野尻抱介blog

尻Pこと野尻抱介のblogです

庭に蜜蜂がやってきた


 庭先に捨ててあったスピーカーボックスから、通電もしていないのに、ハム音が聞こえてきた。
 二個並べたスピーカーボックスの上には、折りたたみ式のボートや雨避けの波板が横たえてある。いわば枕木がわりになっていて、年中日陰になっていた。
 しゃがんで音のするほうを見てみると、露出したウーハーのまわりに蜜蜂が群がっていた。先月末、3月26日のことだ。
 写真をTwitterに貼ると、猟師で養蜂もしている千松信也さんから「分蜂群ではないか」というリプライをもらった。分蜂というのは春先に新女王蜂が誕生して、群れが二つに分かれ、古いほうの女王蜂と働き蜂の半分くらいが新しい巣に向かうことだ。本来は分封と書いたのが、養蜂界でこの字が当てられたらしい。新しい巣の場所を探す途中、木の枝などに団子状になって休憩していたりする。驚いて警察や消防に通報する人が出るのも恒例だ。
 私は社会性昆虫が好きで、これを題材としたSFの構想もあるので、ずっと養蜂をやりたかった。蜂たちがここに居着いてくれるのを願いながら見守った。

 二日後、蜂の群れはまだそこにいた。朽ちかけたスピーカーボックスはあちこちに隙間があり、蜂たちはそこから出入りしている。数秒おきに出発便と到着便が行き交い、およそ決まったコースを秒速10mぐらいでかっ飛んでいく。千松さんによると「それ、もう営巣してますね」とのことだった。

 日本で野生する蜜蜂はニホンミツバチのはずだ。養蜂に使うのはセイヨウミツバチだが、日本では人間の手を借りないと生きていけない。しかし近くに養蜂業者がいて、その蜂群が来ている可能性もなくはない。これは確かめておくべきだろう。
 折りたたみ式の捕虫網を久しぶりに組み立て、蜂を捕獲し、酢酸エチルで殺して実体顕微鏡で観察した。(そうまでしなくても、わかっている人が見れば一目瞭然なのだが) 翅脈のパターン、腹部の縞の色から、ニホンミツバチと断定できた。

 ニホンミツバチはセイヨウミツバチに較べると、蜜の生産量がぐんと落ちる。だから養蜂業者はまず使わない。そのかわり、野生しているぐらいだから、飼うのは楽だ。天敵スズメバチへの耐性もある。巣箱もシンプルで、要するに太い樹木のウロを再現してやればよい。山間部では自家用に養蜂している人もよくいる。里山で見かける、丸太に屋根をかぶせたような物体がそれだ。
 朽ちかけたスピーカーボックスでは観察・管理に不向きだし、いろんな外敵が入り込むので、うちに来た蜂群も巣箱に移したい。

 超乗合馬車の補修作業で忙しいのだが、3月31日、このページを参考にして、大急ぎで巣箱を作った。
 テーブルソーを駆使して、2時間ほどで完成した。

 受け入れ準備ができたので、蜂が営巣しているスピーカーボックスの裏蓋を引き剥がしてみた。
 開けてびっくり、大きな巣ができているではないか。巣板という板状の構造物が5~6枚、垂れ下がっている。さすがハニカム構造の元祖、見事なものだ。
 これは本当にこの春にできたものだろうか? 千松さんによると、これぐらいの巣は一週間でできるそうだ。恐るべき生産性である。遺伝子改造した蜂に航空機やビルの構造を作らせたらどうだろう?

 スピーカーボックスの裏蓋側を上にして、巣箱を置いた。巣箱は底の抜けた重箱みたいな構造だから、この状態だとスピーカーボックスの空間と直結した状態になっている。
 このまま放置して、蜂が引っ越すのを待った。



 翌日、巣箱の天井板を外して中を見ると、蜂はまったく移動してなかった。スピーカーボックスの中の巣にみっしり取り付いたまま、周期的にうぉーん、うぉーんと低い音でハミングしている。協調的に羽根を動かして空気を循環させているらしい。

 4月2日、千松さんのアドバイスに従って、プラスチックハンマーでスピーカーボックスを叩いた。しばらくすると、蜂は団子状態のまま、もぞもぞと巣箱に移動し始めた。
 7割ぐらい移ったように見えたので、巣箱をスピーカーボックスから離し、コンクリートブロックの上に置いた。
 台所用のゴム手袋と農作業用の防虫ネットをかぶり、スピーカーボックスの中の巣板を包丁で切り離してザルに入れた。まだ蜂も少し群がっている。
 心配している人もいると思うが、(私も不安だったのだが) ニホンミツバチは非常におとなしい種族で、めったに人を刺さない。セイヨウミツバチのように防護服を着たり、燻煙器を使う必要はない。スズメバチのように貫通力のある毒針もない。慣れた人は団子状になった群れを素手ですくって運ぶそうだ。


 まだ収穫の時期ではないが、せっかくなので貯蜜部分を切り取って漉し器の上に置き、潰してみた。少量だが蜂蜜がしたたり落ちてきた。ちょっと不純物もあり、独特の香りがしたが、甘い甘い、本物の蜂蜜だった。

 残った巣板のほうはというと、時間とともに群がる蜂の数が増えてきた。巣箱のほうを見ると、引っ越したと思った蜂がほとんどいなくなっていた。
 女王蜂が巣板側にいたのか、匂いに誘引されたのか、わからない。私は強硬手段を取ることにして、蜂の群がった巣板を直接巣箱の中に押し込んだ。
 これでともかく群れの大部分は巣箱に収まった。巣箱の下端に巣門という細い隙間があり、蜂はここから活発に出入りしている。
 蜂たちが新しい巣を作り始めるのか、壊れた古い巣を補修しておかしなことになるのかはまだわからない。ニホンミツバチはある日突然、巣を捨てて逃げ出す傾向が強いので、それも心配ではある。

 蜂蜜のほうは、白熱灯で暖めながら木綿布で濾してみたところ、巣の破片などのゴミがなくなってきれいになった。
 普通の蜂蜜より粘度が低いが、風味は濃厚にして芳醇で、トーストに塗って食べてみると、ぱっとお花畑が広がるようだった。

 巣板のいろんな部分をごちゃまぜにして鍋で煮てみると、蝋の部分が溶けて蜂の子がたくさん出てきた。
 蜂の子は珍味として食用する地方もある。何個か食べてみると、悪くない味だった。ただ、いろんな不純物にまみれてざらざらしているので、それ以上は食べなかった。
 蜂の子や巣の破片をザルで濾すと、蜜蝋と蜂蜜のまざったようなどろどろが残った。冷えると上のほうは固まるが、残りは液体のままだった。固まったところは蜜蝋が多く、液体のところは蜂蜜が多いのだろう。蜂群の誘引に使えるかもしれないので、瓶に入れて保管した。