPを持つ。DPはロールプレイング・ゲームで使うヒットポイントみたいなものだ。船の排水量を元にして、艦種ごとの係数を掛けて算定されている。
 今回の攻撃はつまり、625 - 75 = 550
 ホーネットは550まで削られた。これが0になれば沈没する。沈むまでは5段階で速度が削られるのだが、75DPでは最初の段階にも達せず、空母はそのまま進み続ける。もし目標がフレッチャー級駆逐艦なら、DPは76なので、ただちに速度0、沈没寸前になる。
 次にクリティカル・ヒットを生成する。これは現実でもそうだが、偶然の要素が大きく、あくまでありそうな一例でしかない。
 損害比 75 / (625 - 75) は0.14。損害比表からD6で5なら1回、6なら2回のクリティカル・ヒットが発生する。
 ここでダイスを振るが、以下は誓って正直に結果を書く。
 5だった。
 クリティカル・ヒット表で「Aviation Ship」の欄を選び、D20で種類を決める。
 ダイスは1で、飛行甲板にクリティカル・ヒット。だが、この場合は装甲貫通が成立しないとヒットにならない。
 ホーネットの甲板装甲値は6――厚さ6cmの装甲板に等しいことになる。
 零戦自身の装甲貫通値は2cm。零戦が抱えてきた250kg爆弾の装甲貫通値は12cmだが、特攻の場合、1/3になるので4cm。目標の装甲以上の値がないと貫通できないので、この場合、クリティカル・ヒットは成立しない。装甲貫通力に欠けるところが特攻の弱点という、通説通りの展開になった。
 特攻の場合はさらに火災クリティカル・ヒットが自動的に発生する。
 火災の重大性をD6で決定……4 装甲貫通がなかったので1/2して、2。このクリティカル・ヒットの重大性は2%となった。
 火災を鎮圧するまで、ホーネットの初期DP、625の2%、12DPが戦術ターン(3分間)ごとに削られる。
 ややこしいのだが、さらに「重大性レベル」という基準があって、小/大/深刻/圧倒という4段階に分類する。この場合は10%以下なので「小」にあたる。
 消火作業の判定はダメージを受けてから3戦術ターン、9分後から開始する。
 火災および浸水鎮圧表の「小」の欄でD10する……1
 値が小さいほど良い結果だ。1の欄を見ると-2D6とある。現在の重大性2から-2D6を引く。ダイスを振るまでもなく重大性は0になり、火災は鎮圧された。まとめると、
 某月某日某時、空母ホーネット飛行甲板に零戦1機が突入。損傷は軽微。火災は9分後に鎮圧――これが戦闘結果である。
 特攻機の立場からは、残念、ということになるだろう。特攻隊員は「空母ならエレベーターを狙え」と言われたそうだ。エレベーターが降りたところへ突入すると、格納庫の中の飛行機が誘爆を起こし、大火災に発展する。これは実際に起きたことで、沈没はまぬがれても艦は戦場を離脱し、長期間入渠することになった。ダメージ判定を何度か繰り返せば、そんな結果も出るだろう。
 艦これのプレイヤーなら「要は試行回数だよね」と言いながら帰投した艦を修復し、燃料弾薬を補給して再び戦場に送るだろう。
 だがこの場合、1回のダメージ判定をするに至るには、16人の「並」パイロット、もしくは27人の「新兵」の命を差し出す必要がある。史実に即しているかどうかはともかく、それが今回のシミュレーション結果だ。
 仮定と推定はいくらでも続けられる。パイロットひとりあたり家族や友人が10人いたとすれば、敵主力艦が受ける1回の攻撃ごとに160人か270人が死別の悲痛を味わったことになる。

急降下爆撃と回避運動を図上演習で検討してみた につづく

特攻作戦を図上演習で再現してみた(空戦編)


 戦場で起きることを知るのは難しい。現代戦は機密が多いし、過去の戦争は資料が散逸していたり、混乱していたり、偏向していたりする。
 私は軍事のなかでも海戦に興味があるのだが、文献をこつこつ調べるのには限界を感じている。文献にはたいてい誤りがあり、クロスチェックするのが大変だからだ。そこで、それなりにもっともらしい結果が出る図上演習――に近いゲームシステムを購入して、シミュレーションで確かめることにしている。
 これはコンピューターゲームではなく、紙と鉛筆とダイスを使う、地味で手間のかかるミニチュア・ゲームである。だが、砲熕兵器なら砲身一本の射程や砲弾の破壊力、発砲レートまで考慮したうえで判定する、かなり精密なものだ。
 シミュレーションとは現象のモデル化だから、プラモデルを作るのに通じるものがある。プラモデルは形や色を確かめるのに便利だ。艦船模型があればレーダー覆域や砲の死角もわかる。いっぽうシミュレーション・モデルは現象を確かめるのに都合がいい。さまざまなパラメータを入力して、だいたいもっともらしい結果が出れば、そのモデルは現実に即していると考えられる。確実ではないが、大きくは外さないし、物理的な検証もできる。

