野尻抱介blog

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初音ミクを金星に送る意味

 初音ミクの絵を金星探査機に貼りませんか?というキャンペーン(以下、金星ミクキャンペーン)が始まっている。(署名直行リンク)
 これはSOMESATプロジェクトの臨時企画で、仕掛けたのは超電磁Pだ。
 探査機や人工衛星に名前やメッセージを搭載することで応援を喚起しようとする試みは以前から行われている、いわば定番の行事だ。集まったメッセージはCD-ROMに焼いたり、金属プレートに縮小印刷して搭載する。
 今回の金星探査機「あかつき」は「個人ならメッセージのみ。100人以上の団体なら絵が送れます」という方式だ。超電磁Pはここに着目して、署名を100人集めて初音ミクはちゅねミクの絵を送ろうと考えた。権利者には事前に許諾を得ている。
 100人の場合の原稿はセルを10×10に配置したイメージだ。セルごとに独自の絵を描いてもいいが、意思統一のうえでここに大きな絵を描いてもいい。絵はアルミプレートに特殊な方法でエッチングされるが、顕微鏡でないとわからないぐらいまで縮小される。
 この「10×10」を「団体セル」と呼ぼう。この「団体セル」がさらに10×10集まると、一枚のアルミプレートが埋まるらしい。これは推測である。

 12月6日、キャンペーンが始まると、その日のうちに100人を超す署名が集まった。
 12月10日、署名は1000人を超えた。次の目標は3939(みくみく)人とした。
 この金星ミク・キャンペーンが始まってしばらく、私は「ネットでやる匿名の署名なんて、頭の固い担当者だったら却下するんではないだろうか」と危惧していたのだが、それは完全に取り越し苦労だった。
 「あかつき」の広報キャンペーンを担当しているのは宇宙研対外協力室の阪本成一教授だった。個人的な面識はないが、宇宙作家クラブの取材ではよくお世話になっている、抜群に話せる人だ。「はやぶさ」ファンの間ではペーパークラフトで知られている。
 12月11日、その阪本教授から超電磁Pのもとにメールが届いた。

初音ミクのイラストを「あかつき」に載せて飛ばす件、キャンペーンを盛り上げていただいてありがとうございます。1万の大台を超えるようなことがあれば、こちらで用意したアルミプレート100枚のうち、1枚貸切OKです。」

 「アルミプレート1枚貸し切り」と聞いて、我々は俄然奮い立ったのだった。
 ガンダム風に翻訳すれば「初音ミク専用アルミプレート」である。初音ミクがなくては存在しない物理的実体が作られ、探査機に搭載されて金星まで行く――なんと素晴らしいビジョンだろうか。もちろん1セルのメッセージだって物理的実体であるにはちがいないが、喚起力が全然違う。
 それがどうした、そもそも初音ミクって何? とお思いの人もいるだろう。
 これには二次元キャラクターのファン活動という体裁にとどまらない意義がある。
 私は2007年9月、初音ミク発売直後から始まった、爆発的な創造の連鎖を目の当たりにしている。VOCALOID2という新技術および初音ミクというキャラクターを核にして、日本中に潜伏していた才能が自己生成的に結びつき、巨大な創作の環を形成したのである。それは音楽という枠を乗り越え、いまや濱野智史氏によって「初音ミク、出馬せよ」という提案までなされている。

 超電磁Pの個人的な思いはさておくとして、私の中では金星ミク・キャンペーンもこの「環」の中にある。
初音ミクを使って金星探査プロジェクトを盛り上げたい。そうすることで純然たる初音ミク・ファンとしても盛り上がりたい。キャンペーンが終わってからも、署名したファンたちは「あかつき」に関心を持ち続ける。それは世論を形成し、宇宙探査に投入される予算のよりどころとなるだろう。
 SOMESATプロジェクトそのものも、この考えに基づいて構想されている。SOMESAT(サムサット)とはソーシャルメディア・サテライトの略で、無人衛星と有人宇宙機の中間に位置する「キャラクター搭載衛星」を宇宙に送る。それによって人々の関心を喚起し、宇宙開発を盛り上げようとする社会実験プロジェクトである。
 初音ミクは先進テクノロジーの産物ということもあって、音楽クリエイターだけでなく、技術系の人々にとても親和性が高い。具体例は「産総研 初音ミク」で検索してみればわかるだろう。
 濱野氏のように考えるならは、初音ミクアーキテクチャであり、インフラストラクチャーと言えるかもしれない。何か新しいことをやろうとするとき、私が最初に考えるのは「初音ミクを載せたら?」ということだ。そうすることで星雲賞までいただいてしまったので、もうすっかり味をしめているのである。
−−−−−−追記 以下に支援ページをリンクします。感謝です!

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VOCALOID2 HATSUNE MIKU

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