野尻抱介blog

尻Pこと野尻抱介のblogです

東北紀行(2) 桜の山と瓦礫の海

 4月16日、磐越道でいわきから郡山に移動し、国道4号を北上した。山間部を抜けると急に展望が開け、福島盆地に入った。盆地の気候は夏暑く冬寒いことが多いが、いまはなにしろ桜の季節である。山々に囲まれ、馥郁たる杜の都、という風情だった。
 市街で最初に出会ったマクドナルドでインターネットにつなぎ、ホテルを予約した。明日は花見だから、今夜ぐらいはホテルに泊まってさっぱりしようと思ったのだった。
 福島駅周辺での飲み会メンバーを募ると、白石のしっとマスクさんが来てくれることになった。明日の花見では飲めないから今夜飲みましょう、とのこと。駅前で待ち合わせ、東口の歓楽街で店を探した。「久兵衛」という居酒屋の看板が目にとまった。
「おっ、キュウベエって店がありますよ」と私。
「わはは、ほんとですね」
 入口の掲示板に旬の料理が手書きしてある。
「……ここでもいいかな?」
「ネタにもなりますしね」
 機を見てはネタに走るのがニコ厨の習性だ。



 店に入るとそこらじゅうに白いぬいぐるみが転がり、猫耳をつけた女の子が席に案内してくれた――なんてことは全くなく、普通の居酒屋だった。
 刺身やタラの芽の天ぷら、ホタテのバター焼きなどを賞味しながらビールが進む。
 しっとマスクさんは白石市のタクシー運転手で、自分の営業車をクリプトンのVOCALOIDキャラクターで痛車化した、通称ミクタクシーで有名な人だ。
 大学が原子力関係だったそうで、福島市程度の線量では動じることもない。楽しく飲んでいると近くの席から「マイクロシーベルト」という言葉が聞こえてきた。
「まさか居酒屋でこの言葉を聞くことになるとは」と、しっとマスクさん。白石市福島市はほんの30kmほどの距離だが、温度差があるようだ。
 などと言いつつもこの面子では深刻になりようがなく、ますます酒が進んだのだった。

 翌日は午前10時頃にホテルを発ち、4号線を北上した。県境を越えて1時間とかからず白石市に入り、馬牛沼のほとりで線量を測った。郡山市福島市に較べるとほぼ半減している。西に雪を湛えた蔵王がそびえ、福島県中通りの地形を脱したのがわかる。白石のあたりを境に仙台平野が始まり、道路と平行する白石川は太平洋に向かって流れている。
 花見客だろうか、国道が渋滞しはじめたので、橋をわたって右岸の県道に入り、こちらも混雑していたが12時半頃、船岡城跡公園にたどりついた。駐車場に向かうと、見覚えのあるタクシーが前にいた。鏡音リン・レンのステッカー。アンテナにネギ。ミクタクシーだ。
 並んで車をとめ、しっとマスクさんとともに城跡の山を登る。待ち合わせ場所のスロープカー乗り場に着いた頃には汗をかいていた。巨大観音像がある頂上まではまだ100mほどあるが、スロープカーは運休だった。毎年恒例の桜まつりも今年は中止の看板が出ている。

 今回の地震に被災された皆様、並びに関係者の方々へ。

 甚大な被害と悲しみを残し、いまだ終わりの見えない震災にご苦労されていることと思いますが、しばたの桜はいつも通り、きれいな花を咲かせてくれました。
 桜まつりは中止しましたが、しばらくは悲しみを忘れ、花の美しさをご自由にご覧ください。来年こそ、笑顔で桜の花の季節を迎えられますよう、ご祈念いたします。
 心を尽くした言葉とはこれをいうのだろう。平易で飾らない、国語のお手本になりそうな文章である。
 桜まつりが中止されたのは、安易な自粛などではなく、トイレの復旧が不十分なことが主な理由のようだ。それは苦渋の判断だったにちがいない。冬が厳しいだけに、東北の人の桜への思いは強いようだ。そのことは「一目千本桜」と呼ばれる、白石川土手の桜並木で感じた。これは翌日に再訪して撮影した風景だ。





 花見に集まったのはボカロ系(VOCALOID愛好者)が主力で、検証Pが音頭を取ってくれた。全員覚えきれてないのだが、12〜13人も集まっていただいた。吉田さん、飯淵さん、Psyp/PPORさん、スナフキンP、ネムイさん、しっとマスクさん、AHSの尾形社長、neroさん、rwalkerさん、オサコレP。市職員、自動車整備工場、デザイン関係、農家、運送など、職業もさまざまだ。
 桜の木を一本独占して、ブルーシートをひろげ、持ち寄った飲み物やつまみをひろげてまったりと宴会する。公園は賑わっていたが、例年は芋を洗うような混雑になるそうだから、それに較べれば「閑散としている」が近いのだろう。快晴・無風の好天下、東北随一といわれる満開の桜のもとで花見ができたのは小さな奇跡だった。




 話題はやはり震災のことが多く、私は興味深く耳を傾けた。
 外から見ていると、この震災は津波原発事故ばかりが目立つ。だが実際に現地の人が直面しているのは、身の回りのさまざまな問題だ。地震で散らかった部屋の片付け、家屋の損傷、ゴミの処理、インフラの復旧、商店の営業、自分の携わる業務の変化、避難所の運営など、多岐にわたっている。ありふれた規模の地方社会が、とてつもなく複雑な役割分担の上に成り立っていることがわかる。「これを真っ正面から描写できるのは小松左京ぐらいだな」などと、つい考えてしまった。