 そのゲームシステムだが、現代海戦についてはHarpoon4を使っている。これを使った動画を以下に貼っておこう。動画は三部作になっていて、全部視聴するのに30分ぐらいかかるので、暇なときにでも。


 動画を見ればわかるが、ゲームとは名ばかりで、やはり図上演習に近いものだ。プレイヤーを楽しませ、達成感を与えるような"おもてなし"は一切ない。初代Harpoonは海軍大学で使われていた図上演習を合理化しようとして作られたものだから、まあ当然であろう。

 Harpoon4と同じシステムで、WW2の海戦を扱ったのが Command at Sea 4th edition (以下CaS)だ。CaSの制作にも元米海軍の作戦将校や艦長経験者が携わっており、他国の軍隊も詳細にリサーチしている。日本海軍の資料には私の好きな給糧艦「間宮」や工作艦「明石」まで載っていて嬉しくなる。
 CaSは艦これを始めたときに購入して、ときどき必要なところを訳してはプレイしている。雷 vs 鳥海で砲撃演習してみると、駆逐艦重巡を撃破するのは、艦これほど容易ではないことがわかった。駆逐艦の主砲で重巡に必要なダメージを与えるのに20分ほどかかるが、重巡駆逐艦を3分で轟沈させられる。射程も駆逐艦のほうが短いので、夜戦で忍び寄って先手を取るしかなさそうだ。艦これでも駆逐艦は夜戦で活躍するようにデザインされていて、当時の海戦の雰囲気はよく出ていると思う。ただしCaSでは、夜戦だからといってカットイン攻撃を繰り出したりはしない。

 さて、今年の終戦記念日は70周年ということで、テレビでもニコニコでも多くの特番が組まれた。そこでたびたび取り上げられた「特攻」について、CaSで調べてみることにした。
 CaSでは特攻機や特攻艇について特別なルールがある。特攻機ルールの訳を以下に引用する。誤訳があっても容赦していただきたい。
 冒頭で特攻について辛辣な見解が述べられているが、それで不機嫌になるような人はここで引き返していただきたい。私は単に特攻作戦が具体的にどういう戦いだったか、その相場観をつかみたいだけだ。

7.4.11 カミカゼ攻撃

 WW2における最も悪名高い航空攻撃はカミカゼ攻撃である。1944年後半、アメリカの航空戦力は量・質ともに完全に日本を凌駕していた。通常の日本機による攻撃が成功することは稀で、最も献身的なパイロットさえ徒労感を抱いていた。
 日本人がこれを乗り切るには、戦術を劇的に変えるほかないことは明らかだった。日本人はカミカゼが無駄と知っていたが、他の攻撃手段が残ってなかった。彼らにとって他の選択肢は、自らの航空戦力の無力とその論理的帰結である敗北を認めることだった。
 カミカゼは日本人に特有の戦術だ。ドイツ空軍でも"自殺"パイロットの飛行隊が組織されたが、アドルフ・ヒトラーでさえそのコンセプトを受け入れがたいとしている。
 これは絶望的な戦術だ。航空機とパイロットは高価で時間のかかる産物である。片道ミッションによってそれらを意図的に使い捨てる価値があるのは、きわめて大きな成果が得られるときだけだ。あの場合、一機あたり一隻が沈められたとしても十分な必要性はなかった。
 太平洋戦争後期の未熟な日本人パイロットでは連合軍に歯が立たなかった。連合軍の訓練システムが良かっただけでなく、そのパイロットたちは勝って生き残り、ベテランになった。マリアナ以降の平均的な日本人パイロットは未熟だった。カミカゼ用の訓練を受けた多くのパイロットは訓練時間を短縮されたので、経験レベルは新兵(Recruit)である。

