野尻抱介blog

尻Pこと野尻抱介のblogです

はやぶさ2、もう一押し

 「はやぶさ現象」が国民的な拡がりになって、はやぶさ2プロジェクトも一転追い風になったようだが、まだ安心はできないらしい。吉川リーダーからパブリックコメントのお願いが届いた: 松浦晋也のL/Dによれば、関係者はさらなる民意の結集を呼び掛けている。安心どころか、なりふり構っていられない様子だ。こちらにも転載しておく。

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はやぶさ2」のパブリックコメントについての対応のお願い

すでにご承知のことかと思いますが、「元気な日本復活特別枠」要望についてのパブリックコメントの募集が始まっています。「はやぶさ2」もこの特別枠で提案されていますので、このパブリックコメントが非常に重要です。
 是非、いろいろな立場の多くの方からご支援のコメントをいただきたいと思います。このご連絡を差し上げている皆さんには、是非、「はやぶさ2」を支援していただくコメントを書いていただきたいですし、ご家族の方、お知り合いの方にもご連絡いただけますと幸いです。
 「はやぶさ2」としては最後のチャンスとなりますので、よろしくお願いいたします。

吉川 真(JAXA はやぶさプリプロジェクトチームリーダー)

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パブリックコメントについて情報

 ■トップページ:http://seisakucontest.kantei.go.jp/

 ■はやぶさ2に関連するページ

  ・トップページからの移動の仕方
    分野別:新成長戦略(デフレ脱却・経済成長)
      ↓
    担当府省:文部科学省
    事業名:1908 我が国の強み・特色を活かした日本発「人材・技術」の世界展開
     http://seisakucontest.kantei.go.jp/project/detail.php?t=1908 ←直接のURL

  ・我が国の宇宙技術の世界展開(資料)
   http://www.mext.go.jp/component/b_menu/other/__icsFiles/afieldfile/2010/09/22/1297943_01.pdf

  ・JAXAのWebから:http://www.jaxa.jp/info_public_j.html

 ■応募の締めきり:2010年10月19日(火)17時まで

   Webから意見を表明するには、まずユーザー登録が必要です。
    https://seisakucontest.kantei.go.jp/login/user.php

 ■応募の仕方

  ・Web上のフォームから:
     http://seisakucontest.kantei.go.jp/project/detail.php?t=1908

  ・FAX、郵送の場合:
    用紙(http://seisakucontest.kantei.go.jp/pdf/fax_form.pdf)に書き込む
    送り先:
     FAX : 03-3592-2301 内閣官房副長官補室(政策コンテスト担当)あて
     郵便:〒100-8968 東京都千代田区永田町1?6?1
              内閣官房副長官補室(政策コンテスト担当)あて
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また、本件はJAXA公式サイトでも呼び掛けている>「元気な日本復活特別枠」要望に関するパブリックコメント 〜政策コンテスト〜 予算編成にあなたの声を!


小惑星探査機 はやぶさの大冒険

小惑星探査機 はやぶさの大冒険

はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)

はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)

青島文化教材社 1/32 スペースクラフトシリーズ No.1 小惑星探査機 はやぶさ プラモデル

青島文化教材社 1/32 スペースクラフトシリーズ No.1 小惑星探査機 はやぶさ プラモデル

小惑星探査機「はやぶさ」の奇跡

小惑星探査機「はやぶさ」の奇跡

ミニチュア海戦ゲーム『ハープーン』の紹介

 SF作家のくせに軍事に疎いので、この夏、それを克服しようと思った。特に現代海戦には前から興味があったので、そこを集中的に攻めることにした。とはいえ、ただ本を読むだけでは知識は身につかない。咀嚼するには「動かして遊ぶ」ことが不可欠だ。
 そこでGDWのミニチュア海戦ゲーム『ハープーン』をヤフオクで入手した。1980年代に出版され、いまは絶版になっているが、トム・クランシーが『レッドオクトーバーを追え』を書くきっかけになったり海軍大学の教材になったという由緒あるゲームである。最初に強調しておくが、これはコンピューター・ゲームではない。

 実際にプレイしてみて、このゲームの高度なシミュレーション性に舌を巻いた。二つの兵器を何度か戦わせてみると、その兵器の長所や短所、とるべき戦術が自然に浮かび上がってくるのだ。
 アメリカのスタージョン級原潜とソビエトのヴィクターIII級原潜で一騎打ちしたときは「これでは埒が明かない、もっと足の速い潜水艦が必要だ」と(アメリカ視点で)思い知った。それは史実も同じで、米海軍はソビエト原潜の高速性能に驚いて、対抗するためにロサンゼルス級を開発している。




 写真は左から日本語版、GDWの本国版、Clash of Armsの『Harpoon4』である。当初は日本語版だけを使っていたのだが、翻訳にあちこち疑問がでてきたので本国版も入手した。本国版はebayで容易に購入できる。検索するなら「GDW Harpoon」「Larry Bond Harpoon」をキーワードにするとよい。本国版と照合することで多くの疑問が解決したから、両方もしくは本国版のみを揃えるのがいいと思う。さらに最新版の『Harpoon4』も入手してみたが、まだプレイには至っていない。拾い読みしたところでは、不足を感じていたソナー探知修正項目が改善されているようだ。

追記:クロノノーツ ゲームのサイトに『Harpoon4』のルールブック和訳がUPされており、自由にダウンロードできる。トップ→和訳アーカイブ→「Harpoon 4 メインルール編」にDOCファイルがある。
 また、トップ→Clash of Arms で現れる取り扱い商品リストに『Harpoon4』本体があるので、ここで購入できるようだ。




 左の写真は古典的なミニチュア海戦ゲームのプレイ風景だ。ゲームといえばコンピューターで実行するものがデフォルトになりつつあるが、『ハープーン』は紙と鉛筆とサイコロでプレイする。PC版もあるが、判定がブラックボックスになるので勉強にならない。
 ミニチュアゲームは1980年代に流行ったウォーゲームに似ているが、六角格子になったヘクスマップは使わない。大きな紙のうえに艦船のミニチュアを並べ、定規や分度器で作図しながらプレイを進める。軍隊で行われている図上演習、兵棋演習に近いスタイルだ。推奨されている縮尺はマップが1:36000、ミニチュアが1:2400〜3000である。少なくとも半径30海里ぐらいをカバーしなければならないので、ミニチュアとマップの縮尺を揃えることは難しい。
 畳一枚ぶんのマップを描くのは大変なので、当初はJW-CADを使っていた。だが、それも面倒なのでRuby/tkでプログラムして専用の作図アプリを作った。扱う艦の針路と速度を簡単なスクリプトで記述して読み込ませると、モニターに図示してくれるというものだ。画面は1970〜80年代のCICで使われていたような、ベクタースキャン・ディスプレイ風のデザインにした。

 ゲームはどのように進行するのだろうか。コンピューター・ゲームではリアルタイムで進行するものが多くなったが、紙とサイコロのウォーゲームではターン制をとるのが普通だ。『ハープーン』の場合、1ターンを30秒で区切る。1ターンは以下のフェイズからなる。

(1) プロットフェイズ……移動、射撃など、このターンの行動を決め、用紙に記録する。
(2) 移動フェイズ……艦船や航空機、ミサイルを移動させる。
(3) 計画射撃フェイズ……プロットされた射撃を実行する。
(4) 探知フェイズ……レーダーやソナーで目標を探知する。
(5) 航空機第二移動フェイズ……航空機は動きが速いので、15秒単位で移動させる。
(6) 対応射撃フェイズ……状況に応じてプロットにない射撃を行う。
(7) 解決フェイズ……射撃の結果を判定して、損害を決定する。