 17時頃、花見はお開きになり、駐車場でミクタクシーの撮影会をした。駐車場に向かって歩いていくと、花見客の一人が身を屈めてミクタクシーを熱心に見ていた。
「お仲間がいる」「ガン見してるよ」「やはりいたか、隠れミク廃」
 などと言いながら近づいていったのだが、その人は我々と接触する前に行ってしまった。もしこのblogを読んでいたら名乗り出てほしい。
 ミクタクシーは痛車としては一見おとなしいが、キャラクターを営業活動に使わない旨、クリプトンと正規に契約して公式イラストを使っている点で高いポテンシャルを持つ。個人をベースとしたボカロ現象の拡がりを示す、指標的な存在といえよう。車内にはさまざまなボカロ・アイテムが配され、液晶モニタで動画を再生することもできる。これも営業使用ではなく、わかる人が乗車したとき希望に応じて再生するとのことだ。
 LPGタンクに切り絵の「東方」キャラが貼ってあったりするのも細かい。なお、ガソリン欠乏のおり、LPGの供給は続いたので、ミクタクシーも大活躍したそうだ。また、AEDを搭載しており、そのサインがMMDのミクになっていたりもする。
 白石市は戦国BASARAのキャラクターで町おこししていたりもする。風間市長はこうしたものに理解があるそうだ。

 その夜遅く、仙台東部道路を北上して石巻に向かった。今回の旅では宮城の津波被災地には行かないつもりだったのだが、花見の席で石巻まで簡単に行けると聞いた。早朝なら復旧作業の邪魔にならないようなので、見てみることした。
 仙台東部道路から三陸自動車道に乗り換え、矢本PAで一泊する。翌朝5時頃起きて、車内で湯をわかし、カップ麺と焼き鳥の缶詰を食べた。災害派遣自衛隊車両に続いて石巻河南インターで降りる。
 石巻港を一巡したあと門脇地区に入ったところで圧倒された。すでにニュースでもおなじみの爆撃跡のような光景が、ほとんどそのまま残っている。燃える瓦礫が押し寄せた門脇小学校が痛々しい。
 そこを東進して旧北上川べりに出た。ヨットや漁船があちこちに乗り上げている。石巻駅方面に行こうとして、日和山の麓のせまい路地に入り込んでしまった。軽自動車がぎりぎり通り抜けられるスペースを残して、道の両側は瓦礫や災害廃棄物が山積していた。

 石巻街道、マンガロードを通って内海橋を渡り、女川街道を東進する。ここも津波の跡が生々しく、とんでもないところに自動車が刺さっていたりする。
 万石浦あたりの被害は小さかったようだが、女川市街に入ると凄惨な眺めになった。三階建てぐらいの鉄筋ビルが積み木のように転がっている。濁流が通り抜け、鉄骨だけになった建物も多い。
 女川港の手前で、高台に町立病院が見えた。病院は健在だが、その一階まで水が来たというから、自分はいま水深20mぐらいのところを走っているのだな、などと思った。
 女川港で車を止め、あたりを撮影した。時刻は7時をまわっていて、工事車両や自衛隊の車両が増えてきた。邪魔になりそうなのでこれ以上進むのはやめて、石巻に引き返した。

 石巻と女川についてはこの動画にまとめた。よく知られた被災地だが、4月18日時点の様子を伝えることには意味があると思ったからだ。
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 時間が前後するが、今回の旅で最初に見た津波被災地は小名浜だった。常磐道を勿来インターで降りて、国道6号を北上した。小名浜港に向かう道を進むと、道端に瓦礫や水をかぶった家具が増えてきた。港に出ると視界が開け、瓦礫の中に漁船が転がっているのに愕然とした。
 休業中のローソンの駐車場に車を止めて周囲を歩いた。地元ナンバーの車が止まり、降りてきたおじさんが携帯電話で周囲を撮影しながら「こりゃまー、えらいことになっとるなあ」とつぶやいていた。小名浜港は横浜の山下公園のような洒落たスポットになっていたようだが、無残なことになっていた。海鮮料理の食堂も多く見られ、「ここで食べたらうまいだろうな」と思うと心が痛んだ。










 正直なことを言おう。津波被災地はどこも凄惨な光景だったが、自分がそれを楽しまなかったと言ったら嘘になる。にやにやしながら見物して回ったのではない。だが「すごい」と思った自分の心を省みれば、その一部で楽しんでいたことを認めるしかない。
 ビルがあり得ない向きに転倒していたり、街なかに遠洋漁船が鎮座していたり、家屋の二階に自動車が突き刺さっているさまは現代彫刻そのものだ。そこにはひとつの調和の美があった。比重1の液体が土砂や固体の破片とともに流れ、往復した。それが市街地を一定のトーンで塗り替えたために、アートに類似する光景を作った。アートにおける「一定のトーン」は芸術家が企図することだが、ここでは自然が代わりをつとめたのだった。
 町は人間が作ったのだから、人と自然が協同して作った光景かというと、そうでもない。家々がそこに建てられたのは、世帯ごとの事情によるのであって、全体を統括するシムシティのプレイヤーのような存在はない。地域全体の視点からは、人間の意図というより、自己組織化する粒子のようなものと見なせるだろう。そこに地震津波が作用した。

 土地を選び、家を建て、菜園を耕し、隣家からの目隠しに塀をめぐらせ、門柱を飾った――そうした個人の営みから、海岸の平野部に居住地がひろがっていったマクロな過程まで、すべてに目配りすることがこれからの復興に求められている。
 私が今回の観察から伝えたいことは、つまりこういうことだ。市街地は複雑系であるから、計画的な復旧・復興は途方もない難事業で、社会のあらゆる層が同時に動かなければ解決しない。それは困難だが、同時進行する限り、ライフゲームのようにめざましく進行していくことも確かだ。道路が直れば重機が届く。水道が出れば汚れを洗い出せる。昨日まで手が出せなかった障碍も、一日ごとに誰かが解決し、やれることがどんどん増えていく。被災者は一人ではなく、世界中が手を差し延べていることも、きっと実感されるだろう。
 行政にも被災者にも外部の支援者にも不満は蓄積しているだろうが、どうか他人には優しくあってほしいと思う。誰もが困難な闘いをしているのだから。
 ものの本によると、世界の大災害のあとにはきまって理想の復興計画が立てられるが、たいてい住民の反対に遭ってうやむやになるらしい。これは複雑系の宿命だから、自分たちの地域がそうなっても絶望しないでいよう。それは復興が民主的に行われている故のことだ。