 手順: 1944年10月1日より、日本人プレイヤーは割り当てられた機をカミカゼに任命し始める。これらの機は通常どおりの装備を持ち、移動、機動、ドッグファイトも通常どおりだが、水上艦への攻撃においては特別ルールがある。
 カミカゼはどのような降下角・高度からアプローチしてもよい。最後の降下は目標から8000ydの地点で始まる。カミカゼ機を撃ち落とすのは難しく、領域および軽AA(対空火器)の戦力は半分になる。カミカゼ攻撃はプレスホーム攻撃(肉薄攻撃)とみなされ、対空射撃が命中した機は目標到達前に除かれる。
 カミカゼ機が目標に到達したら、攻撃側プレイヤーは移動フェイズの終わりにD100ロールする。サイズクラスAおよびBの船は40%の命中率、C以下の船には30%の命中率になる。
 カミカゼ機が搭載している爆弾、ロケット、魚雷は自動的に命中し、通常のダメージを生む。装甲貫通力は1/3に減衰する。飛行機は自由落下する爆弾やロケットの速度を作れないからだ。
 航空機自体がもたらすダメージポイントは、その機のダメージ値の4倍とみなす。たとえば、ダメージ値6の戦闘機が船に命中すると、そのダメージポイントは24となる。飛行機が貫通できる装甲値は2 (2cm)。最後に、飛行機とその搭載兵器の爆発によるダメージポイントから生成されるクリティカル・ヒットに加えて、燃料による火災クリティカルヒットが発生し、その重大性ロールでは2を引く。

 このルールを使って、沖縄戦の頃の特攻作戦をシミュレートしてみた。ただし、実際よりずっと簡略化した、模式的なシナリオになる。
 鹿児島を飛び立った零戦52型が
 (1) F6F-3ヘルキャット戦闘機の迎撃
 (2) 米空母機動部隊の対空砲火
 をかいくぐり、CV-12空母ホーネットに体当たりするまでを再現する。

 沖縄戦(アイスバーグ作戦、菊水作戦)で連合軍は、特攻対策としてレーダーピケット艦(以下RP艦)を広く展開していた。シナリオ集『Steel Typhoon』の図(左)のR.P.1~15がそれだ。
 RP艦は特攻機を遠方からレーダーで捉えて艦隊に通報する。装備されている対空レーダーはSC-2で、送信周波数は200MHz前後、アンテナは八木-宇田アンテナを束ねたもの。なんだか私でも自作できそうなスペックだが、送信出力は20kWあるから、アマチュアにはちょっと手を出しにくい。中高度の戦闘機サイズの物体なら探知半径は40nm(74km)になる。

 先の図にRP艦の探知範囲を描き込んでみると、十分すぎるほど重なり合っているのがわかる。RP艦のどれかが攻撃されたり、レーダーが故障したり、操作を間違えていても、他の艦がカバーしてくれる。これが米帝、勝利の方程式というやつだろうか。
 RP艦の通報を受けた艦隊は迎撃機を差し向ける。

 迎撃機はF4UコルセアかF6Fヘルキャットが定番で、ここでは後者にした。戦時中、学徒動員で高射砲弾の信管を作っていた父が、WW2の米軍戦闘機を一律「グラマン」「熊ん蜂」と呼んでいたのを思い出したからだ。
 特攻機1機あたり何機の迎撃があったのかは、よくわからない。『Steel Typhoon』にアイスバーグ作戦のシナリオはいくつかあるが、今回の目的にぴったり合うものがない。ただ、連合軍側特別ルールとして「CAP(戦闘空中哨戒)機は15分ごとに20%の確率で1~3機増強される」とある。増強機は護衛空母海兵隊の陣地から飛来する。この潤沢な補給は、やはり勝利の方程式といえようか。
 迎撃機の数はとりあえず未知数として、シミュレート結果から考察することにしよう。
 CaSにおける航空機のドッグファイトで、勝敗を決める要素は以下の4つだ。

 (1) 機動レーティング (maneuverability rating 機動性・操縦性の評価値。零戦ヘルキャットはともに3.5で互角)
 (2) 最高速度 (高度帯ごとに設定がある。ヘルキャットのほうがやや速い)
 (3) 搭載火器の破壊力 (ヘルキャットのほうが強い)
 (4) パイロットの経験レベル (5段階あり、1が「新兵」、3が「並」)