 これを敵味方同時に進める。移動フェイズでミサイルが艦に命中しても、そのターンの解決フェイズになるまでは効果が現れず、その艦は普通に活動できる。ターン制では、ターン内の出来事は同時とみなすのが原則だ。
 なお、敵味方の艦船が離れていて一方が相手を認知するまでは、プレイ時間の短縮のため、1ターン10分で進める。


 判定はほとんど1D100、0〜99の乱数を使う。そのために10面体のサイコロを2個同時か、1桁ずつ2回振る。出た目が判定値以下なら成功とみなす。
 判定に使う数値は事前に「艦船記録シート」にまとめておく。その艦が持つ移動能力、ソナーやレーダーの探知性能、砲と搭載ミサイルを付属資料から転記するわけだ。これが結構難しくて、最初はシートの作成だけで一晩かかってしまった。



 諸条件をからめて判定する場合は、左のようなCRT(Combat Result Table)という表で交差照合する。CRTはゲームシステムのエッセンスで、数値の分布を調べるとアルゴリズムが浮かび上がってきて面白い。
 紙とサイコロで進めるゲームは簡略化がポイントで、何を残し何を捨てるかにデザイナーのセンスが現れる。コンピューター・ゲームはより緻密な判定が可能だが、判定アルゴリズムが隠れてしまうのが欠点だ。

 以下にプレイの例を示そう。付属シナリオ集の最初にある『シドラ湾にて』で、アメリカのスプルーアンス級駆逐艦USSカロン(画面上)と、リビア人が運用するオーサII型ミサイル艇2隻(画面下、MB1とMB2)の撃ち合いになる。画面は先に述べた作図アプリの出力である。くれぐれも何かのコンピューターゲームと勘違いしないように。

 24海里離れた位置で双方が相手を探知した。ミサイル艇は僚艦が追いつくのを待ってStyxミサイルを2発ずつ発射した。攻撃を探知したUSSカロンは対応射撃フェイズでハープーン対艦ミサイルを2発発射。ハープーンの目標は相手のミサイルではなくミサイル艇である。


 30秒後、リビア側は残ったミサイルをすべて撃つ。USSカロンもハープーンを追加で2発撃った。


 1分30秒後、StyxミサイルがUSSカロンの防御兵器の射程に入った。シースパローと127mm砲で撃ち落とす。カロンは右舷側に向いたハープーンを使うため、回頭を始めている。2隻のミサイル艇は反転して逃走にかかった。


 2分後、アメリカ側のサイコロ運が悪く、Styxミサイルの接近を許している。リビア側の防御兵器は30mm自動砲で、まだ射程外。


 3分30秒後、シースパローと127mm砲が撃ち洩らしたStyxミサイルもファランクス高性能機関砲で一掃し、USSカロンの危機は去った。ミサイル艇のひとつはハープーンが命中して撃沈。奇跡的に生き残ったもう一隻のミサイル艇に、カロンは追い打ちのハープーンを2発発射。これが命中してリビア側は全滅した。

 このシナリオは何度かプレイしてみたが、リビア側の勝ち目はほとんどない。ミサイル艇は8発もの対艦ミサイルを発射して一目散に逃げるのだが、スプルーアンス級駆逐艦は豊富な防御兵器を持っており、すべて叩き落としてしまう。
 対艦ミサイルは探知してから着弾まで2分ほどかかるから、駆逐艦は応射する余裕がある。ミサイル艇は防御兵器が貧弱なので、簡単に着弾を許し、当たれば無条件で沈没する。ミサイル艇が3隻同時にかかれば駆逐艦に命中弾を与えられるかもしれないが、ミサイル艇もほぼ確実に全滅するだろう。
 ミサイル艇はミサイルを撃つことに特化した安価な兵器だが、ミサイルさえ撃てばいいというものではないことがわかる。これは「対戦車ミサイルさえあれば戦車など恐くない」と思い込むのに似ている。

 プレイヤーは敵味方の二人で対戦するのが基本だが、ソロプレイでもいい。自軍の知らないことは知らないものとして行動するだけのことだ。勉強目的なので私はソロプレイしかしていない。
 だが、ソロプレイの経過をTwitterで実況するととても楽しいことを知った。軍事通の人がああでもない、こうでもないとアドバイスしてくれるので、煮詰まらずに進められる。小難しい軍事用語がどんどん流れるので一晩やるとフォロワーが10〜20人ほど減るが、それはそれでかまわないと思っている。記録はこちらに残してある>http://togetter.com/id/nojiri_h
 ネット対戦することも可能だろうが、それだとギャラリーに見せにくくなるかもしれない。敵味方の立場を離れて「ソロプレイをみんなで共有する」というのが今回の発見だ。絶滅危惧種のウォーゲームがこんな形で甦るのはいいことだと思う。先に述べたとおり、ゲーム自体をコンピューター化すると失うものも多い。エッセンスにあたる部分は人間が進め、コンピューターはそのサポートに徹するというスタイルは調和的だ。


 さて『ハープーン』はミニチュアゲームであるから、プレイにおいてはミニチュアをはべらせたいものだ。そう思って1:700ウォーターラインの艦船プラモデルを作ってみたのだが、これはミニチュアが持つ豊かな情報量を再認することになった。
 写真は先のシナリオに登場するスプルーアンス級駆逐艦だ。ハープーンのランチャーは中央の左舷と右舷に振り分けて配置されている。左舷の4発を撃ったら、右舷側を使うために艦を回頭させなければならない。船尾についているのはシースパローの旋回式ランチャーで、真正面には撃てないことがわかる。こうした射界は簡略化して艦船記録シートのデッキプランに記載されるが、ミニチュアを使えばさらにリアルに再現できる。
 マストの高い位置についているSPS-55レーダーは、喫水線から54mmの高さにあった。700倍すると38mで、水平線までの距離は113×sqrt(海面高km)で計算できる。ルール上、艦船のレーダー探知範囲は大型、中型、小型にわりふって簡略化されているが、スプルーアンス級巡洋艦クラスの船体を持つ駆逐艦なので境界域に位置する。納得いく数値を使いたければ自分で探知範囲を計算してもいいわけだ。
 1:700のウォーターライン・シリーズは充分なディテールを持つので、このゲームの目的に都合がいい。ただしこのスケールのままで30海里のマップを描こうとすると一辺80mの土地が必要になる。
 こうした「実用性」とは別に、本来ミニチュア・ウォーゲームとはミニチュアに命をふきこむ営為である。模型はただ飾っておくだけでなく、シチュエーションにそって動かしてこそ真の輝きを放つものだ。





 ――と、ここまで説明してようやく、MOM01で展示した「ミニチュア海戦ゲーム専用デスク」の必要性を語る準備ができた。
 狭い部屋で私は、広大なマップ、書類の束、ミニチュアをいかに展開し収納するか、という課題に直面したのだった。マップ表示用の液晶モニタを水平に置き、その上にアクリル板を置いて、ミニチュアを並べる平面を作る。蓋部分は三面に開き、チャート類を掲示できる。全体はスーツケース大に折りたためる。
 作ってみると、これで完全というわけではなかった。周囲にノートパソコン、マウスパッド、A4クリップボードを置くのだが、これがいまいちしっくりこない。しかしゲームに必要なものが視界をすっかり包んでいるので、没入感はなかなかのものだ。『ハープーン』以外でも、たとえば原稿執筆など用途ごとに専用の「デスクトップ」があれば、いいライフハックになるかもしれない。