東北紀行(1) ガイガーカウンターを持って福島へ

 4月14日〜18日、車に寝泊まりしながら福島と宮城を巡ってきた。きっかけはTwitterで震災後の自粛ブームについて語らっていたとき、宮城県白石市在住のしっとマスクさんに「船岡城址公園の花見に来てください」と誘われたことだ。現地の人がそう言うのなら自粛することはないだろう。あわせて福島の放射能汚染を自分なりに調べることにしたのだった。

 個人取材のつもりではあるが、ボランティアとして働くわけでもなく、他人から見れば野次馬にすぎない。気安く被災地に行くべきでないのは百も承知だ。
 しかし表現者のはしくれとして、今回の被災地はぜひこの目で見ておきたかった。阪神淡路大震災のときは、日帰りできる距離なのに、現地に入ったのは三年後だった。それでよかったのかもしれないが、ずっと後悔している。被災地を早期に見ていれば、その後の復興にもっと積極的になれたかもしれない。
 本震から一か月以上がすぎて、内陸部のインフラはおおむね復旧し、物資の不足も解消してきている。これからは現地で消費して金を落としたほうがいいかもしれない。役立たずな自分が行くのを許せるほどにはなった、と判断したわけだった。






 持参したガイガーカウンターは、秋月電子のキットにArduinoLCDをつけて表示・統計機能をつけた自作品(白いやつ)と、ebayウクライナのセラーから買ったロシア軍用DP-5V(緑のやつ)である。
 報告として、こんな動画を投稿した。
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 測定地点は茨城県守谷SA北茨城市中郷SA、いわき市小名浜、福島高専、四倉PA広野町、差塩PA阿武隈高原SA、郡山市富久山町、福島市信夫山、宮城県白石市東松島市矢本PA飯舘村臼石、浪江町赤宇木、浪江町津島。
 測定というのもおこがましい、不完全な測定ばかりである。ちゃんとやるならポイントごとに数多くの測定をすべきだろう。プローブはビニール袋で包み、使い捨てにすべきだった。そもそも、きちんと校正した測定器を使うべきだ。
 だが、そんな用意も時間もなかった。旅でスナップ写真を撮るように、ここはという場所で測っただけだ。興味は土壌汚染にあったので地面密着で測定した。文科省の発表している空間線量率と直接較べてはいけない。
 私は学術的な調査というより、「見えない放射線を計器で探りながら、実景と重ねる旅」をしたのだった。萩尾望都『スターレッド』に五感を超えた感覚を持つ少女が登場するが、世界の認識は感覚器が変わると一変する。犬の嗅覚、コウモリの超音波、蝶の紫外線。各種の器械を使って赤外線や磁場、気候や生態系の観測を加えても見え方は大きく変わる。
 五感に放射線のレイヤーを重ねた旅をしたら何が得られるだろう、というのがこの旅の真の目的になる。そこで得たことは、いずれ本業の中で表現したいと思う。

 私は20年来の放射線オタクだから、放射能を持つものに忌避感がない。むしろ好んで線源を収集したり、放射線の強い場所に出かけていく。「放射線が細胞に当たるとガン化する」「口に入って内部被曝したらおしまいだ」などと過剰に恐れる人がいるが、人類は胎児のうちからおよそ毎分1万回のペースで自然放射線に被曝し続けている。政府が立ち入りを許している地域の汚染は日常の延長レベルだ。最も線量の大きかった浪江町のスポットでも、私の部屋に転がっている閃ウラン鉱標本表面の半分くらいでしかない。
 とはいえ、一個の標本は50cmも遠ざければ検出不可能になるが、地域全体が汚染されている場合はそうではない。線源を光源とみなして、カメラで近づいたり遠ざかったりするところを想像してみよう。視野全体が光っていると、カメラを遠ざけてもトータルの光量は変わらない。それだけ広い範囲が視野に入るからだ。地面のβ線は1mも離れれば届かなくなるが、γ線は100m離れても届く。
 そこで長く暮らすかどうかは難しい判断になる。飯舘村南部や浪江町は避難したほうがよさそうだが、福島や郡山はよくわからない。結論から言うと、低線量被曝の影響については人知が及んでいない。LNTモデルなどの仮説・仮定はあるが、批判もあって揺れている。みんながやきもきするのは当然だが、政府に正しい基準を決めてくれと迫るのは無理な話だ。わかっている人間は現在の地球上にいないのだから。
 低線量被曝より何十倍も大きなリスクがあるとわかっている喫煙を、成人は任意に行える。飲酒や車の運転、登山もまたしかり。ところが放射能汚染については政府に強制してもらいたい人が多数派だ。これは強制というより「導きがほしい」ということなのだろう。だが菅直人を誰かにすげ替えても、あるいは自民党に政権を担わせても、せいぜい印象が変わるだけで、結局誰かが「えいやっ」と決めることになるだろう。その任を負わされた専門家が、先日涙ながらに辞任していった。そのつらさはよくわかる。
 自己責任で決めろ、ということになったら、自分はどうするだろう?
 今回の旅で、私は福島がすっかり気に入ってしまった。阿武隈高原のあたりが特にいい。福島の山は全体に険しさが少なく、どこでも歩いて入っていけそうな感じがある。信夫山から眺めた福島盆地も暖かみがあって良かった。気仙沼港や久之浜の海岸も美しい。人柄も良く、東北訛りも魅力的だ。
 現在の私の認識だと、いわき、田村、郡山、福島市あたりなら、機会があれば喜んで移住するだろう。だが家族に妊婦や乳幼児がいたら、少し慎重になるかもしれない。自分が住もうとする地域のホットスポットをきめ細かく調べて判断するだろう。
 政府や自治体は空間線量だけでなく、「子供が土にまみれて遊んだら?」という前提で草の根的な線量調査を実施し、除染作業をしてほしいと思う。
 自分で測った結果をみても、客土はいい対策になりそうだ。ただし、放射能汚染は細く長く続いており、トータルではこれまで以上に汚染されるという悲観的な予想もある。いつ客土を始めるべきかは簡単には言えない。郡山市で始まった客土に政府が待ったをかけたのは、それが理由かもしれない。