 CaSのドッグファイトは抽象化されていて、飛行経路をプロットしたりはしない。諸条件を加味してダイス決定するだけだ。結果はパーセントで示され、D100(10面体ダイスを2回振って1~100までの乱数を作る)して判定する。
 零戦ヘルキャットは飛行機としては互角だが、武装と耐久力に差がある。相手の弾が命中したとき、零戦のほうが墜落しやすい。ヘルキャットは撃たれても墜ちにくい。
 零戦特攻機に使う場合、250kg爆弾を抱えることが多かった。このときの機動レーティングは3.5→2.5に下がる。
 パイロットの経験レベルは、米軍は「並」、日本軍は「並」「新兵」で判定した。菊水作戦でも後期ほど質が落ちたようだ。
 ドッグファイトでは各ラウンドで機動レーティングの大きいほうが先に動く。それが互角なら、最高速度の大きいほうが先になる。すべて互角のときはコイントスで決めるが、この場合は常にヘルキャットが先手だ。
 以下に1ラウンド(1分間)あたりの攻撃成功率を示す。

(設定1) 爆装なしの零戦 vs ヘルキャットパイロットは両方「並」
 ヘルキャット×零戦 12%
 零戦×ヘルキャット 8%
 (ご存知だろうが、× の左が攻め、右が受けである)

(設定2) 爆装した零戦 vs ヘルキャットパイロットは両方「並」
 ヘルキャット×零戦 16%
 零戦×ヘルキャット 5%

 零戦は艦船の破壊が任務だから、ヘルキャットとの戦いを避けて、逃走に専念したかもしれない。その場合は逃走側に有利な補正が加わる。

(設定3) 爆装した零戦ヘルキャットから逃げる。パイロットは両方「並」
 ヘルキャット×零戦 14%
 零
戦 (逃走) ヘルキャット 50%

(設定4) 爆装した零戦ヘルキャットから逃げる。零戦パイロットは
「新兵
 ヘルキャット×零戦 23%
 零戦 (逃走) ヘルキャット 30%

 双方が攻撃に失敗したり、零戦が逃走に失敗した場合は次のラウンドで同様の戦闘が繰り返される。3分ごとにドッグファイトの3終了判定があり、9分後には自動的に終了する。ドッグファイトは長時間続かない。
 この結果からは、設定3、4がありそうだと思う。あるいは、特攻機に随伴した護衛機が迎撃機の相手をしたかもしれない。菊水作戦では通常の作戦機も特攻機と平行して活動していたようだが、細かい状況は知らない。
(注: 2015/09/14 空戦の判定にミスがあったので、以下に修整・加筆する)
 特攻機側には設定3、4が有利なので、これを採用しよう。同数の迎撃機から生き延びる特攻機は、6ラウンドまで戦った場合、パイロットが「並」なら75%、「新兵」なら49%である。

 今回の設定だと特攻機は7割~半分が逃走できるので、悪くない気がする。だがこれは1対1の場合だ。
 写真左のようにヘルキャット5機vs零戦2機の場合、写真右の順番で攻撃を判定する。撃墜判定が出ると、ユニットはただちに除去される。後手にまわると反撃もできないまま墜落することもあるが、これは実際の空戦でもそうだろう。なお今回は墜落するかしないかの二値状態で判定したが、オプションルールで損傷しながら戦い続ける判定もできる。また、参加機が多い場合はまとめてざっくり判定するルールもある。
 迎撃機を減らすために、囮の機を仕向けたこともあったらしい。総じて言えることは、特攻するにしても小出しにせずに、多数で向かったほうが有利ということだ。

 実際には迎撃機とのドッグファイトは複数回あったり、起きなかった場合もあったかもしれない。CaSのルールでは、高度30m以下の超低空飛行をすればレーダー探知を回避できる。しかし、目標まで100nm(海里 1nm=1.852km)ほどになるレーダー覆域を超低空飛行するのは大変だろう。零戦の巡航速度で100nmを飛ぶのに50分くらいかかる。ルール上、超低空飛行をする機は3分おきに1%の確率で墜落判定をしなければならない。50分だと16回判定するから15%(訂正。コメントNo.1参照)が墜落してしまう。
 迎撃機が特攻機を撃ちもらせば、その報告を受けて第二波が差し向けられたかもしれない。
 目標の空母上空では対空砲火が猛烈なので、迎撃機はフレンドリー・ファイアを避けるため近づかなかったと思う。