トム・クランシーの原潜解剖 (新潮文庫)

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レッド・オクトーバーを追え!アドバンスト・コレクターズ・エディション [DVD]

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レッド・ストーム作戦発動(ライジング)〈上〉 (文春文庫)

レッド・ストーム作戦発動(ライジング)〈上〉 (文春文庫)

レッド・ストーム作戦発動(ライジング)〈下〉 (文春文庫)

レッド・ストーム作戦発動(ライジング)〈下〉 (文春文庫)

Make大垣ミーティング01(MOM01)に出展

 あのMakeミーティングが中部に来るというので、ニコニコ技術部のグループ参加にまぜてもらって出展してきた。幹事のきむにゃんに感謝。MOM01の告知ページはこちら> http://jp.makezine.com/blog/2010/09/make_ogaki_meeting.html






 場所は大垣のソフトピアジャパン・センタービル。オシャレな建築だが、ロビーに入ると信長像がどーんと立っていて、いやおうなく「地方」を感じさせる。メイン会場はロビーのエスカレーターを上がった先にあって、行き来がとても楽だった。






 総勢13名のニコニコ技術部は島をひとつ割り当ててもらえた。インクジェット印刷用の生地にプリントされた幟が目印。9時頃から設営開始。







 ニコニコ技術部の作品を完全紹介……と思ったら、動画では撮ったがスチルで撮ってないものが多かった。あるものだけ紹介する。左から「あの楽器」用液晶と謎の砂時計、ミク色ネクタイと巨大はちゅねアップリケとメカサバ人間ぬいぐるみ、踊るたこルカとバーサライターを振る初音ミク、SOMESAT電源部ブレッドボード・モデル。





 私の作品「ミニチュア海戦ゲーマー専用デスク」。GDWの現代海戦ゲーム「ハープーン」を狭い場所でプレイするために作ったのだが、説明してもピンときた人は少ないようだった。紙と鉛筆とサイコロとミニチュアを使うシミュレーション・ゲームをプレイする困難から説明しなければならないので大変であった。これについては別のエントリで解説したい。


 以下、撮った写真を適当に並べてみる。
 こめかみの筋電流に反応してステアリングする電動車椅子。右の奥歯を噛むと右に曲がり、左右同時に噛むと直進する。試乗しているのはMake編集長の田村氏で、運転には少々苦戦しているようだった。




 テクノ手芸部IAMAS(岐阜県立国際情報科学芸術アカデミー)のワークショップ。



 エレキギターと同じピックアップがついた弦楽器だが、ピックアップに触れる部分は1弦になっている。それが途中で分岐してコードが鳴るというもの。現状では不協和音がわんわん鳴っていたが、形態も含めてとても面白かった。



 学研「大人の科学」で開発中のテオ・ヤンセン機械。息を吹きかけるだけでゆっくりと歩き始める。



 一階ロビーで展示していた、サインペンのキャップを正しい位置に並べ替えるロボット。カラーセンサで色を識別している。



 地雷処理ロボットの模型。子供に人気だった。








 手芸系の作品。得体の知れない物体、いきもの、お手玉はやぶさ探査機まで、ありとあらゆるものが触感をともなうオブジェになってしまう。


 東大中須賀研究室の手作り人工衛星紹介。


 会場の構造を利用して設置された、毛糸で結ぶ糸電話の複合体。一対多で通話できるらしい。

 Makeミーティングを主催しているオライリーの関連書籍を紹介しておこう。

Make: Technology on Your Time Volume 10

Make: Technology on Your Time Volume 10

 Make日本語版は以前も紹介したが、日本版スタッフが製作記事を再現し、モディファイしているところが白眉だ。私もエッセイを連載させてもらっている。今号はパーソナル・ファブリケーションの特集で、興味深い社会現象が起きつつある。


Mad Science ―炎と煙と轟音の科学実験54 (Make:PROJECTS)

Mad Science ―炎と煙と轟音の科学実験54 (Make:PROJECTS)

 著者は現代版「タングステンおじさん」といえよう。危険だが魅力的な実験を次々と披露している。


 アーティスト向けマイクロ・コントローラー「Arduino」を使った、手っ取り早い試作のレクチャー本。著者はIAMAS小林茂氏。

第86回音楽情報科学研究会SIGMUSスペシャルセッション「歌声情報処理最前線!」に行ってきた

 7月28日、筑波山麓のつくばグランドホテルで、掲題の発表を見てきた。音情研の学会発表を見るのは2年ぶりだ。前回のレポートはこちら>第75回音楽情報科学研究会に行ってみた。ボカロ界を震撼させた、“ぼかりすショック”の直後だった。どの発表も「みっくみく」で「ニコニコ」、こんな学会があったんだなあ、と驚いたものだ。分野としては 情報処理学会/音楽情報科学/歌声情報処理 という階層になる。

 今回の発表内容はこちら>IPSJ SIGMUS: 第86回音楽情報科学研究会 プログラム
 発表会は三日間にわたる。私が参加したのは初日の「歌声情報処理最前線!」だけだが、それだけでも盛りだくさんで、魔法めいた実演をいろいろ見聞きできた。

 レポートや動画のまとめ
 

 Sinsy(スライド)は歌詞と楽譜をMusicXML形式で渡すと合成音声で歌ってくれるシステムだ。VOCALOIDに似ているが、調整(いわゆる調教)は不要で、特定歌手の歌声が60曲ほどあれば、そこから特徴を自動抽出して歌い方を推定してくれる。推定には近頃よく目にするHMM(隠れマルコフモデル)が使われている。波形データを持たないので、VOCALOIDのようにストレージを大食いしないのも特徴だ。計算量にもよるだろうが、いずれ楽器や玩具などに組み込まれるかもしれない。

 VocaListener2、いわゆるぼかりす2も傑作だった。(スライド) 初代ぼかりすはユーザー歌唱の音高と音量を真似してVOCALOIDに歌わせるのだが、2では声色(こわいろ)も再現する。ここでいう声色とは物真似のことではなく、文字通り声の色、同じ歌手でも異なる情感になる表現要素のことだ。
 そこで今年発売になったばかりの「初音ミクAppend」をちゃっかり研究材料にしてしまったところが面白い。論文は難解でよくわからないのだが、無印ミクとAppendそれぞれにぼかりすで出力し、声色をフィットさせていったらしい。
 さらに無印ミクとAppendの差分を鏡音リンに適用して、「鏡音リン擬似Append」を作成するという、発売元が真っ青になりそうなこともしていた。ただし現状では不十分で、「スペクトル変形曲面の再推定が必要」とのことだ。

