野尻抱介blog

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大洗でガルパン聖地巡礼してきた


 あんこう鍋の旬が二月一杯と知ったので、大洗を二泊三日で聖地巡礼してきた。
 2月18日の昼すぎ、東京駅に着いてみると「常磐線石岡駅で不発弾らしきものが発見されたため、常磐線は運行を停止しております。復旧の目処はたっておりません」とアナウンスされていた。ガルパン巡礼にふさわしいトラブルであった。
 Twitterで誘導をリクエストすると、水戸行きの高速バスをおすすめされた。八重洲南口に行ってみると長い行列ができていて、乗れるのは1420発だという。水戸まで2時間。水戸発大洗行きのガルパンラッピング列車の最終は1610発で、間に合いそうにない。




 だが幸運にも1400発の補助席の最後のひとつがまわってきた。1558頃に水戸駅北口に到着して、無事ガルパン列車に乗ることができた。上右の写真はcoza4さんが撮影してくれたもので、TV版7話のカットにそっくりだ。高架線で眺望が素晴らしく、心が浮き立ってくる。

 大洗駅に着いて、あたりを見回すと、「俺、ここ知ってるわー!」という風景が続々と現れた。瞼の裏を4号が、T-34が駆け抜けてゆく。いよいよテンションが上がった。

 駅舎内のインフォメーションは色紙やポスターがみっしり飾られていて驚いたが、以後も大洗の至るところでこんな光景を見ることになるのだった。
 スタッフのおばちゃんに聞いてみると、この日、平日木曜16時半の時点で約200人がインフォメーションを訪れたという。
「そのうちガルパン関係の人はどれくらいですか?」と聞くと「全員」という返事だった。「前は夏しか人が来なかったけど、アニメになってから一年中来てくれるんですよ」とのことで、地域興しには大きく貢献しているようだった。
 インフォメーションにはスタンプラリーの台紙や手書きの案内図がいろいろ揃っている。4話市街戦および12話優勝パレードのルートマップ、大洗から少し離れた戦車トンカツを出す店、Cook Fanへのルートマップなど、至れり尽くせりだ。
 大洗に来たら金を落とさねば、と思ってきたので、インフォメーションの向かいの売店でコースターと杏の酒を買った。金離れを良くするこつは、最初の店で買い物してしまうことだ。

 駅前を左折し、ようこそ通りを南下していくと、「寄せ木戦車専門 多満留屋という小さなギャラリーがあった。人がいなかったので覗くだけになったが、これは町おこしグッズの域を超えていた。地元の人がガルパンを咀嚼して自分のものにしている。どうもここは半端ないぞ、と思い始めた。



 若見屋交差点を東西にクロスするのが、アニメで市街戦の舞台となった商店街だ。「知っている場所」が次々に現れ、10mおきに等身大パネルが立ち並ぶ。店内には色紙やポスター、戦車の模型などが所狭しと展示されて、さながら現視研の部室のようだ。
 等身大パネルのある店には缶バッジや名刺が置かれていて、買い物するともらえる。私は次々と買い込んだ。




 これはさかげん酒店の様子。プラウダ高校の二人にあわせて、店内もロシアっぽく飾られている。ファンアート、ロシア空母をプラウダ高校の学園艦に仕立てた模型、声優ジェーニャさんのサイン色紙もあった。



 模型やイラストはファンが寄贈したものが多く、売り場の1/3~1/4ぐらいがそれで埋まっている店が普通にある。
 これで営業は大丈夫なのかと思うほどだが、実際、寄贈品が売り場を圧迫することもあるようで、大洗町商工会は「店舗等への寄贈物に関してのお願い」を掲げている。
 まあ、しょんぼりすることはない。慎重に言葉を選んだ文面からしても、商工会はいまの状況が続くことを望んでいるので、ファンはこういう「ありがた迷惑」を気にしすぎる必要はない。双方が前向きなのだから、店の人とよく話し合って需要を見極めればいい話だ。