 実害がないのに福島県民を差別する動きがあるようだが、まったくもって愚かしいことだ。差別とはおそらく、惨めな状態の人を遠ざけようとする人類共通の性質であり、日本人が格別陰湿だったり蒙昧なわけではない。
 まず本人が自分を差別しないことだ。リスクが算定できないほどの汚染で「自分たちは穢れてしまった」「もう子供が産めない、結婚できない」などと考えるのはやめよう。無知な人が偏見を持つとしても、そうでない賢明な人は必ずいる。今回の原発事故がなくたって、伴侶には賢明な人を選ばなければならないのだから、格別苦労が増えるわけではない。結婚や出産はどのみち勇気の要ることだ。

 さて、野次馬するだけでは気が咎めるので、出発当日に収穫した夏みかんを福島高専の避難所に差し入れた。Twitterで知り合ったいわき市在住の水月彰さんに同行してもらい、大いに助かった。水月さんは段ボール箱入りの苺を差し入れた。
 避難所は図書館の閲覧室があてがわれており、玄関ロビーに机を並べてスタッフが事務をしていた。役場の職員とボランティアが数名ずつ働いている。食料ほか物資は特に不自由していないが、入浴は週1回程度だという。バスで近くの温泉などにつれてゆくそうだ。
 差し入れのみかんは受け取ってもらえたが、これは失敗だった。あとで宮城県の福祉系職員の人に聞いたところでは「夏みかんが一番困る」のだそうだ。食べやすいように切って配るのが大変だそうで。どうもすみませんでした>福島高専の避難所スタッフの方。
 水月さんに聞いたところ、いわき市では311の本震より411の余震?のほうがきついぐらいだったという。復旧しかけたガスや水道が止まったりしたそうだ。他の人から4月7日の地震も同様にきつかったと聞いた。いずれも津波がなかったのでこちらでは強い印象がなく、ちょっと意外だった。

 ガイガーカウンターを携えた福島の旅は、浪江町から田村市まで来たところで終わった。滝根町星の村天文台を見舞おうと思って大野台長宅に電話したのがきっかけだった。
 星の村天文台には10年近く前、秋山豊寛さんに連れられてお邪魔したことがある。大野さんは65cm望遠鏡を、まず白鳥座のくちばしにあるアルビレオに向けてくれた。アルビレオは肉眼ではただの白い星だが、望遠鏡では赤と青の重星に分かれ、宝石のように美しい。天体望遠鏡を持ってよかったとしみじみ思える対象だ。「そうかアルビレオから始めますか、さすが大野さんだなあ」と思ったものだった。そのあと大野さんは赤道儀の日周運動を止めて静止衛星を見せてくれた。36000km以上離れた人工天体が眼視できるとは驚きだった。
 ウェブサイトでわかるとおり、星の村天文台の主力、65cm望遠鏡は床にめり込んだままで、復旧の目処は立っていない。天文台に行く道路も崩れていて、地元民しか知らない裏道を通るしかないという。だが大野さんはこの連休から星の村天文台を再オープンすると言った。ありあわせの小型望遠鏡で観望会を開くという。そして、安全確認のためガイガーカウンターがほしいのだが入手できなくて困っていると言われた。
 大野さんの熱意にあてられて、私はDP-5Vを寄付することにした。郡山インターの出口で待ち合わせたところ、大野さんは息子さんの運転する車で現れて、お礼にビクセンの双眼鏡をいただいた。そちらのほうが高価で、わらしべ長者になってしまった。
 当初は「無期限でお貸しします」とケチくさいことを言ったのだが、DP-5Vは一台8000円程度、送料込みでも12000円弱と安く、ウクライナの業者からもう一台買えたので、後から「差し上げますので心ゆくまで使い倒してください」とお伝えした。
 天文台周辺は放射能汚染もごく少なく、夜空は透き通るように美しい。星の村天文台の完全復旧を願ってやまない。

星空手帳 (大人の遠足BOOK)

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自作のプラネタリウム―ペーパークラフトで作ろう!