 全部紹介しているときりがないので端折るが、面白い研究はまだまだあった。「歌詞と混合音(ボーカル・伴奏が混合した音)を与えると、カラオケのように歌詞の現在位置を示す」「フラットな話し声を歌声に変換する」「混合音から歌手名を同定する」「曲名を与えると歌い方の似た歌手をリストアップする」「(カラオケ等で)歌唱をリアルタイム補正する」等々、コンピュータには不可能と思われていたことが続々と実現している。(スライド)
 カラオケ業界なら「今すぐ出してくれ」と言いそうなものばかりだ。そして、同じくらい需要がありそうなのはニコニコ動画でMAD動画を作っている人たちだろう。彼らなら少々の不具合などものともしないだろうから、βテストとして配布してみてはどうだろうか。
 Sinsyなどは「ニコマスPが欲しがるだろうな」と思ったものだ。ニコマス、いわゆるアイドルマスターMAD動画では、ゲーム内に登場しない歌とアイドルたちの映像を組み合わせるのだが、できればアイドル担当声優の声で歌わせたいはずだ。ニコマスPの中には既存の歌を切り貼りして別の歌を歌わせる猛者もいる>人力VOCALOIDとは (ジンリキボーカロイドとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
 少し前、ボカロPと「歌ってみた」(ボカロ曲を人間が歌った動画)の歌い手さんの間で一悶着あった。その根底にはボカロ曲→「歌ってみた」という一方的な時間順序があるのだが、ぼかりすを使えば「歌ってみた」→ボカロ曲という操作も可能になるから、双方の立場が均等になるだろう。ただし、それでゴタゴタが解消するとは言い切れない。むしろ混沌としてきそうでもある。
 ニコニコ動画で既存の音源をそのまま使うと法的にはアウトだが、Sinsyの出力はJASRAC包括契約の範疇でセーフになるのだろうか? これもよくわからない。人間の歌から「歌い方」だけ抽出するなど前代未聞だから、法整備も判例もないだろう。そこはまさしくフロンティアで、SF屋としてはわくわくさせられる。技術的ブレークスルーが引き起こす混沌は、SFファンの大好きなもののひとつだ。

 思いつきだが、今後の音楽情報処理の発展を考えて、CDなどにカラオケバージョンだけでなく、ボーカルトラックも別途収録してはどうだろうか。紹介された技術のなかには、混合音からボーカルだけを取り出すシステムもあったが、まだ完全ではない。混ざりものなしのボーカル音声があれば、実にいろいろな加工ができる。たとえばVOCALOID化しなくても、その歌手の引退後に新曲を歌わせることが可能になるだろう。素材となるデジタルデータを保管しておけば、必ず未来への遺産になるはずだ。




 夕食のあとにざっくばらんな討論セッションがあった。研究者の方々に加えてクリプトンの伊藤社長、佐々木氏、ヤマハの剣持氏、ドワンゴの戀塚氏、木野瀬氏、伊予柑氏、ITmediaブログの松尾氏など、錚々たる顔ぶれが集まり、私も混ぜてもらって談論風発を楽しんだ。話題はさまざまだったが、「歌声情報システムにおけるキャラクターの必要性」という話が盛り上がった。
 「音声合成ができても、キャラクターがいないとどうも盛り上がらない」「これからの世代はキャラクターと歌声が分離されることに慣れるかもしれない」「フィットするキャラクターは自然にでてくる」「スキー場のマスク美人と同じで、声だけがあってキャラクターが隠れている場合、それは最尤値で補完される」「声と体型に相関はあるか」――などと語らううちに、「鏡音リン初音ミクより身長が低いのに体重が重い設定なのはなぜか」という問いを松尾氏が発し、クリプトンの佐々木氏より驚きの回答がもたらされた>鏡音リンの体重の謎について:CloseBox & OpenPod:オルタナティブ・ブログ
 そのほか、こんな提案もあった。「デジタルコンテンツの量は年々増えているのに我々の時間は一定だから、再生速度を上げるしかない。ニコニコ動画で年1%ずつ、こっそり再生速度を上げてはどうか」という。もちろん冗談ベースであるが、これにも研究があって、訓練すれば再生速度は2倍までいけるそうだ。
 こんな会話が午前2時頃まで続き、とても刺激になった。
 見たところ、この研究会を牽引しているのは産総研後藤真孝先生だ。ケレン味たっぷりに話題作りをして、学際的・対外的な目配りもする。目立つ雰囲気なので保守的な層からは後ろ指をさされがちなタイプ(実際そうかどうかは知らない)だが、私のような外部の人間にはまことにありがたい存在である。はやぶさプロジェクトチームもそうだったが、活き活きしている研究分野には必ずこういう人がいて橋渡しをしてくれる。また、こういう人がいないと研究シーンの存在そのものに気がつかないことが多い。
 初音ミクは触媒的ミームであって、この3年間でさまざまな人や集団が結びつけられてきたが、ここにもその例がある。この先SIGMUSから何が飛び出すか、刮目して待つとしよう。

VOCALOID2 HATSUNE MIKU

VOCALOID2 HATSUNE MIKU

初音ミク・アペンド(Miku Append)

初音ミク・アペンド(Miku Append)

VOCALOID2 KAGAMINE RIN/LEN act2

VOCALOID2 KAGAMINE RIN/LEN act2

はやぶさ帰還ニコ生中継・帰還編



 ニコ生中継が終わってからのことを少し書こう。
 翌日、流星塵の容器を回収した。道中「熱シールドがごろんと入ってたりしてな」などと語らっていたのだが、容器は設置時と変わらず、一見からっぽのままだった。はやぶさのサンプル容器と同じで、大きな落下物など期待していない。
 宿に持ち帰った容器は、ミネラルウォーターにシャンプーを少量まぜた水で洗った。その水から塵をペーパータオルで濾し取ろうとしたが、紙がやぶれてうまくいかなかった。仕方がないので使ったペーパータオルと水をペットボトルに入れて日本に持ち帰った。適当な容器に沈殿させて濃集させる予定だ。結果が出たらここで報告するので、あまり期待せずにお待ちいただきたい。


 移動中はときどき道草を食った。これは瓜の一種でスイカに似た模様がある。ナイフでさばくと白くてみずみずしい果肉が現れたが、食べてみると舌に染み入るような苦さだった。たとえ渇きで死にかけていても、これはきつい。


 路肩に転がっていたカンガルーの死体。今回の旅で二度ほど見かけた。生きたカンガルーには出会わなかったし、もちろん車の前に飛び出してくることもなかった。もしそうなったら、避けずに轢け、といわれている。
 大きな黒いワシが尻尾の肉をついばんでいたので、SHOOT UP!のネタにと思い、EX-FH100でハイスピード撮影した。



 スチュアート・ハイウェイを走っていて、一定間隔で見かけた「GRID」という道路上の施設。いったいなんのためにあるのだろうと首を傾げていたが、necovideo氏が「動物の移動を妨げる障壁」説を打ち出した。
 車道部分のグリッドは幅20cmぐらいの間隔でレールが敷いてある。蹄のある動物には歩きにくそうだ。グリッドの下は暗渠のようになっていて、普通に通り抜けられる。グリッドの路肩から道路に平行したフェンスまでは、横断方向のフェンスがある。
 あとで検索してみると、necovideo氏の説で正解だった。キャトルグリッドというらしい。



 クーバーペディの近くのオパール鉱山。ズリを拾ってみたかったが、立ち入り禁止なので撮影するにとどめた。



 夕食は安くてうまいJohn's Pizza Bar & Restaurantで取った。Twitterで呼び掛けるとオーストラリアを放浪中の石亀氏が来てくれた。「今日は肉を食いまくろう」ということで、ステーキをどんどん注文してどんどん食べた。厚さ2cm以上ある巨大な肉ばかりだ。脂身の少ない、いかにもグラスイーターの肉で、噛みしめて賞味した。一皿24A$(2000円)ぐらい。カンガルー肉の入ったピザも食べたが、どこがどうカンガルーなのか、よくわからなかった。この店のピザはクリスピー・ドウを使っていて、どれも美味しい。