 ともかく、何機かが迎撃を生き延びたとして、次は空母機動部隊の輪形陣に突入することになる。「突入編」として記事を改めることにしよう。
 私は太平洋戦争の史実に疎いので、疑問や間違いの指摘、助言があればコメントしていただけると嬉しい。ただし、どちらかの軍に感情的に肩入れしている人や、過剰に反戦的、好戦的な人は遠慮していただきたい。私は特攻作戦の実際と、CaSの戦闘モデルが事実に即しているかどうかにしか興味がないので。
(特攻作戦を図上演習で再現してみた(突入編)につづく)


『コンテンツの秘密 ぼくがジブリで考えたこと』を読んで


 著者の川上量生さんは私の恩人で、はやぶさ帰還取材の企画を採用してくれたり、『南極点のピアピア動画』の解説や二次創作小説を書いてくれたりしている。なれなれしく友達面はできないが、年に一度くらいは会食したりもするので、ここではさん付けで呼ぶことにする。
 角川と合併したりしてすっかり時代の寵児になってしまったが、私の中の川上さん像は、ニコニコ動画がまだ赤字で危なっかしかった頃から変わっていない。
 ひとくちで言うと「よくわからない人」である。

 川上さんはよく、私たちの夢を打ち砕くようなことを言う。「UGCはダメ」「bitcoinはダメ」と、身も蓋もなく断じる。それもみんながもてはやしている最中に言うので、むっとするのだが、時間が経つと「川上さんの言った通りかなあ…?」と思い始めることが多い。
 文系インテリは簡単なことを難しく言う人が多くて、それはそれで高級な遊びだと思うのだが、役に立たない。川上さんは理系の人で、難しいことをわかりやすく説明するのがうまい。にもかかわらず、初めて聞いたときは常識外れでわかりにくく、反発を抱くだけになったりする。あるいは、川上さんの言及する事柄そのものがわかりにくいのかもしれない。

 その川上さんは、ジブリ作品の成り立ちがわかりにくかったのだろうか。この本を読むと、それを一生懸命理解しようとしているのがわかる。というより、知りたくて仕方がないので飛び込んでいったのだろう。憎たらしい人だが、あれで川上さんはジブリアニメを愛するピュアな心根の持ち主である。
 宮崎アニメを心の糧にしてきた人なら誰でも、制作現場を訪ねてスタッフに創作の秘訣を聞くことを夢見るだろう。川上さんは、あろうことかジブリの中の人になってしまった。うらやましくて歯ぎしりするが、幸いなことに、それを本にしてシェアしてくれた。
 本書はその体験と考察をまとめた、おそらく川上さん渾身の一冊である。
 本書は以下の4章からなっている。

 第1章 コンテンツの情報量とはなにか?
 第2章 クリエイターはなにをアウトプットしているのか?
 第3章 コンテンツのパターンとはなにか?
 第4章 オリジナリティとはなにか?

 この章立てだけでもITエンジニアっぽさが如実に現れていて、苦笑してしまう。ニコニコ動画なら、この目次の下に

 ジブリアニメの話をしています/

 というコメントがつきそうだ。
 各章にはさらに細かい見出しがあって、およそ目次を読んだだけで思考の流れがわかる。アウトライン・プロセッサを使ったような感じだ。
 私は元プログラマーなので、こういうアプローチは理解できるつもりだ。ソフトウェア技術者は問題を分析し、整理し、解決を実装するのが仕事だ。同じことが繰り返されているならデータを配列にして反復処理するし、データの長さがまちまちならインデックスを組む

 私はクリエイターの端くれでもあるので、ジブリの制作プロセスも、およそ見当がつくつもりだ。もちろん畑違いだから、具体的には知らないことだらけだが、頭の中にあるもやもやしたものを定着させるのに呻吟する点では身に覚えがある。
 これを分析する手法として、川上さんは認知科学の知見を使っている。作品は情報の塊で、その情報が脳でいかに処理されるかを念頭に置きながら、川上さんはクリエイターの話を咀嚼し、一般化していく。
 一般化は重要な作業で、これができれば既存のツールで処理できるようになる。ただし現時点ではツールや処理に具体性はない。
 KADOKAWA・DWANGO代表取締役会長である川上さんが何かを目論んでいるのか、あるいは性分として一般化せずにいられないのかは、本書には記述されていない。真相はたぶんイチゼロではなく、少し重なり合っていると思う。