 新屋酒店は山郷あゆみのパネル設置店で、「山郷のしずく」という酒を売っている。店内のガルパンコーナーはひかえめで、地元の人がのんびり語らっている。巡礼者が話に加わっていくことも日常化しているようだ。








 対称的に、このウスヤ肉店はさながらアニメショップの様相を呈している。決勝戦前夜にアリクイさんチームが食べた串カツで知られていて、年越しイベントも開いていた。
 この日は地元の婦人がお総菜を買いに来ていた。その人もキャラクターのパネル設置店をやっているのだが、ご主人が最近亡くなったので、パネルはひとまずしまっているとのこと。ガルパンプロジェクトが始まってもう5年になるから、関係者の身の上にもいろいろあるものだ。
 串カツは店内や店先のベンチで食べていける。米粉を使った衣がしっかりしていて、肉も厚さ5mmくらいあり、これで1本100円は安い。



 豊年屋機工部は水道管まわりのプロ向け資材店で、普通の人にはちょっと入りにくい店だろう。私はむしろ、なにか理由をつけてこういう店に入りたいくちなのだが。
 上段右の写真は、大洗の人が作った四号戦車で、砲身部分にこの店の水道管が使われているとのことだった。
「こんな店だからせっかくお客さんが来ても買うものがないでしょ? それで杉山さんが軍手のグッズを手配してくれて」と、おかみさんが言った。杉山さんというのはガルパンのプロデューサーだが、その名前が前置きなしで出てくる。店ごとに細かく気配りしている様子がうかがわれる。
 すると奥からご主人が「高い業務用の道具なんかを買ってってくれる人がいるんだ。『俺、大工だから大丈夫です、使いますから』って言ってね」と誇らしげにつけ加えた。なにを誇っているかといえば、客を誇っているわけだった。


 こちらはみむら時計店の店内。オリジナルグッズは眼鏡拭きだ。
 人の良さそうなおばあちゃんに「こういう色紙って店ごとに送られてくるんです?」と聞いたら、「いいえ、声優さんがここに来て書いてくださったんですよ」とのことで、これにも感心した。実にきめ細かく進められている。換言すれば、運営側、店、客がこれくらい親身になってやらないと、アニメ興しは成功しないのかもしれない。


 タグチ玩具店はなにしろ玩具店だからガルパングッズとの相性は抜群だ。戦車のプラモデルが揃っていて、私はここでタミヤの2号戦車を買った。
 こういう街角の玩具店模型店はすっかり少なくなってしまった。店の人に聞いてみると「大洗には4軒あったんですが、うちだけになっちゃいました」とのこと。「大型店は私たちにはつけられない値段で売りますしねえ…」
 これはどこの玩具店模型店でも聞く話だ。それでも、大洗の商店街は元気そうな小売店が多い。オタクはレアなもの、マニアックなものが好きなので、小さい店との相性はいいように思う。



 食事の話もしよう。「大洗は巡礼というより食べ歩きだった」とよく言われるし、実際その通りだった。海鮮食材が豊富で、駄菓子から料亭割烹まで、うまい店がたくさんある。
 今回は旬のあんこう鍋を目標のひとつにしていた。Twitterで聞いてみると、ちゅう心という店をおすすめされたので、予約を取って行ってみた。アニメに登場する鮮魚店「魚剣」こと「魚忠」と直結した、ちょっと高級な料亭だ。
 カウンター席なので、鍋は完成状態ででてきた。汁をひとくち飲んでみて、濃厚な旨味にむせた。
 板前さんによると、あんこうの身は旨味も少なくいい出汁が出るわけでもない。出汁はまず鰹で取るただ肝がとにかく最高の食材で、これをどれだけ汁にすりこむかであんこう鍋の出来が決まる、という。身の部分もプリプリした食感があるし、軟骨部分も独特の歯ごたえがあって面白い。
 隣に来たガルパン巡礼の人もあんこう鍋を食べて、二人でうまいうまいと小並感を繰り返した。残った汁は別料金で雑炊にしてくれるので、それも頼んだ。これも絶品で、つまり一滴も残さずたいらげた。
 こういう高級な店にはめったに来ないので、奮発して寿司も頼んだ。「醤油を塗ってありますので、そのままお召し上がりください」と言われる。あっという間に8貫食べてしまった。二日目も有馬桓次郎さんとちゅう心に行ったのだが、このときはあんこう鍋に加えて上海鮮丼(写真下段)をいただいた。刺身の盛り合わせみたいなゴージャスなものだった。
 ちゅう心の板前さんはまだ劇場版を見ていないとのことだったが、ガルパンについて面白い話をしてくれた。
「アニメで壊された店はさあ、客が増えるんだよね。ウチも壊してくれって働きかけたとこがあるみたいだよ?」
 