 6月15日、自由行動できる最後の日、先生方の案内でヘンブリー・クレーターに寄った。
 スチュアートハイウェイをアリススプリングスの手前で西に折れ、ダートロードをしばらく走る。駐車場と簡素な休憩所があり、解説のプレートや記名帳がある。車を降りて数百メートル歩くとクレーターが見られる。
 オーストラリアのアウトバックには隕石クレーターが多い。もちろん隕石は地球上に無差別に降ってくるが、安定した地質と乾いた気候のおかげで残りやすいということだ。
 ヘンブリー・クレーターは4〜5000年前に形成されたもので、直径数百m〜10mぐらいのクレーターが数個かたまっている。一個の隕石が落下中に分裂したせいだが、それが大気中とは限らない。宇宙空間にいるうちから地球の潮汐力で分裂した可能性もある。
 はやぶさの理学グループは固体天体の研究者が主力だ。「クレーターのない天体には興味ありません」などと涼宮ハルヒのようなことを言うので、クレーターおたくと呼ばれたりする。ところがイトカワは予想に反して、クレーターがきわめて少なかった。先生方がそれで白けたかといえばまったく逆で、ウハウハ状態で解析に没頭したという。そうして得られた結論がラブルパイル構造だ。
 それははやぶさのターゲットマーカーに採用された「お手玉」の構造と似ている。岩塊を布袋に入れるかわりに、弱い重力でまとめたようなものだ。そのラブルパイルが地球に降ってきた結果がこのヘンブリー・クレーターかもしれない。
「倹約を旨とする母なる自然は、およそ異なるスケールで同じ現象をくりかえす。コーヒーに注がれるミルクの渦巻、サイクロンの描く雲の流れ、そして星雲の渦状腕を見るがよい」というクラークの言葉を思い出す。
 落下した隕石の大きさはクレーター直径の1/10見当だから、写真に心眼で重ねてみてほしい。



 クレーターは地球環境のおかげで(地質学的には)急速に浸食されている。そのためアンコール・ワットのような廃墟の趣がある。中央には水のたまった跡があり、それを取り巻くように環状に植物が茂っている。地面には土と同じ色をしたバッタが跳ね、窪地を横切るように色鮮やかなインコの群れが飛び交う。
 もしかしたら、あの鳥たちは生涯このクレーターを出ないのだろうか、と思いもした。よそから飛来したにはちがいないが、その後周囲の環境が砂漠化したら、陸封された魚類のようにクレーター内だけの生態系ができるかもしれない。手塚治虫の漫画にもそんな話があった。
 アボリジニたちは隕石落下前からこの地にいたはずだ。彼らは記録や伝承を残していないのだろうか。クレーターの底には靴跡以外、人の痕跡はなかった。



 観測編で述べたことの検証をTwitter上で進めてみた>はやぶさ最後の赤い爆発はリチウムイオン・バッテリー? - Togetter
 左の画像はNASAの空中観測機が撮影したもので、左に実景、右にスペクトルが写っている。最後の赤い爆発のところだけ、リチウム(Li)の輝線が現れている。それが例のリチウムイオン・バッテリーによるかどうかはわからないが、だとすれば運用チームと古河電池の苦心談にひとつのオチをつけたことになるだろう。あの裏技充電ができなかったら、カプセルのサンプル容器は蓋閉めができないまま再突入に踏み切ったはずだ。
 はやぶさ本体の火球はこの爆発を最後に散開、消滅する。我々の観測地では、全天の雲がワインレッドに染まり、その中からカプセルが独走状態で飛び出してきたように見えたものだ。



現代萌衛星図鑑

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はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)

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小惑星探査機 はやぶさの大冒険

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青島文化教材社 1/32 スペースクラフトシリーズ No.1 小惑星探査機 はやぶさ プラモデル

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はやぶさ帰還ニコ生中継・観測編

 ニコ生中継班はnecovideo氏、その助手(通称“猫奴隷”)のボクネコ氏、三才ブックスの斎藤氏と私の4名になった。necovideo氏が航空券、レンタカー、ホテル宿泊を手配してくれた。空路でアリススプリングスに入り、そこからレンタカーで680km走ってクーバーペディに行く。ここを拠点に観測地をロケハンすることになった。
 さらに心強いことに、宇宙開発ジャーナリストの松浦晋也氏と、はやぶさ理学チームの先生方二名がプライベートで現地を訪れるというので、アリススプリングスから合流することになった。
 6月10日夜に成田を発ち、11日朝に乗り継ぎのケアンズに着く。そこからボーイング717で大陸中央のアリススプリングスへ、2時間半ほど飛ぶ。


 アリススプリングスアウトバック(outback、オーストラリア内陸部)の中心地として、以前からあこがれていた場所だ。初冬の澄みきった青空と酸化鉄で赤く染まった大地のコントラストが眩しい。平原から突き出した岩山はよく風化していて、日本の山のような険しさがない。全体の雰囲気はアメリカ・ユタ州の荒野に似ている。世界有数の古くて安定した陸塊ではないだろうか。
 12日、斎藤氏と交代で運転しながらほぼ一日走り、夕方クーバーペディに入った。道路の両側に小さなコニーデ火山のような土の山が無数にあるのに首を傾げた。鉱物好きの私としたことが、世界有数のオパール産地に来ていることをすっかり失念していた。採掘跡転落注意の標識がひんぱんに出ている。路肩で油脂光沢のある灰白色の石を拾った。オパールなど付着していないが、これが母岩になるのだろう。

 スチュアート・ハイウェイから街に入る手前に電光掲示板があった。「ここから138km先、6月13日の22〜24時まで通行禁止」とある。通行止めの区間は60kmだから、その中間、つまり168km先がはやぶさの進入コースと交差しているのだろう。ようやく具体的な情報が得られた。

 クーバーペディは丘の上にある小さな街だ。中心部にはオパール売店が並んでいる。黄昏の中を一人で散歩してみると、アボリジニの一団がたむろしていて、そこだけはやや不穏な雰囲気だった。保護下に置かれた先住民族というのは、あまり健全な状態ではない。
 ギリシャ料理の店に集まって夕食を取る。英語に堪能な先生方がうまく注文してくれて、いろんな料理を堪能できた。オーストラリアの生活習慣はイギリスに近くて、ファストフードはフィッシュ&チップスが多い。ジャンクフード好きな私はオーストラリア入りして以来、喜んで何度も食べていたが、少々飽き始めていたところだった。

 翌朝、ニコ生中継組が準備に手間取っているうちに松浦氏と先生方がロケハンから帰ってきた。スチュアート・ハイウェイを南下して二つ目の休憩所、インゴマー(Ingomar)が好適、という。
 我々も出発し、100kmほど走ってその休憩所を確認した。申し分ない。それからさらに南下して通行止め区間の開始地点に行き当たる。ここにも電光掲示板があった。まだ通行止めではないので、そこから30km先、はやぶさ進入コースの直下点とおぼしきあたりまで行った。

 路肩から少し入った茂みの脇に、スーパーで買ったプラスチックの平らな容器を置く。これは流星塵の採集をねらったもので、オーストラリアに来てから思いついた。
 はやぶさが再突入して一晩たてば、そこそこ大きい塵は地表に降るだろう。コース直下といっても機体が焼失する位置から100kmほど離れているので、ごく淡い期待しか持てないが、それを採集すれば、はやぶさ起源のものが見つかるかもしれない。はやぶさ太陽電池パネルやサンプラーホーンにはイトカワの塵が付着していそうだから、それが混ざる可能性もゼロではない。もちろん、道路脇に置くのだから地上の塵もたくさん混じるが、流星塵は球形なので見分けがつくはずだ。
 もし採取がうまくいったとして、科学的な意味はあるだろうか。高熱で蒸発した後だから化学的な情報は失われているだろう。しかしアエンデ隕石のように、同位体組成から何か得られるかもしれない。

