野尻抱介blog

尻Pこと野尻抱介のblogです

まつろわぬ人々の福島食い倒れツアー

まつろわぬ人々の福島第一原発ツアー(その1 いわきクイーン編)
まつろわぬ人々の福島第一原発ツアー(その2 Jヴィレッジ&1F編)
まつろわぬ人々の相馬野馬追ツアー
 の続き。

小名浜
 ここに来るのは2011年9月以来だったので、「すっかり復興したなあ」とまず思った。まだあちこち工事しているので「すっかり」とは言えないが、アクアマリンふくしまといわき・ら・ら・ミュウが元気なので、ここだけで一日遊べる状態だ。

 今回はら・ら・ミュウのある第1号埠頭で半日すごした。レストラン、海産物売り場、展示室などがある複合施設だ。
 地元のM月さんと合流して、福島グッズをもらったり、回転寿司をおごったりした(安いお返しで申し訳ない)。


 海産物売り場では生ウニ、岩牡蠣をその場でいただいた。安くて新鮮でうまい。材料を買ってその場でバーベキューできるコーナーもある。

 ら・ら・ミュウの海側には駆逐艦汐風を埋めた桟橋がある。左は震災前からあるタイルだが、艦尾の輪郭が示してある。その先は新しい桟橋を工事していた。

 二階には震災直後の避難所の様子が再現展示してあった。写真右は炊き出しのおにぎり(模型)。


 ら・ら・ミュウの前で発着している遊覧船ふぇにっくすも復活していた。スナック菓子を差し出したり投げると、カモメやウミネコがわらわら集まってきて楽しい。船内でもかっぱえびせんが売られているので、出航後も弾薬補給ができる。


 遊覧船から見えたもの。左は沖合に建設中の人工島と陸を結ぶ臨海道路の橋。もう完成しているように見える。中央はウの棲息地になっている照島。バックに勿来発電所の煙突が見える。右はカヤックフィッシングする人たち。
 なお、勿来発電所は映画『フラガール』にも登場した常磐炭坑の石炭を燃料としていた。この地域の炭田の衰退が常磐ハワイアンセンター、福島第一、第二原発を建設する流れを作っている。

●四倉編

 小名浜からルート6に入って北上していくと、道の駅よつくら港に着いた。初めて来る場所だ。この駅舎内にある食堂がなかなかいいと聞く。しかしまち歩きマップを見たら近くに「くさの根」という食堂があったので、そちらに行ってみた。あなご天丼を食べてみたが、あなごの肉の厚みにびっくりした。
 なお、四倉のまち歩きマップは四倉小学校6年生と日大理工学部岡田研究室が協力したワークショップで作られたものだ。
 常磐道の四倉パーキングエリア(上り)にある産直や よつくら亭
はパーキングエリアにあるまじき地元食堂感が評判だと教えられた。
 人気メニューは刺身定食だが、私はイワシの蒲焼き丼をいただいた。こってり濃厚な味だった。

川内村
 阿武隈山中にある川内村は私の大好きな場所で、今回で4回目の訪問になる。これまでは田村市側からアプローチしていたが、県道36号線が全面開通したので富岡から簡単に行けるようになった。
 富岡町は避難指示地域で、ルート6や常磐道、県道36号線を通過することはできるが、それ以外のほとんどの道路はバリケードで封鎖されている。
 36号線を西進する途中には除染作業員のプレハブ宿舎やスクリーニング場があった。

 滝川渓谷を通り、トンネルをいくつか抜けて川内村中心部にさしかかると、新しくできたショッピングセンター、YO-TASHIが見えた。
 食堂は休業日だったが、ファミマで生鮮品や酪王カフェオレが買えた。

 かわうちの湯の駐車場の一角にある「あれ・これ市場」は川内村における道の駅的存在だ。地元の産品をいろいろ買い込んだ。
 かわうちうどんは製麺所のご主人が機械の設定を間違えて作りすぎたとかで1kgパックと500gパックで格安販売していた。この写真には写っていないが、私は「かわうち味噌」がお気に入りで、2袋購入した。
 レジで「近くで開いてる食堂ありますか?」と聞いたら、YO-TASHI、たかやま倶楽部、かわうちの湯、いわなの郷、を教えてもらった。