 川上さんが指摘しているように、クリエイターはその字面ほどクリエイティブではなく、過去にあったものを組み合わせて新奇性のあるものを作る。Googleページランク処理と、それほどかけ離れた処理ではなさそうだ。
 物語の結末までの道のりはシミュレーションそのものだ。小説家がよく言う「キャラを転がしているうちに話ができあがる」というのも「転がす」がシミュレーションを指している。
 人物の特徴を抽出してデフォルメすると、写真より本人らしく見えること。
 客観的情報量と主観的情報量は区別されること。
 わかりやすさが感動を呼ぶこと。
 この本で説かれている創作の秘訣はどれも正鵠を射ていると思う。
 ある種の蝶は、雄の羽根をかざすと、雌の蝶を誘引できる。ここでひと工夫して、その羽根の模様と同じ色のテープを紙に貼ったものをかざすと、本来の羽根とはかけ離れているにもかかわらず、さらに強い誘引効果が得られることがある。これを超正常刺激という。
 二次元美少女キャラクターの巨大な目や、紐一本で持ち上がる巨乳も超正常刺激の一種だろう。強い印象を与える表現には超正常刺激が多用されるが、脳の情報処理のしくみにフィットしているからにちがいない。
 このほか、錯視の研究も視覚情報処理に示唆を与える。宮崎アニメにおける本物以上に本物っぽい嘘の動きは、錯視研究からも分析できるのではないだろうか。
 かように作品がもたらす感動や快感はかなり機械的で、エンジニアリングの対象となりうるものだ。

 この本でいう「コンテンツ」とは、創作的な作品をさしている。私はWikipediaの各項目もコンテンツだと思うのだが、それより狭い意味で使われている。タイトルに示される通り、ジブリ作品を一般化したような語感だ。
 私はコンテンツという言葉があまり好きではない。作品は味わって心の糧にするものだが、コンテンツは量産され消費するもの、という語感がある。
 川上さんはこの本で、あるひとつの作品を作る方法ではなく、多数の作品が浮かんでは消える生態系の中における作品制作を模索しているように見える。少なくともそれを建前に、ジブリに通っていたはずだ。それは建前だけではないだろう。
 ニコニコ動画には日々、万単位の作品が集まり、消費され、飽きられてゆく。視聴者はコンテンツに飽食していて、それがひとつの問題になっている。動画が供給過剰になると、視聴者のコメントも荒っぽくなる。丹精込めて作った果実を、ひとくち囓って投げ捨てるような扱いだ。
 にもかかわらず、ユーザーも運営も、何か面白いものを作って視聴者の耳目を集めようとするのを止められない。
 ドワンゴ伊予柑さんはいつも貪欲に面白いものを探していて、「わぁ、これすごく面白ーい!」と言いふらしながら飛びついて、一週間とたたずに別のものに飛びついていく。
 ニコニコ学会βの発表会では、研究者が何年もかけて蓄えてきたことを数分で吐き出させて「わあ面白い、これも面白い、こっちもこっちも!」と貪っている感じがある。
 伊予柑さんの活動もニコニコ学会βの発表も大変面白いのだが、ときどきふと、面白いものを摂取し続けないと死ぬ病気にでも罹っているのか、と思うことがある。
 他者と自身の「飽き」におびえ、それを避けがたいものと諦観しながら、なお走り続ける悲しいマラソン――それがコンテンツ制作なのだろうか。
 私について言えば、これほど貪欲ではないかわり、何かに熱中すれば1~2年は持続するし、日々面白く暮らしている。7年経っても初音ミクは私の嫁だ。だからもっとゆっくりでいいのでは、と思うのだが。



 ジブリ作品は1000万人を動員するにもかかわらず、長持ちするコンテンツだ、と川上さんは繰り返し述べている。ここに問題を打開する糸口があるのだろうか。
 長持ちする、飽きられないコンテンツの秘訣を解明して、それを一般化する。
 一般化ができれば、ツールもできる。
 次の週には1万人のクリエイターがジブリ式のコンテンツを投稿する。
 …我々はどこに向かっているのだろう?

 まあ、誰もがジブリ作品と同等のものを作れるようになるのは、しばらく先のことだ。そうなったとしても、VOCALOIDMMDがそうであるように、ロングテールのすみっこに、1%かそこらは、必ず類型から離れた素晴らしいものが生まれるだろう。
 ランキングさえ気にしなければ、ニコニコも小説家になろうも、快適な居場所がみつかる。背伸びせずに作品を投稿し、自分に合った作品をゆっくり噛みしめ、吸収していきたいものだ。