 容器を設置して、来た道を引き返す。通行止め区間の北縁には広い休憩所があり、ここも観測適地だった。進入コースに近いだけ、迫力のある絵になりそうではある。ただしコースと視線方向が重なるので、観測できる情報が減りそうではあった。休憩所は道路の東側にあって、撮影中に車が来るとヘッドライトに邪魔される心配もあった。
 かなり迷ったが、インゴマーの休憩所まで戻ることにした。ここはグレンダンボよりずっと西寄りで、光跡を横から撮るのに向いている。JAXANASAの光跡観測班もグレンダンボより100km以上西側にいたようだ。
  多くのマスコミはグレンダンボに集められたが、そこから撮影した映像は仰角が低く、かなり望遠で撮っているため、前後が圧縮された構図になっている。ただしグレンダンボは快晴だったので、結果的には申し分のない絵になった。

 休憩所の南東に陣取って準備を始める。周囲にはキャンピングカーが数台停まっていた。お年寄りたちがテーブルを出してのんびりワインを飲んでいる。話を聞いてみると、リタイヤ後の夫婦ばかりで、オーストラリアではよくある老後の過ごし方らしい。「ええと、ノーマディングといいましたっけ?」と訊ねると、意を得たように「そうだそうだ」とうなずいた。
 クーバーペディで博物館見物していた先生方も夕方になって現れた。それぞれ準備を始める。H先生はこの日のために天体撮影用のカメラ、WATEC WAT-100Nを購入していた。流星観測のように魚眼で撮影し、別の場所に行った国立天文台W先生の観測とつきあわせるらしい。

 日が沈むと、はたして息をのむような星空が現れた。日本では地平線近くにある射手座のスタークラウドが空高く浮かんでいる。銀河中心の丸く膨らんだところを真横から見ているわけだが、手前に暗黒帯があるので見え方は単純ではない。
 射手座から少し離れてα・βケンタウリが並ぶ。その横に南十字星が、天の南極に突き刺したように立っている。南十字と抱き合うようにコールサック(石炭袋)と呼ばれる暗黒帯があり、これが背景の銀河からくっきりと浮かび上がるのには感動した。
 あさりよしとお氏に6千円で譲ってもらったツアイスの7×50双眼鏡を向けると、シュミットカメラで撮った星野写真のような眺めになった。視野一杯にパチパチ音を立てそうな光の粒が満ちていて、もうきりがありません、ごちそうさま、という感じだ。
 ハエ座、カメレオン座と、見慣れない星座を星図と見比べて確かめる。北天の星座は古代エチオピア神話に基づくが、南天のそれは大航海時代の後にできたものだから、けんびきょう座、らしんばん座など、当時の新技術が掲げられている。北天には見慣れた星座があるが、逆立ちしているので、なかなかそうとわからない。天頂で長椅子に寝そべったようなサソリ座がなんとも奇妙だった。
 いくら見ていても飽きないが、はやぶさの生中継を忘れるわけにはいかなかった。松浦さんも書いているが、次はただ星を見るためにここを訪れようと思う。

 夜が深まると、寒くてたまらなくなった。往路の飛行機で持ち帰り可能だった毛布をかぶるが、まだ寒い。エンジンかけっぱなしの車にこもって暖をとった。暖かいカップラーメンでもあればよかったが、湯がないのでパンに蜂蜜をかけて食べた。
 21時頃から星空にじわじわと陰りがでてきた。雲が出始めている。時間とともに雲はひろがり、22時には空の7割が覆われたように見えた。ただしベタ曇りではなく、細かくちぎれた雲なので、切れ目から星が見える。まだ絶望ではなかった。
 放送時間が近づいてきたので、necovideo氏のインマルサットを使ってスタジオと通話テストをする。ビーダイ氏の落ち着いた声が聞こえてほっとするが、二言三言話したところでプツリと切れてしまった。齋藤氏が持参した衛星携帯電話(確かスラーヤ)もうまく通話できない。だが本番のときは、インマルサットで通話できた。遅延があって話しにくいが、これは仕方がない。
 22時半頃、受信機の電源を入れてスケルチを開放し、ICレコーダーの録音を開始した。受信機は三才ブックスの用意した二台と私の一台があり、それぞれ異なるアンテナを接続してあった。

 はやぶさビーコン専用の特製八木アンテナを構えるのはボクネコ氏の担当になった。エレメントを垂直にして、南〜南東方向を狙うように頼んだ。
 キャンピングカーの放浪者たちには、はやぶさの来る時刻を知らせておいたが、誰も出てこなかった。動いているのは7人の日本人だけだ。
 22時45分頃からスタジオと電話をつなぎ、じっと西の空を見つめた。
 22時51分、高度200kmではやぶさの再突入が始まったはずだが、空に変化はない。


 22時52分、突然雲の向こう側が明るく光った。仰角は20度くらい。予想外の明るさで雷かと思ったが、すぐに考えを改め、うわずった声でスタジオに伝えた。Google Earthにプロットした緑の線がこのときの視線だ。
 光は左斜め上に移動しながらさらに爆発的に拡がり、影が落ちるほどになった。緑とピンクの閃光が交互に現れ、最後の爆発では全天がワインレッドに染まった。

 参考までに、NASAがキングーニャから撮影した写真を貼る。この色は各地で撮影された写真や動画でもよくわかる。固定撮影だと、光跡の太い部分の終わりが赤く膨らんで見える。
 爆発するということは強固な密封容器に入っていた何かだろう。リチウムの炎色反応はあんな色だから、あれは武勇伝を生んだ古河電池製リチウムイオン・バッテリーの最期ではないだろうか。NASADC-8が分光観測しているので、いずれ正体が確かめられるだろう。
 移動とともに、雲の切れ目から光の粒子が束になって飛び出してきた。砂を握ってぱっと投げたような感じだ。光は急速に前後左右に拡がり、速度もさまざまだった。

 その中で、ひときわ明るい光が前方やや下方に突出していた。他の光はすぐに光度と速度を失うのに、先頭の一個だけは安定して強く輝き、定規で引いたような一直線の光の尾をしたがえている。
 ああ、あれがカプセルだ、本当に帰ってきた、と思った。
 完全に予想通りの光景であることが、むしろ非現実的だった。もし不正規の運動を起こしていたら、あんなまっすぐな尾にはならないだろう。カプセルは擂り鉢型をしていて、空力中心より前方に重心があるため、自律安定性を持っている。期待通りに飛んでいるのは熱シールドが再突入に耐え、形状が保たれている証拠だ。アンバランスな歪みや窪みが生じていたら、たちまち高速でスピンし始めるだろう。