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横須賀で軍港めぐり


 2月13日午後、JAMSTECでの見学を終えて、汐入に移動した。ダイエーの前にあるステーショングリルでヨコスカバーガーを食べた。ここでは海軍カレー、ネイビーバーガー、チーズケーキが名物ということになっており、バーガーとチーズケーキのレシピは米海軍が提供している。ステーショングリルのヨコスカバーガーは申し分なくうまいし、店内もゆったりしているので二度目になる。

 14時、店のすぐそばの汐入桟橋からYOKOSUKA軍港めぐり遊覧船に乗った。これも二度目で、昨年夏に乗ったとき大変素晴らしかったので、以来横須賀の字を見るたびに「ああ、また軍港めぐり遊覧船に乗りたい、あれはいいものだ、乗りたい、乗りたいなあ!」と思い焦がれている。
 Harpoonのプレイと平行して1/700ウォーターラインの艦船プラモを作っているのだが、軍港めぐり遊覧船に乗ると、それらが目の前で生きて動いている。おとぎの国に来たような心地がする。
 プラモに目をこらすと前後がピンボケになるが、本物は強いパースがついているのにパンフォーカスだ。細部も完璧で、米軍艦艇には滴る赤錆のウェザリングがひときわ効いている。そこで乗組員がモップをかけていたりすると迫真性はいや増すばかりである。模型好きなら、この倒錯感はわかるはずだ。
 Harpoonというゲームの作用について言えば、私はこれを妄想力開発ツールと考えている。製図板で引いた線以外なんのグラフィックスも提供されず、扱う兵器や地理については熟知を求められる。Harpoonで頭を揉んでおくと、実物を見たとき、脳内で遊んでいた無数のニューロンが一斉に結びつく感じがするのだった。





 今回は宇宙作家クラブ鈴木順さんと一緒に乗船した。迷わず二階のデッキに上がり、双眼鏡とカメラを首に掛ける。出港とともに、軍港めぐり案内人の名調子が始まった。前回は女性、今回は男性だったが、マニアックな豆知識をユーモラスに語ってくれるので実に楽しい。録音は使わず、ライブで目の前の状況を解説してくれる。こんな感じだ。
「汐入桟橋を出航しまして、左手はヴェルニー公園、右手は米軍用地でアメリカ・カリフォルニア州の一部になります。もし船から落ちたとき、アメリカに行きたいとお思いでしたらどうぞ右に泳いでください。ただしパスポートをお忘れなく」
海上自衛隊の潜水艦の向こうに見えますのは米海軍のイージス艦です。目印は八角形のレーダー。あれだけで500億円いたします。イージス艦は世界に100隻ほどありまして、うち10隻が横須賀におります。左手には海上自衛隊イージス艦きりしまが見えますね。ふたつの国のイージス艦を見比べられる場所は世界でも大変珍しいです」



 船は右に舵を切り、空母の前を通って港口に出る。海上にコンクリートブロックを並べたような消磁所がある。箱崎にそって左にターンすると、住友重機械の巨大なガントリークレーンが見える。ガイドさんによればそのクレーンに地域振興のため「よこすか」の文字を入れた。その費用が1000万円だったそうである。その隣が午前中にいたJAMSTEC横須賀本部で、しんかい6500の訓練用モックアップが小さく見えた。



 遊覧船は長浦港に入り、ここからは海上自衛隊の艦船がメインになる。ただしこの時間は逆光になるので、海自目当てなら午前中の便がいいと言われている。DD-125さわゆき、AGS-5106海洋観測艦しょうなん、そしてガイドさんいわく「世界最大の木造掃海艦」MSC-681すがしまなどが並ぶ。
 新井堀割水路を通って横須賀本港に戻ると、右手には尖閣諸島ASWシミュレーションでも活躍したDD-110たかなみ、DDH-181ひゅうが、DDG-174きりしまなど、エース級の戦闘艦が並んでいる。
 そうして遊覧船は汐入桟橋に戻った。今回も大満足の45分だった。


 コーヒーを一杯飲んでから、順さんと二人で安針台公園に向かった。安針台公園は有名な艦船ウォッチ・ポイントで、護衛艦しらねのCIC火災のとき、報道陣はここに陣取って撮影したという。
 汐入から京急安針塚に移動し、高台の団地を海のほうに歩く。10分ほどで突端にある安針台公園に着いた。事前にTwitterで呼び掛けておいたので、さのうさんとM-鈴木さんが来てくれていた。四人でフェンスにしがみついて眼下の艦を眺める。さっき遊覧船から見たエース級艦船を、今度は上から見下ろす形になって、これまた絶景であった。ヘリ甲板の「不」マークの角度があーだこーだ、などと語らう。



 この展望スポットの横に、さらに高くなったところがあって、そこからだと観音崎方面までよく見える。初日の出を見るにもいいという。四人で擁壁をよじ登ってフェンスに貼り付き、双眼鏡を使っていると、神奈川県警のおまわりさんが二人がやってきて、「あぶないから降りてください」と言われた。そのあとたっぷり職務質問を受けたが、「尻Pのまわりではよくあること」とされ、特に恥じることも悔いることもなかった。




 17時頃、順さんの案内で横須賀中央に移動して居酒屋「信濃」に入る。店内は海自・海軍グッズやプラモデルが並んでいて、艦船マニアに嬉しい店だ。刺身の皿がさりげなく空母の飛行甲板になっていたりする。
 刺身、串焼き、寿司など、料理も美味しい。刺身で残った魚のアラを使った煮物や潮汁が出てくるのが通な感じだ。頭が大きくて身の少ない「やがら」を食べたのは初めてで、刺身と潮汁で堪能した。


テツオト サウンドポット 京急・横須賀中央駅

テツオト サウンドポット 京急・横須賀中央駅

JAMSTECでRC潜水艦や本物の潜水艇を見学


 2011年2月12日、東京流通センターで開催されたニコつくボカフェスという即売会に行ってきた。Makeミーティングやニコ技レポートとちがって写真撮影が厳しく制約されていたので、詳しいレポートは書かないが、ほどよい人出でまったりすごせて楽しいイベントだった。左は企業ブース・ヤマハで捨て身な営業をしていた人。ボカロショップの元店長さんだったかな?
 ボカフェスはVOCALOID関連の即売会で、こういうところに行くのは初めてだ。即売会は商品を買ってPにお布施をする場だと考えて、ご覧の通り、たくさん買い込んだ。たくさん商品を並べているところはさすがに全部買えないので「どれか一枚となれば、どれですか?」と訊いて選んでもらった。



