野尻抱介blog

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『ポール・ケーニッヒのバルジ/第6装甲軍』をプレイしてみた


 1980年代に活動していたSFファンにとって、ウォーゲームは基礎教養のひとつだった。DAICON IVのオープニングアニメにはヘクスマップが現れるし、SFマガジンには海外のゲームを紹介する安田均氏の連載があった。まだパーソナルコンピュータの性能は低くて、ウォーゲームといえば紙とダイスでプレイする時代だった。
 私も当時熱中したが、SF物が多く、史実を扱ったヒストリカル・ウォーゲームはあまり経験がない。
 昨年の夏、神保町の書泉グランデで『ポール・ケーニッヒのバルジ 第6装甲軍』(Paul Koenig's The Bulge: 6th Panzer Army 以下PKB) というゲームを見かけた。ちょうどニコニコ動画でガールズ&パンツァー一挙放送を見たばかりで、戦車戦のウォーゲームをやってみたいと思っていたところだった。A5くらいの小さな箱に入っていて、値段も手頃なので、レジに運んだ。しばらく積みゲーになっていたが、今年になってようやくプレイできた。

 PKBはオンデマンド出版らしく、マップとユニットは厚紙をレーザーカットしている。別に折りたためるソフトマップもついている。
 ルールブックは英語なので、日本語訳をこちらに公開しておいた。間違いがあったら指摘してほしい。
 PKBのマップはA3サイズで、プレイ時間は1時間とある。プレイヤーは二人だが、ソロプレイも難なくできる。難易度は普通で、ビギナー向きと言ってもいいだろう。ただし、この種のゲームをしたことのない人にとっては、結構難しい――というか、めんどくさいと思う。コンピューターゲームなら機械がやってくれる処理を、プレイヤーが手順通りに実行しなければならないからだ。はじめのうちはルールブックと首っ引きで、1ターン進めるのに半日ぐらいかかるかもしれない。
 だが、私に言わせれば、そこがいい。ウォーゲームは戦闘現象のモデルであって、モデルを通して現象を理解することが目的と言ってもいいだろう。非電源系のウォーゲームはその過程がすべてプレイヤーに開陳されている。
 PKBの場合はバルジの戦い、あるいはポール・ケーニッヒというデザイナーによるバルジ戦の解釈が理解の対象になる。

 プレイアビリティを保つため、非電源系ウォーゲームはぎりぎりまで簡略化したモデルになっている。何を捨て、何を残すかの判断もデザイナーの腕の見せどころで、プレイヤーにとってはゲームの見どころになる。
 一般論になるが、六方格子のヘクスマップを採用したこともウォーゲームの美しいアイデアだ。辺で接する領域が最大になり、現実の地図とよく近似する。
 左の図のように、ユニットがいるヘクスに隣接する6個のヘクスを、ZOC(Zone of Control、制圧ゾーン)といい、戦闘は敵ユニットがZOCに入ったとき始まるのが普通だ。また、敵ユニットはZOCに入ると移動をやめなければならない。
 敵ZOCに入ったら必ず戦闘しなければならないシステムを「マストアタック」、任意に戦闘するものを「メイアタック」という。
 敵のZOCに一度入ると、戦闘結果によってしか出られないシステムを「強ZOC」、ある移動コストを支払って任意に出られるものを「弱ZOC」という。
 戦闘結果には程度によって敗者ユニットが後退する、消滅する、などのバリエーションがある。防御側が後退した経路に沿って攻撃側が進出する「戦闘後前進」というシステムもある。戦車隊が敵を蹂躙していくイメージだ。

 PKBは弱ZOC、メイアタック、戦闘後前進あり、のシステムになっている。
 普通のゲームと違うのは、戦闘解決のとき、防御側ユニットの戦闘力を考慮しないことだ。攻撃側の戦闘力の合計と、防御側ヘクスの地形効果の差で勝率が決まる。都市や森林なら防御側有利、平坦地では不利になる。
 戦車がいようが歩兵がいようが同等の防御力でいいのか、とも思うが、均せばこれでいいのかもしれない。凝ったシステムだと各ユニットに戦闘力と別に防御力があり、さらに対空防御力、対地防御力などと区別することもあるのだが、シンプルさとのトレードオフになるだろう。
 なおこれは基本的なルールで、PKBの戦闘解決では、航空支援や砲兵による遠距離支援、歩兵と戦車の混成効果なども加味される。

 実際にソロプレイしてみよう。これは第1ターンが始まる前、セットアップの状態だ。
 バルジ戦の北東1/4ぐらいがマップになり、1ヘクスの直径は約3km。
 マップ中央の都市はマルメディで、バストーニュは地図の外にある。
 期間は最初の三日半、全7ターンになる。つまり1ターン12時間だ。
 ドイツ軍ユニットはグレーまたは黒、連合軍ユニットは緑に彩色されている。東側からドイツ軍が一気に侵攻してきて、西進するのを連合軍が食い止めようとする展開になる。
 マップの上にあるのはターン記録シートで、各ターンの補充ユニットが並べてある。

 第3ターンの様子。黒いのはドイツ軍精鋭のSS部隊で、中でもパイパー戦闘団は特別ルールでどんどん進めるようになっている。
 パイパー戦闘団が開いたルートを通って、ドイツ軍はマップの南側を順調に西進している。
 連合軍は不意を襲われた形になるが、翌日(第3ターン)には地図上端の都市ユーペン(オイペン)から増援が入る。

 第7ターンが終って、ゲームが終了したところ。
 ウォーゲームは一般に非対称で、それを埋め合わせるようにサイドごとにVP(勝利ポイント)が設定されている。
 撃破したユニットの数と種類、占領した都市の数などからVPを計算すると、ドイツ軍23VP、連合軍15VPでドイツ軍の作戦的勝利となった。
 PKBを通してソロプレイするのはこれが3回目で、まだ慣熟が足りない。デザイナーの思惑どおりにプレイできていれば、もう少しVPの差が縮まるのではないだろうか。

 このゲームが面白いかといえば、とても面白い。ソロプレイなんて面白いのかと言われれば、だからこそ面白いのだ、と力説したい。囲碁将棋などの完全情報ゲームと違って、ダイスの目に翻弄されるウォーゲームは一寸先が闇だ。不運な展開をどうリカバーするか、幸運をどう活かすか、さまざま状況を想定し、対処していくのが面白く、ソロプレイならいくら長考しても叱られない。
 なにより面白いのは、次々に現れる難問が、ボール紙とダイスと単純なルール、そしてプレイヤー自身の思考から生成されるということだ。プレイを終えたときには、それらが結合して(ごつごつしたヘクスマップ上に描かれるにもかかわらず)、ある流線を持った、現実に起き得たストーリーとして編み上げられることだろう。
 実世界がそうであるように、そこに脚本家は介在していない。私がRPGよりウォーゲーム、コンピューターゲームより紙とダイスのゲームに惹かれるのは、つまるところ、脚本の不在性によるのだと思う。