 カプセルが独走状態になったとき、仰角は32度を超え、見上げるようなアングルになっていた。仰角は帰国後に背景の星をステラナビゲーターで再現して確かめた。Google Earthにプロットした赤い線がこれにあたる。
 最後まで残っていたカプセルの光も、真南に来た頃には消えた。光跡撮影はこれで終わりだ。「これよりビーコンの受信にかかります」とスタジオに伝え、受信機を手に取る。このとき時計を見なかったのは不覚だった。ほかの三人も軽い放心状態だったように思う。
 何分かして、突然ビーコンの音が聞こえてきた。事前にnecovideo氏が仕様通りの音を合成していたので、すっかり耳に馴染んだ音だ。「あれ、なんでそれがいま聞こえてるの?」と思った。それから我に返って「ビーコン受信しました!」と叫んだ。首にさげたストップウォッチをスタートさせる。スタジオのビーダイ氏に「音を聴かせてください」と言われ――言われなくてもそうする段取りだったが忘れていた――受話器にスピーカーを押し当てた。
 脳内に「ああ生きていた、生きていた」という思いが反響している。擬人化を笑う人もいるが、このときのビーコンは鼓動にしか聞こえなかった。はやぶさの産み落とした卵の鼓動だ。
 「えへっ、えへっ」と、笑ったような声を発して、ボクネコ氏がアンテナを構えたまま泣いている。自分も嬉しくてたまらなかった。安堵の思いもある。自分が作ったわけでもないのに、勝ち誇りたい気分でもあった。どうだ、やっぱりはやぶさはすごいだろ、と。

 機材は万全だったので、電波が届けば受信する自信はあった。唯一の不安はビーコンが正しく送信されるかどうかだった。失礼な話だが、深宇宙の宇宙線と熱衝撃に7年間さらされたものが、いきなりポンと動くなど、自分の常識に反している。無線機なら何台か作ったが、温度や湿度で毎回必ず周波数や出力に変動が生じたものだ。今回も、QRH(周波数変動)が生じていたら、チューニングダイヤルを回してビーコンを探すつもりでいた。
 だがビーコンは待ち受けた周波数で、最初から安定して受信できた。ストップウォッチを見ると、まもなく5分が経とうとしている。スタジオに「パラシュートが正常に開いたと思われます」と伝えた。もう大丈夫、軟着陸はまちがいない。帰還システムはすべて設計通りに動いた。採点は275点から400点に移った。

 ホイップアンテナにつないだもう一台の予備受信機は操作ミスでスキャンモードに入ってしまい、受信に参加できなかった。私の受信機は430MHz用2エレの八木アンテナを挿していたが、ビーコンは受信できなかった。本命機と第一電波が最適設計した5エレ八木アンテナのおかげで救われた格好だ。
 その本命機も、入感から10分をすぎた頃からしだいに信号が弱まり、ノイズが混じり始めた。
 12分経つと完全に消感した。後でわかったのだが、観測地から着陸地点までの距離は74kmあった。着陸地点は地平線より400mも下にある。ビーコンは地球の丸みに遮られたのだろう。
 JAXAの写真によれば、カプセルは着地の際に逆さまになり、下方に垂れていたアンテナはあおむけになったカプセルの側面にもたれていた。地面とカプセルの間に挟まれたわけではないが、これでは能率よく電波が飛ばないだろう。
 ともかく降下中は良好にビーコンが入感したので、方探チームも任務を果たしたにちがいない。カプセルはすぐに見つかるだろう。すっかり安心して、我々は撤収にとりかかったのだった。

 夜道を慎重に走ってクーバーペディの宿に戻り、ネットアクセスをして、徐々に反響がつかめてきた。
 我々の番組は予想外の視聴を集め、ニコ生始まって以来の、プレミアム会員が押し出される事態になった。運営は急遽サーバーをやりくりしたが、なかなか追いつかない。番組が終わるまでにどうにかプレミアムの押し出しだけは回避されたという。新規のプレミアム会員も放送直前に急増したというから嬉しいが、押し出された人には申し訳ないことになった。どうかこれに懲りず、特典を満喫していただきたいと思う。結局のところ、ニコニコ動画の真価はプレミアムでないとわからないのだし。
 映像のほうは魚眼レンズで捉えた閃光が放送されたが、すぐに途切れてしまった。あの興奮と暗闇の中では無理もないと思うが、カメラを望遠に切り替える操作を誤ったらしい。映像は録画されていたので、下の動画で見られる。
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 また、ビーコンのライン録音はこの動画で聴ける。
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 MP3ファイル単体はニコニ・コモンズに登録されている>http://www.niconicommons.jp/material/nc25692
 スポンサーの三才ブックスドワンゴはこの録音を素材として無償提供してくれた。JAXAからは「受信内容の公開については、オーストラリアの電波法に照らした判断が不明なので、自己責任で使ってください」という意見をもらった。
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 上の動画は、おおむね妥当だった宇宙関連の事業仕分けを批判している点に違和感を持つが、MMDで擬人化した帰還シーンの描写が胸を打つ。帰還三か月前の公開だが、カプセル分離の様子、最後の地球撮影、あかつきとの交差など、実際に起きたストーリーと見事に重なっている。
 そこで最後に、ネットを席巻した「はやぶさ現象」について述べたい。
 はやぶさがこれほどまでに人気を集めた第一の理由は、度重なるトラブルを乗り越えたことではないと思っている。はやぶさのミッションは「旅」というモチーフに沿っていて、直感的にわかりやすいのだ。わかりやすいから、感情移入できる。
 現在の宇宙飛行の大半は、軌道に上がるだけか、上がって降りてくるだけで、遊覧飛行のようなものだ。これは旅とは言えない。旅ならば別の土地に行くものだし、何かを運ぶものだ。目的地で新奇なものを見て写真を撮り、みやげを買って、出発地に帰ってくる。それが一般にイメージされる旅だろう。
 はやぶさのミッションは旅の要素をすべて備えている。川口プロマネは「これが本来あるべき宇宙探査の姿」と述べた。だが実現は容易ではなく、はやぶさの他には米ソの月探査しかない。計画規模はそれぞれ異なるが、すべて大きな熱狂をもたらした。
 アポロ計画は有人飛行だから、人間の旅そのものだ。はやぶさ無人であるだけに、若干の想像力を要する。こうした想像に慣れているのは、物語の虚構性に馴染んだ人たちだろう。そんな文化の中ではやぶさの人気が爆発し、擬人化が進んだのは当然の成り行きといえる。
 はやぶさはただ酔狂で擬人化されたのではなく、その大胆なコンセプトと技術力によって、擬人化される資格を得たのだ。擬人化されやすいもの=いい宇宙科学とは限らないが、このケースではそれを誇っていいだろう。
 なかでも「旅を終えて、故郷に帰る」というモチーフは喚起的だ。我々がごく自然に「おかえりなさい」と呼びかけ、擬人化されたはやぶさが「ただいま」と答えるのは、旅から帰ったときの気持ちを知っているからだ。
 ただ、普通の旅ではなかった。大事に抱えてきた包みだけを手渡して、旅人は息絶えた。そんな場面はまず物語の中でしか立ち会えない。だがこの夜は、少なくとも数千人が目の当たりにしたのだった。
 あらためて、おかえりなさい、と告げたい。
 安らかに眠れ。君の卵は、かならず孵すから。


現代萌衛星図鑑

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はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)

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小惑星探査機 はやぶさの大冒険

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青島文化教材社 1/32 スペースクラフトシリーズ No.1 小惑星探査機 はやぶさ プラモデル