 さて、ここからが本題なのだが、翌日、アクアモデラーズのミーティングを見学した。JAMSTEC横須賀本部のプールを借りて行われる水中RCメカの走航会で、前から見たいと思っていたものだ。MTMでよく御一緒する今江科学さんに誘っていただいた。京急追浜駅で降りて、メンバーの車に便乗させてもらった。JAMSTEC横須賀本部は長浦港の入り口にあり、岸壁に海洋調査船なつしまが横付けしていた。

 プールは潜水訓練に使うもので、深さは3mぐらいだろうか。
 温水プールで、保温のためか全面に薄い発泡シートがかぶせてある。それを総出で巻き取ってから使用する。







 モデルはさまざまで、実在の潜水艦やサブマリン707、青の6号などに登場する架空のモデル、完全なオリジナルデザインのもの、USSエンタープライズなど宇宙船もあった。


 RC潜水艦はたいてい複殻構造で、内部に防水区画がある。スクリュー軸や舵を操るプッシュロッドはシリコンチューブに詰めたグリスで防水して外に出している。
 電波は水中でも5mぐらいなら届くらしい。舵が逆に切れる奇妙な現象があって、一部では米軍のECMではないかと疑われている。施設の外に出ると、対岸3kmほどのところに空母ジョージワシントンが停泊しているのが見えるから、もしかしたらという気もする。外洋で空母から3kmのところに未確認物体が現れたら一大事で、ミサイルや速射砲やCIWS弾幕を作っているところだ。



 プールは側面に窓があって、外から観察できるので、さながら特撮映画を見ているかのようだった。窓に耳を当てると、モーターの音がよく聞こえる。いつかソナーを自作して、ここで試してみたいものだ。

 アクアモデラーズのメンバーにJAMSTECの人もいて、この人が施設を案内してくれるという。私は大喜びでそのツアーに参加した。
「ただ、しんかい6500はいま整備中で、バラバラになってるんですよねえ……」とおっしゃるのだが、私と今江さんは声を揃えて「バラバラのほうがいいですっ!」と言った。これを読んでいる皆さんもそうであろう?
 「分解できないものは所有したことにならない」とMakerの権利章典にもある。別にしんかい6500を個人所有する気はないが、これはつまるところ納税者のものであるから、骨までしゃぶらせていただきたい。








 潜水艇(潜水調査船)でも潜水艦でも、構造上大変なのは中に1気圧の空気がある場所だ。そこだけ特別に丈夫な耐圧船殻にするわけだが、大変だから必要最小限しかない。潜水艦だと潜航中、セイル部分は海水が入る。このしんかい6500だと白い球形部分が耐圧殻で、ここに人が3人乗る。ほかはすべて海水が入るか、オイルなど非圧縮性の物質を充填してある。4つめ、5つめの写真に白い電線の束が写っているが、透明なホースの中はオイルが充填されている。
 2つめの写真は浮力材で、微小な中空ガラス球を樹脂で固めたものだ。この状態で水圧を受けるが、潰れることはない。拙著『ふわふわの泉』の超軽量素材「ふわふわ」のヒントになったものだ。なお、小松左京日本沈没』にあるとおり、最初期の深海潜水艇トリエステ号は浮力材にガソリンを使っていた。



 これは引退したしんかい2000と、展示館にあったそのコクピット。平成版『日本沈没』のクライマックスで「わだつみ2000」として登場したが、その理由はパイロットが腰掛け姿勢になるので絵的に様になるからだそうな。しんかい6500のパイロットは床にあぐらをかく姿勢になる。





 海底地震計の製作・試験現場。東南海地震の兆候を掴むため、紀伊水道のあたりに集中的に設置しているという。リング状になっているのはリチウム電池のパッケージで、専用の充電器で充電する。
 JAMSTECは毎年5月に一般公開するので、ぜひ見学されるといいだろう。


日本沈没 上 (小学館文庫 こ 11-1)

日本沈没 上 (小学館文庫 こ 11-1)

日本沈没 下 (小学館文庫 こ 11-2)

日本沈没 下 (小学館文庫 こ 11-2)

日本沈没 [DVD]

日本沈没 [DVD]

はじめての海の科学 (JAMSTEC BOOK)

はじめての海の科学 (JAMSTEC BOOK)

レゴ (LEGO) クーソー しんかい6500 21100

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尖閣諸島ASW・補足編

 下記動画やblogへのコメントから、いくつか補足したいことがでてきた。特に、あまりにマゾゲーすぎて到底プレイできないと思われるのは本意ではない。動画には演出というものがあるわけだが、実際はあんな大変なゲームではない。
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(1) Harpoon4を始めるには
 Harpoon4やサプリメントSea of Dragonsは直接CoAのサイトからPayPalで購入できる。
 国内ではクロノノーツ/Clash of Armsから購入できる。同サイトの和訳アーカイブに全文和訳したDOCファイルもあるから、英文ルールブックを読むのは確認のときだけでよい。
 艦船リファレンスシートは基本セット付属のシートをコピーするが、PDFがCoAのサイトからダウンロードできるので、それを印刷してもよい。

 作図の器具だが、別に米海軍の製図器を入手したり海図台を作る必要はない。せまい場所でやるならJW-CAD(フリーの製図CAD)などを使って、PC上で作図してもいいだろう。
 だが、広いマップで全体を一望しながら作戦を練る楽しさは格別だ。手軽にやるなら適当なテーブルにマップをマスキングテープで貼り、透明オーバーレイを三面鏡のように左右に強力テープで貼ればいいだろう。私は最初、そうしていた。
 マップは白ボール紙で、全紙サイズを二等分する。透明オーバーレイはなんでもいいが、私はA1サイズの硬質カードケース(1400円程度)から切り出した。一枚のカードケースから2枚のシートができる。
 ペンはアルコール系溶剤の「ゼブラ・マッキー極細」がおすすめだ。消すときはティッシュやフェルトにアルコールを含ませて拭き取る。跡形もなく消えるのでオーバーレイは何度でも使える。
 あとは定規と分度器、コンパスがあればOKだ。次に述べる井上式三角定規がいいかもしれない。

