野尻抱介blog

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急降下爆撃と回避運動を図上演習で検討してみた

特攻作戦を図上演習で再現してみた(空戦編)
特攻作戦を図上演習で再現してみた(突入編)
の続き。

 特攻機からはちょっと離れるが、WW2で見られた蛮勇のひとつ、急降下爆撃と回避運動の実際を、CaSを使って考えてみた。

 急降下爆撃はWW2で頻繁に使われた航空攻撃だ。爆弾を抱いて目標に向かい、60~70°くらいの急降下をする。数百mの高度で爆弾を投下し、飛行機は低空で引き起こして離脱するという勇ましいものだ。雷撃機ほどではないが、的になりやすく、戦後、ミサイルやスマート爆弾、高性能な水平爆撃照準器が開発されると廃れた。

 私はHarpoon4を手がかりに何年も現代海戦を調べてきたので、その方面にはいくらか心得があるのだが、WW2の海戦については「艦これで入った"にわか"」だ。調べてみると、WW2の兵器は魅力的だが、センサーや電子機器がとにかく原始的で、「なんと野蛮な」と思うことが多い。雷撃も急降下爆撃も、そしてもちろん特攻も、WW2の蛮勇リストに並んでいる。
 なにより信じ難いのは、落ちてきた爆弾を目標艦が急操舵でかわすことだ。そんなことが可能なんだろうか? CaSの図上演習で確かめてみよう。

【図1】
 CaSにおいて船の機動性は「アドバンス」で定義されている。
 左の図は空母ホーネットができる限りの急操舵をしてS字機動したところだ。紙と鉛筆でやるゲームだから、可能な限り簡略化されていて、実際には曲線を描くのだが、単純な折れ線で近似させている。
 面舵(右旋回)いっぱいを指示すると、船はまず300yd進み、そこで45°向きを変える。ルールブックにも念を押してあるが、直進が先で、回転が後だ。この直進距離300ydをアドバンスという。
 速度に関係なくアドバンスは一定だから、速度が小さいとS字の途中で終わってしまう。車や飛行機は速度が大きいと大回りになるが、船は変わらないらしい。(少しは変わるだろうが、CaSで省略される程度にしか変わらない)
 航跡の横に描き込んであるのは同スケールのホーネットだ。艦の全長(266m)より少し長いぐらいのアドバンスになる。サイズクラスAに分類される巨体のわりに小回りが効くものだ。旋回半径は362mで、艦の全長の約1.4倍になる。

 見張りが「敵機来襲!」と叫ぶと、艦長はただちに「最大戦速!」と号令した――こんな場面がよくある。速度は回避運動の重要な要素になる。
 図1の初期状態でホーネットは30ktを出している。機動はロスをともなうので、45°曲がるたびに3kt減速する。180秒(1戦術ターン)の間に3kt増速できるので、最初のコーナーではロスが増速ぶんで埋め合わせられるが、次からは3ktずつ減速している。30秒おきの目盛りを見れば、間隔がどんどん詰まっていくのがわかるだろう。戦術ターンの終わりで、ホーネットの速度は半減して15ktになっている。
 急操舵はリスクをともない、1戦術ターンに5%の確率で舵にクリティカルヒットを受ける。つまり故障する。通常の操舵ではアドバンスが400ydになり、45°おきの速度ロスは2ktになる。状況を見極めながら操舵を加減し、速度を保つよう心がけたのではないだろうか。
 
【図2】
 左の図は Ship Handling というスライドから拾ってきたものだ。同じ概念がよりリアルに描かれている。
 上から見た船は飛行機の主翼断面とみなすことができる。船尾についた舵は飛行機の翼後縁にあるエルロンやフラップと同じ作用をする。右舵を切るとフラップを下げた翼のように揚力が働き、全体がいったん左側に動く(Kick)。

【図3】
 旋回中の船は船首から1/3ぐらいのところを中心に回転する。図3は船の移動分を無視して、回転だけを見たときを示している。前述のスライドから拾ってきた。
 飛行機の翼も前から1/3ぐらいの位置に空力中心があって、そこを重心にするので、同じ作用だとわかるだろう。
 
 特攻機や急降下爆撃機は、この回転中心、Pivot Point を狙う。回転中心は船の向きが変わっても動かないから、それだけ狙いやすい。もちろん、船全体は移動しているから、それを見越して狙う必要はある。