もう作中のセリフと見分けがつかない。4話の戦車が肴屋本館に突っ込むシーンで「うちの店がぁ!――これで新築できる!」「縁起いいなあ」「うちの店にも突っ込まねえかなあ」というやりとりだ。
 この記事によると、大洗シーサイドホテルは「うちにも一発くださいよ」と制作側にリクエストして、劇場版でKV-2の砲撃に至ったようだから、そのことかもしれない。
 アニメファンは困ったことしてないか、板前さんに聞いてみると「たまに変なのもいるけど、みんな礼儀正しいし身なりもちゃんとしてるし、海岸でごみ拾いしてくれたりするしね。いいんじゃないかなあ」とのことだった。

 私は初音ミクのように、サブカルからメインカルチャーに波及する力のある存在に注目してきた。
 ガルパンサブカルに属するが、作中では「戦車道」というメインカルチャーに化けるところが絶妙なアイデアだった。ひとたび受け入れてしまえば、メインカルチャー的に扱えることが、もしかしたら大洗プロジェクトの成功に寄与しているのかもしれない。
 私は大洗を含め、アニメ興し全般にちょっと懐疑的で、地元の人たちがどう思っているのかが気になっていた。一般人モードになって見れば、美少女イラストばかりずらずら並ぶ状態は、やっぱりおかしい。個人的に「リアルよりいいんだから仕方ないだろ」と思うにせよだ。
 大洗の場合、実際に見て聞いて回ってみると、リップサービスを考慮しても、おおむね好感を持たれているようだ。
「よくわからないけどお客さんが増えていいんじゃない?」ぐらいの人もいれば、明らかにファンと一緒になって楽しんでいる店もあった。
 ガルパンは十年に一度くらいの傑作アニメだと思うが、極端にマニアックな作品でもあり、一般人の嗜好とはかなり距離がある。エロやバイオレンス要素がほとんどなく、健全でハートフルな本筋を持つので、ちゃんと見れば嫌悪感はあまり持たれないだろう。それでも、萌えと軍事という二重苦を背負った作品なので、私は現地の人がこのプロジェクトを気に入っていない前提で接していた。自分で見聞した範囲では、その予想はいいほうに裏切られることがほとんどだった。

 巡礼者が現地の人と親しく交流する様子もよく見かけた。大洗の人はホスピタリティ抜群で、いい人ばかりでてくる点ではガルパン世界そのものだった。ガルパンのファンが大洗に行ったら、大洗のファンになって帰ってきた」とはよく言われることだ。
 私の地元も観光地が多いが、一般の観光客は結構行儀が悪いし、お客様気分でいる人が多い。大洗の巡礼者はそれよりずっと良質だったが、百点満点というわけでもない。オタクという人種はふだんおとなしいが、一度親しくなると他人の気持ちを考えずに舞い上がってしまうところがある。そんな状態ではしゃいでいる人をちらほら見かけた。戦車戦も対人関係も、かけひきは大切だ。このあたりを改めていけば、地元とのいい関係が長く保てるのではないだろうか。

 大洗にはまだまだ見どころがたっぷりあったのだが、記事が長くなるいっぽうなので、ひとまずここで区切りとしよう。結論だけ言うのは簡単だ。大洗はいいぞ