(2) 製図器や航法計算盤を揃えるなら
 左は米海軍タイコンデロガ級イージス艦の海図台だ。第二次世界大戦の頃から、米海軍はこの製図器を使っているらしい。CICは電子化されているが、ブリッジでは今でも紙の海図を使うようだ。私は中古のものをebayで$20で落札した。ただし送料に$70ほどかかるので、トータル8000円ぐらいの出費になった。検索ワードはnavy parallel motion protractorだ。

 アーム式の製図器は中間ターン(30分単位)の大きな移動の作図にはまことに便利だが、ソノブイを使った位置局限の場面になると少々もてあます。
 これは動画で「現職」らしき人からコメントで教えられたのだが、海上自衛隊では平行移動分度器を使っていない。DRT(航跡作図装置)、ディバイダと井上式三角定規を使うそうだ。以前見学した掃海艦くらまの海図台の写真を見直してみると、確かにその通りだった。

さっそくAmazonで井上式三角定規を購入してみた。最長辺で40cm以上ある大きさに驚いた。外周は分度器になっていて、さらに目標の見え方から距離を得るなど、ノモグラムを使った計算機能がついている。私は計算尺のようなアナログ式計算器が好きなので、気に入ってしまった。
 小学校で習ったと思うが、三角定規で平行線を引くには、写真のようにする。海図に印刷されているコンパスローズから艦の位置まで方位を運んでくれば、平行移動分度器は必要ない。
 E6B航法計算盤は「現職」氏によれば「電測員でこれが許されるのは一等海士ぐらいまで」だそうである(笑)。そもそも航空機用のものだから、艦船では使わないと思っていたのだが。しかしHarpoon4のプレイにはとても便利だ。ヘリの航法はもちろん、潜水艦の移動でも役立つ。艦船では速度の目盛りを一桁小さく読む。
 航法計算盤の裏は偏流計算をするようになっていて、220度の黒潮0.9ktに対して対水速度6ktで170度に進むときの対地速度は?というような問題が簡単に解ける。Harpoon4で潜水艦は7kt以上出すとパッシブ探知される距離が倍になるし、6kt以上だとバッテリー放電率が倍になる。そこで5ktで進むわけだが、海流に乗れば5.9kt、逆らえば4.1ktだから3割も違ってくる。無視できる数字ではない。
 E6Bはebayで買うと送料込みでも2000円〜1万円ぐらいで入手できる。新品は自家用飛行機用のものが数千円〜3万円程度で、国内でも買える。
 上の写真の三角定規の隣に写っているのは、ebayで買った学生用の安価なものだ。ベクターカード(短冊状のカード)が原点まで載っているので、艦船の速度域をフルカバーしている。これなら護衛艦にヘリを発着させるときの針路も簡単に計算できる。

(3) シナリオは海自に甘いか?/事前に情報が得られるか?
 ネットには「海上自衛隊は世界一ィィィィ」「中国なんかやっつけろー」と息巻く人がよくいるが、今回のシミュレーションでそんな人を応援するつもりは毛頭ない。動画がそんなコメントで溢れるのを覚悟していたが、冷静で中立的なコメントがほとんどだったのは喜ばしいことだ。
 前のエントリで述べたとおり、今回の陣容で海自が魚釣島をガードできるのは4時間くらいと見ている。「キロ級が魚釣島に接近中」という事前情報がない場合は24時間やるだけで、することは変わらない。せっかくの数字が出せるシミュレーションだから、最小要素で実験して外挿すればいいわけで、意図として「海自に甘い」のではない。24時間ヘリ哨戒を維持するのは、いまの海自にはかなり厳しいのではないだろうか。

 漢級原子力潜水艦領海侵犯事件のときは米軍が先に追跡していて、海自が引き継いだようだ。海自はASWに成功してほとんどの時間でコンタクトを保ったから立派なものだ。ただし漢級はHarpoon4の資料では「Noisy」で、キロ級の4倍もの距離から探知されてしまうから、これをもって自信過剰になるのはよくない。発展著しい中国海軍で、いつまでもこんな潜水艦は使っていないだろう。
 米軍は南西諸島にもSOSUS(固定パッシブソナー・アレイ)を設置しているといわれている。1981年刊行の『別冊サイエンス 最新兵器と軍備管理』の図を見ると、尖閣諸島からミンダナオ島の東までSOSUS水中局が並んでいる。衛星での出入港監視などと組み合わせれば、米軍から情報がもたらされるのはありそうなことだと思う。
 「アクティブで探知してたら近づけっこないじゃん」と、わかりきったように言う人もいるが、「キロ級の浸透はASWでは防げない」と思っていた人も少なくないのではないだろうか。少なくとも私はそうだった。海自がキロ級をアクティブ探知する方針を打ち出したのは最近のことだ>中日新聞/中国潜水艦を常時監視 海自新戦略
 もちろん、今回のシミュレーションは市販ゲームと兵器の推定データによる素人判断にすぎない。だがこのプロセスには不透明な部分がなく、結果に至る経緯はすべて説明できる。誤っていたならどこで間違ったかがわかる。動画やblogで発表する価値があると思ったのはそのためだ。