 次に爆撃について考えてみよう。以下はカサブランカ級護衛空母が爆撃を回避する様子だ。
 爆撃機が一機近づいてきた。砲員たちも機影を見て発砲をはじめた。敵機は艦首方向から接近していた。艦橋ではグッドウィン艦長が敵機に目を据え、右腕を上げて爆弾の方向偏差を測っていた。爆弾が投下され、近づいてくるのを彼はじっと見つめ、それからぎりぎりのところで命令を出した。
「おもかーじ一杯!」
 下では操舵員のベルが精一杯の速さで舵輪を回し、空母は右に曲がりはじめた。爆弾はどんどん近くなってくる。ベルはそれがかろうじて左舷艦首をはずれたのを見た。続いて一発、さらにまた一発。艦長はすばらしいタイミングで号令をかけ、三発とも艦には当たらなかった。

      E.P.ホイト著、戸高文夫訳『空母ガムビアベイ』学研M文庫P182
 この描写はちょっとのんびりしていて、緩降下爆撃のように思える。急降下爆撃なら「敵機は真上から~」という描写になるのではないか? カサブランカ級空母はホーネットよりずっと小さく、全長156m、サイズクラスはBになる。そのぶん小回りがきき、急操舵のアドバンスは200ydになる。

【図4】
 左は急降下爆撃機の経路を横から見たものだ。縮尺は図1と同じ。
 斜めの直線は高度1000mから降下角60°で目標に向かっている。その線上にある0~7の数字は、高度1000mを起点とした秒数になる。速度は300kt(555km/h)とした。
 高度600mのところで爆弾が投下される。大気中を落下する爆弾の終端速度(空気抵抗と重力が釣り合って一定になる速度)は、私の見積もりでは200ktぐらいで、飛行機より遅い。(それなら特攻機の爆弾は急降下爆撃が落とした爆弾より高速で、貫通力も大きいんじゃないかと思うのだが、どうなのだろう?)
 今回はおおよその状況がつかめればいいので、この図では、飛行機も爆弾も300ktの等速運動をしたことにしている。『世界の傑作機 No.130 九九式艦上爆撃機』によると、九九艦爆の場合、高度2000m付近から降下開始、降下角は45~70°、降下速度は約230kt、投弾高度は600mとあった。
 投下された爆弾は4~5秒で目標に達する。このわずかな時間に、艦長は回避運動を指示しなければならない。
 急降下爆撃機は急に向きを変えられないだろうから、爆弾を投下する前、高度1000mぐらいから照準点の見当がつくかもしれない。あるいは、どちらでもいいから急操舵するだけかもしれない。
 とりあえず、回避のための猶予時間は5~10秒ぐらいと見積もっておこう。
 図2にあるように、旋回の初めにはキックがある。これと打ち消し合うと、直進と変わらないことにならないだろうか。Twitterで聞いたところでは、あらかじめ当て舵をしておいて、すみやかに旋回できるようにするという。ゆるやかな定常旋回に入ったところで一気に操舵量を増やせば、応答はずっとよくなるかもしれない。

 半径362ydで1/8円を18秒、という値から計算して、5秒おきの位置を作図してみた。この製図板はHarpoonを始めたときに作ったもので、平行分度器は米海軍でWW2~現在まで使われているタイプだ。
 縮尺は1/700で、船体のモデルはホーネットがないのでよく似たサイズの空母サラトガを使った。
「艦船模型を定規にするな!」と叱られそうだが、私はプラモデルをもっぱら形状の確認に使っているので、こういう扱いになってしまう。

 回転中心は喫水線部分の前から1/3とした。サラトガの場合は前部エレベーターのあたりだ。
 斜線の濃いところは開始時~10秒後まで重なっている部分だ。ここを狙えば10秒間の間はどこかに命中する。斜線の淡いところは5秒後まで重なる部分。
 この結果だと開始時に船首を狙っておけば大体OKな感じになる。
 とはいえ、斜線部分は決して広くないので、うまく弾道を見極めて操船すれば、回避できないわけでもなさそうだ。先の引用を信じるなら、護衛空母できわどく回避できる程度だから、正規空母ではもっと難しいだろう。