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はやぶさ帰還ニコ生中継・準備編

 小惑星探査機「はやぶさ」とのつきあいは打ち上げの3年前、小天体探査フォーラムで中の人と知り合ったのがはじまりだ。そのはやぶさがオーストラリアに還ってくる。この10年の集大成としてぜひとも現地で出迎えたかったが、いかんせん先立つものがなかった。「ネットがあるさ」と自分に言い聞かせ、おとなしく日本から見守るつもりでいた。
 だが、当日の月齢が新月だと知って欲求がぶりかえした。降るような星空のウーメラ砂漠で、はやぶさの最期を見届けたい。
 悶々としながらTwitterのタイムラインを見たら、ちょうどドワンゴの川上会長がいた。いちかばちか「20万円くれたらオーストラリアではやぶさの取材します!」とねだってみたところ、意外にもOKがもらえた。
 実はそれ以前から公式ニコ生ではやぶさ特番をやる話があって、私はスタジオ側にゲスト出演することになっていた。その段取りを勝手に変えて、スタッフに迷惑をかけてしまった。わがままを言った以上は相応の仕事をしようと思って、はやぶさの帰還プロセスを徹底的に調べた。
 事前に把握すべきは以下の3点だった。

(1) 再突入の時刻
(2) 正確な進入経路
(3) ビーコンの詳細

 はやぶさの進入経路はどうなるか?
 カプセルはWPA(ウーメラ制限領域)という、オーストラリア空軍とアボリジニしか入れない場所に落下する。WPAを南北に縦断するように、スチュアート・ハイウェイという由緒ある幹線道路が走っていて、この道路だけは誰でも通れる。はやぶさの予想落下地点は前後100km×幅10kmほどの危険領域が設定されていたが、この領域の一部がスチュアート・ハイウェイと重なることはわかっていた。その重なる部分が通行止めになることもわかっていたが、いつ、どこが通行止めになるかはわからなかった。

 JAXAの情報提供はかなり消極的だった。着地したカプセルが横取りされるのを恐れたのだろうか。あるいはサンプル容器が空だった場合の失望や批判を恐れて、この帰還イベント自体を盛り上げたくなかったのかもしれない。その心配は理解できるが、報道が大手マスコミに握られていたのは10年も前のことだ。ネットには熱心な支持者がいるのだから、もっと大胆に情報提供してもよかったと思う。
 だが、TCM(弾道調整)が順調に進んで、JAXAも次第に自信をつけてきたのだろう。声援が異様なほどの盛り上がりをみせたのも後押ししたかもしれない。6月8日、こんな図が発表された。

 「図は正確ではありません」というのが悩ましいが、ともかくグレンダンボから見た最高光度点の方位・仰角と時刻がわかった。最高光度になる高度は論文その他の情報から60km〜50kmとされていた。これで最高光度の直下点を三角法で割り出せた。結果はGoogle Earth上にプロットした。


 左の図の白い線が推定した進入コースだ。推定が当たっていたのか、誤差と偶然が重なったのかわからないが、コースは速報されたカプセル着地点とぴったり重なっている。時刻が本当に現地時間なのか、相模原の宇宙研を取材した喜多充成さんに頼んで確認してもらったが、間違いなしとのことだった。
 それにしても、この時刻はかなり前からわかっていたはずだ。地球は自転しているし、はやぶさは弾道突入で融通がきかないから、場所が決まれば時刻も決まる。「23時頃」などといわず「22時52分頃」と発表してくれれば、生中継番組を企画できたテレビ局も多かったのではないだろうか。

 このコース推定を信じるとして、どこから観測すればいいだろうか。
 報道陣はグレンダンボに集まるらしい。そこはまた、方探(方向探知)チームの拠点になることも伝え聞いていた。方探チームは連日グレンダンボから出発して着地予想地点を取り囲むように展開し、方向探知の練習をする。したがってグレンダンボは、光跡観測というよりは着地点の観測適地と思われた。
 我々の観測地は進入コースの北側に設定した。現地の状況を見ながら、クーバーペディからスチュアート・ハイウェイを南下して、光跡をなるべく高い仰角で、かつ横方向から撮影できる位置に陣取ることにした。

 はやぶさの撮影と通信回線の確保はNVSnecovideo氏が担当した。彼は公式ではなくユーザーニコ生企画として今回の中継を計画していた。そこへ公式番組が相乗りした格好だ。
 私はそれに加えて、ビーコンの受信を思い立った。

 図のように、はやぶさは大気圏突入の3時間前、小惑星サンプルを収めたカプセルを分離する。はやぶさ本体は空中で焼失するが、カプセルは地上に着陸する。回収班に見つけてもらうために、カプセルは降下中にビーコンと呼ばれる電波信号を発する。
 カプセルは大気圏突入時の減速Gを検出してタイマーが起動し、高度10kmになる頃合いで熱シールドを投棄、パラシュート放出と同時にビーコンを送信し始める。カプセルが着地しても送信は続くが、おそらく地形に遮られて受信できなくなるだろう。
 ビーコンが届けばカプセルの制御システムに電源が入り、パラシュートが放出されたことがわかる。もしパラシュートが放出されても、きちんと開かなければカプセルは短時間で落下する。その速度はわからないが、ありそうな数字として秒速55m(地表付近)としよう。10km落下するのに3分未満だ。パラシュートが正常に開傘すれば秒速10mで着地するというから、10分以上かかる。大雑把な見当だが、ビーコン送信が5分以上続けば軟着陸するとみていいだろう。
 このようにビーコンは多くの情報を与えてくれる。たとえ曇ってもビーコンは受信できるから、手ぶらで帰らずにすむ。だが、その周波数や電波形式など、詳細は不明だった。
 5月にカプセル回収チームの人とスナックで飲む機会があったので、相手が酔っぱらうのを見計らって詳細を聞き出そうとした。かなりしつこく食い下がったのだが、彼は最後まで口を割らなかった。さすが中の人、プロジェクトの失敗につながるようなことは口が固い、と逆に感心したものだ。
 仕方なくGoogleで検索するうち、意外にもビーコンの詳細が引き出せてしまった。打ち上げ後についた愛称 hayabusa ではなく MUSES-C を検索ワードにするのがコツで、ISASのサイト内に英語のレポートがあった>http://www.isas.jaxa.jp/publications/reportSP/no17/7.PDF
 レポートは打ち上げ前、2003年のもので、当時はまさかはやぶさがこんな人気者になるとは思ってなかったのだろう。また『はやぶさ 不死身の探査機と宇宙研の物語』(吉田武著、幻冬舎新書)にも「242MHz」という記述があった。してみるとJAXA側に質問したことによって、相手の判断で秘密にされてしまったのかもしれない。
 ビーコンの周波数は242.0MHz、FMモード、1024Hzと2048Hzの音響信号を1秒おきに繰り返す。前面の熱シールドを投棄したあと、鉛直に1/4λのホイップアンテナが立つ。つまり垂直偏波だ。
 私だったら単純なCWにするところだが、FM変調をかけているところに余裕を感じる。おかげで受信もやりやすくなった。CW・SSBモードのない広帯域受信機でいけるし、特徴的な可聴音になるから、番組視聴者に伝えやすい。

 ビーコンについて番組の打ち合わせで話したところ、スポンサーである三才ブックスの斎藤さんが「ラジオライフの編集部にかけあって機材を揃えましょう」と言ってくれた。ラジオライフは業務無線の受信趣味の雑誌だからノリノリで協力してくれて、さらに「第一電波工業さんに特注アンテナをお願いしてみます」と言ってくれた。第一電波工業は私も愛用しているアマチュア無線用アンテナのトップメーカーで、242MHzにマッチした八木アンテナを設計してくれた。


 その設計図をもとにラジオライフ編集部が市販アンテナを改造して組み立てた。受信機のイヤホン端子からアンプ付きスピーカーとICレコーダーへの接続ケーブル類も製作されて、万全の機材が揃った。
(観測編に続く)

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