 たかやま倶楽部に行ってみた。蕎麦を石臼で挽くところからやっていて、蕎麦打ち体験もできる。「高原野菜天ざる」をおいしくいただいた。ここは川沿いの市街地からすこしだけ山に入ったところにあって、眺めも素晴らしい。

 川内村には千扇川という素敵な渓流がある。この透き通った流れの中で釣りをするのが毎度の楽しみだ。
 震災後、漁協による川魚の放流はしていないので、入漁券は要らない。禁漁ではないが、釣った魚を食べるのは自己責任で、とのことだ。まつろわぬ私は「よろしい。釣れた魚は天然物ってことだな」と思って張り切るわけである。

 ルアーやフライでも釣ってみたいが、雑魚釣り道具しか持ってきていない。
 したがって、最初にやることは餌の確保だ。落ち葉の積もった林道の側溝を掘ると、みみずがいくらでも採れた。山の斜面を降りてきたみみずがU字溝でトラップされる構図だ。

 東作のフナ竿にヤマメ鉤を結び、太いみみずをつけて落ち込みに振り込む。と、黒い影がすっと寄ってきて――釣れた。ヒレピンの岩魚だ。サイズもまあまあなので、キープする。


 川縁に焚き火の跡があったので、火をおこして、釣った岩魚をじっくり炙り焼きした。買ったばかりのかわうち味噌を塗りつけた。
 味噌が焦げ、魚からおつゆがぽたぽた落ち始めた頃合いでがぶりとやった。
 思わず「うめえ!」と声が出た。こんな脂の乗った岩魚は初めてだ。
 放射能は大丈夫かって? 2011年には600Bq/kgくらいの魚がいたが、その値でも私は気にしないし、現在なら汚染なしと見ていいだろう。スーパーで普通に売っている「やさしお」が9000Bq/kgなことを思えば、2桁や3桁Bq/kgで騒ぐことはない。放射線リテラシーの第一歩は、ベクレルという単位の相場観を持つことだ。
 デザートは林道に散らばっていたサルナシの実。まわりをみてもサルナシの蔓が見あたらず、何者が運んできたのかわからない。サルナシというぐらいだから、猿かもしれない。
 サイズは小さいが、見た目も味もキーウィフルーツそっくりで、鮮烈な酸味と甘味を味わった。

 釣りを堪能したあとは、かわうちの湯につかった。事故直後は生活用に部分営業していたが、その後改修して全面オープンになった。
 湯上がりに食堂でサバ味噌定食をおいしくいただいた。これもかわうち味噌を使っていると思う。ここの蕎麦はたかやま倶楽部で打ったものだそうだ。

 今回の福島旅行はこの川内村が最後で、来た道を戻って帰途についた。
 往路でも見えたが、富岡町新福島変電所に送電線が四方八方から集まっていて壮観だった。私は送電鉄塔が好きなので、車を止めて写真を撮りまくった。



 新福島変電所は1970年代のはじめ、原発にあわせて建設された。この変電所が地震でダメージを受け、1Fに送電できなくなったことが、1F事故の遠因になったとされている。

 富岡からは常磐道を通ったほうが早いが、最後にもう一度、ルート6の眺めを味わった。






 竜田一人の漫画『いちえふ』、北川玉奴の歌『ルート6』にも登場する広野火力発電所の二本煙突(実際には少し離れてもう一本ある)。
 このときは夕方だったが、陽を浴びて煙突のトップが輝く様子に見入った。
 私にとっても広野火力の煙突は思い出深い。2011年4月16日にルート6を北上したとき、警察の検問であえなくUターンし、二ツ沼総合公園からあの煙突を見上げたのだった。
 当時ひっそりしていた公園もいまは復旧し、温浴施設やレストランが営業されている。

 久しぶりの福島は――まわったのは浜通り川内村だが――もう不便なところはほとんどなくなっていて、線量も放射線オタクの私には物足りなくなってしまった。
 にもかかわらず、送電線や煙突、車の列、川の流れ、野山の緑、道行く人々、商店の棚など、何を見ても物語が読み取れて、福島は私を飽きさせない。また訪れるとしよう。