野尻抱介blog

尻Pこと野尻抱介のblogです

はやぶさ帰還ニコ生中継・帰還編



 ニコ生中継が終わってからのことを少し書こう。
 翌日、流星塵の容器を回収した。道中「熱シールドがごろんと入ってたりしてな」などと語らっていたのだが、容器は設置時と変わらず、一見からっぽのままだった。はやぶさのサンプル容器と同じで、大きな落下物など期待していない。
 宿に持ち帰った容器は、ミネラルウォーターにシャンプーを少量まぜた水で洗った。その水から塵をペーパータオルで濾し取ろうとしたが、紙がやぶれてうまくいかなかった。仕方がないので使ったペーパータオルと水をペットボトルに入れて日本に持ち帰った。適当な容器に沈殿させて濃集させる予定だ。結果が出たらここで報告するので、あまり期待せずにお待ちいただきたい。


 移動中はときどき道草を食った。これは瓜の一種でスイカに似た模様がある。ナイフでさばくと白くてみずみずしい果肉が現れたが、食べてみると舌に染み入るような苦さだった。たとえ渇きで死にかけていても、これはきつい。


 路肩に転がっていたカンガルーの死体。今回の旅で二度ほど見かけた。生きたカンガルーには出会わなかったし、もちろん車の前に飛び出してくることもなかった。もしそうなったら、避けずに轢け、といわれている。
 大きな黒いワシが尻尾の肉をついばんでいたので、SHOOT UP!のネタにと思い、EX-FH100でハイスピード撮影した。



 スチュアート・ハイウェイを走っていて、一定間隔で見かけた「GRID」という道路上の施設。いったいなんのためにあるのだろうと首を傾げていたが、necovideo氏が「動物の移動を妨げる障壁」説を打ち出した。
 車道部分のグリッドは幅20cmぐらいの間隔でレールが敷いてある。蹄のある動物には歩きにくそうだ。グリッドの下は暗渠のようになっていて、普通に通り抜けられる。グリッドの路肩から道路に平行したフェンスまでは、横断方向のフェンスがある。
 あとで検索してみると、necovideo氏の説で正解だった。キャトルグリッドというらしい。



 クーバーペディの近くのオパール鉱山。ズリを拾ってみたかったが、立ち入り禁止なので撮影するにとどめた。



 夕食は安くてうまいJohn's Pizza Bar & Restaurantで取った。Twitterで呼び掛けるとオーストラリアを放浪中の石亀氏が来てくれた。「今日は肉を食いまくろう」ということで、ステーキをどんどん注文してどんどん食べた。厚さ2cm以上ある巨大な肉ばかりだ。脂身の少ない、いかにもグラスイーターの肉で、噛みしめて賞味した。一皿24A$(2000円)ぐらい。カンガルー肉の入ったピザも食べたが、どこがどうカンガルーなのか、よくわからなかった。この店のピザはクリスピー・ドウを使っていて、どれも美味しい。









 6月15日、自由行動できる最後の日、先生方の案内でヘンブリー・クレーターに寄った。
 スチュアートハイウェイをアリススプリングスの手前で西に折れ、ダートロードをしばらく走る。駐車場と簡素な休憩所があり、解説のプレートや記名帳がある。車を降りて数百メートル歩くとクレーターが見られる。
 オーストラリアのアウトバックには隕石クレーターが多い。もちろん隕石は地球上に無差別に降ってくるが、安定した地質と乾いた気候のおかげで残りやすいということだ。
 ヘンブリー・クレーターは4〜5000年前に形成されたもので、直径数百m〜10mぐらいのクレーターが数個かたまっている。一個の隕石が落下中に分裂したせいだが、それが大気中とは限らない。宇宙空間にいるうちから地球の潮汐力で分裂した可能性もある。
 はやぶさの理学グループは固体天体の研究者が主力だ。「クレーターのない天体には興味ありません」などと涼宮ハルヒのようなことを言うので、クレーターおたくと呼ばれたりする。ところがイトカワは予想に反して、クレーターがきわめて少なかった。先生方がそれで白けたかといえばまったく逆で、ウハウハ状態で解析に没頭したという。そうして得られた結論がラブルパイル構造だ。
 それははやぶさのターゲットマーカーに採用された「お手玉」の構造と似ている。岩塊を布袋に入れるかわりに、弱い重力でまとめたようなものだ。そのラブルパイルが地球に降ってきた結果がこのヘンブリー・クレーターかもしれない。
「倹約を旨とする母なる自然は、およそ異なるスケールで同じ現象をくりかえす。コーヒーに注がれるミルクの渦巻、サイクロンの描く雲の流れ、そして星雲の渦状腕を見るがよい」というクラークの言葉を思い出す。
 落下した隕石の大きさはクレーター直径の1/10見当だから、写真に心眼で重ねてみてほしい。



 クレーターは地球環境のおかげで(地質学的には)急速に浸食されている。そのためアンコール・ワットのような廃墟の趣がある。中央には水のたまった跡があり、それを取り巻くように環状に植物が茂っている。地面には土と同じ色をしたバッタが跳ね、窪地を横切るように色鮮やかなインコの群れが飛び交う。
 もしかしたら、あの鳥たちは生涯このクレーターを出ないのだろうか、と思いもした。よそから飛来したにはちがいないが、その後周囲の環境が砂漠化したら、陸封された魚類のようにクレーター内だけの生態系ができるかもしれない。手塚治虫の漫画にもそんな話があった。
 アボリジニたちは隕石落下前からこの地にいたはずだ。彼らは記録や伝承を残していないのだろうか。クレーターの底には靴跡以外、人の痕跡はなかった。



 観測編で述べたことの検証をTwitter上で進めてみた>はやぶさ最後の赤い爆発はリチウムイオン・バッテリー? - Togetter
 左の画像はNASAの空中観測機が撮影したもので、左に実景、右にスペクトルが写っている。最後の赤い爆発のところだけ、リチウム(Li)の輝線が現れている。それが例のリチウムイオン・バッテリーによるかどうかはわからないが、だとすれば運用チームと古河電池の苦心談にひとつのオチをつけたことになるだろう。あの裏技充電ができなかったら、カプセルのサンプル容器は蓋閉めができないまま再突入に踏み切ったはずだ。
 はやぶさ本体の火球はこの爆発を最後に散開、消滅する。我々の観測地では、全天の雲がワインレッドに染まり、その中からカプセルが独走状態で飛び出してきたように見えたものだ。



現代萌衛星図鑑

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はやぶさ―不死身の探査機と宇宙研の物語 (幻冬舎新書)

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小惑星探査機 はやぶさの大冒険

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青島文化教材社 1/32 スペースクラフトシリーズ No.1 小惑星探査機 はやぶさ プラモデル

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