(4) たかなみ特製カレーはうまいか?
 海上自衛隊の全艦艇は金曜日にカレーを食べる伝統がある。曜日を思い出させる効果があるそうだ。横須賀や岩国ではこれを海軍カレーとして名物にしている。
 海上自衛隊は公式ウェブサイトで各艦のレシピを公開している。旧海軍の頃は「肉じゃがをカレー化したもの」だったようだが、現在では個艦ごとにレシピが異なる。それゆえ「たかなみのカレーはうまい」というような話が出てくるわけだ。
 たかなみ特製カレータモリ倶楽部で紹介されたのでご存知かもしれない。キーマカレーをベースにしたもので、ブルーベリージャムが隠し味になっている。
 私も作ってみたが、なかなかうまい。ただしデミグラスソース缶のメーカーが特定できないので、再現度は確信できない。ちなみにハインツのを使った。ブルーベリージャムは結構効くので入れすぎに注意しよう。
 盛りつけで牛乳とフルーツもしくはサラダをつけるとそれっぽくなる。下士官食堂ではステンレスのメストレイを使うが、新品はちょっとお高い>メストレイ 抗菌ステンレス。もしかすると士官食堂の食器より高いかもしれない。
 私はハープーンをプレイするとき、海軍カレーを作ることがよくある。基本的にごっこ遊びだからこうした演出は重要だ。それになんといっても、空腹をこらえてできるゲームではない。



ウチダ 井上式三角定規 35cm×3mm 014-0055

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ウチダ KD型製図器 海図用デバイダー SEタイプ 011-0011

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自分でつくるうまい!海軍めし―簡単!早い!おいしい!

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調味 よこすか海軍カレー180g×2個

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尖閣諸島ASWシミュレーションと小説作法

 正月頃から進めていたHarpoon4による尖閣諸島ASW(対潜戦闘)シナリオの経過を3本の動画にまとめた。もし中国海軍のキロ級潜水艦が尖閣諸島に潜入してきたら、海上自衛隊はどう対処するか、というシナリオである。
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 体を張っている海保や自衛隊の人には申し訳ないが、私は愛国心というものが希薄だ。国家などいずれ不要になると思っているから領土にも執着がない。だが中国漁船衝突事件をきっかけに尖閣諸島について調べて、そこがとても興味深い場所だと知った。
 尖閣諸島は大陸棚と沖縄トラフの境界、つまり海底の崖っぷちにあって、しかも黒潮の中にある。差し渡し10海里ほどの狭い領域なのに、変化に富んだ天然のゲーム盤のようである。ここを舞台に海上自衛隊vs中国海軍でASWをやったらさぞ面白いだろう、と思ったわけだった。
 またSF者の心根として、この手の不謹慎は大好きだ。ネタが不謹慎なほど大まじめになってしまうのである。

 動画でも述べているが、現代の浅海域ASWがどのように行われているか、私は知らない。軍事ファンや飛行機ファンなら対潜哨戒機がソノブイという筒状のものを投下するのを知っているだろう。だがどんな種類のソノブイをどう配置し、どうやって潜水艦の位置を割り出し、相手が移動したらどのようにブイを追加していくのか、わかるだろうか?
 1960年頃からJulie/Jezebelという戦術が使われてきたらしいが、これらは外洋ASWである。浅海域ASWでは海上自衛隊が研究を重ねているはずだが、あまり情報が露出していない。
 書籍では『ソノブイ感度あり―続・潜水艦を探せ』(岡崎拓生)、『これが潜水艦だ』(中村秀樹)、『兵士を追え』(杉山隆男)などが参考になった。だが、これらは縦書きのエッセイだ。具体的な数値と図表を載せた『防衛なんとか選書 浅海域ASW詳解』みたいな本がほしいのだが、望んではいけないのだろうか?

 そこで例によってHarpoon4にお伺いを立ててみることにした。このゲームシステムで試行錯誤していれば、必要な戦術のポイントが自然に浮かび上がってくると(ある程度)信じるからだ。
 尖閣ASWシナリオは2度プレイしたが、結果は同じだった。中国のキロ級潜水艦は海上自衛隊のSH-60K対潜ヘリ1〜2機によって発見され、撃破される。
 これは意外な結果だった。静粛なディーゼル潜水艦を発見するのは至難で、ASWはなかなか成功しないと言われているのに、どうしてこうなるのだろうか?
 Harpoon4のシステムやデータに不備があるかもしれない。だがこのシステムは初代Harpoonから長期にわたって練られているので、あまりおかしな結果は出ないと信じている。
 データに関しては、勝利の鍵となるHQS-104ディッピングソナーの性能をどう見積もるかが大きく響く。この新型ソナーは『Sea of Dragons』サプリメントに記載がないので、控えめな数値で補完した。アクティブレンジ3.5、パッシブレンジ1.0である。米軍で現在使われているのはAQS-22で、アクティブレンジ4.0、パッシブレンジ1.5だ。これと同等ならマップに記入していた円は直径106mm→120mmになる。
 キロ級の静粛性は「Very Quiet」で、これはちょっと評価が低いかもしれない。ロサンゼルス級原潜と同じだ。ヴァージニア級原潜は「Extra Quiet」だからキロ級より静かだが、本当だろうか?
 とはいえ、最初の探知はアクティブソナーで行われたから、静粛性は関係ない。艦種の同定はパッシブ探知が必要だが、アクティブソナーだけでもキロ級を雪隠詰めにして雷撃できる。

 私の採った戦術はヘリから海中に吊すディッピングソナーでアクティブ探知を繰り返す、というものだ。相手は魚釣島をめざしてくるとわかっているので、島周辺の狭い領域でそうしていれば必ず探知できる。
 アクティブソナーは相手に自分の位置を知らせてしまうが、ヘリだから魚雷で攻撃される心配はない。相手が逃げるなら、それはそれでかまわない。海自は島を守ればいいのだから。
 まあ、当たり前の戦術といわれればそれまでだが、せっかくのシミュレーションだから数字を示しておこう。およそのところ、15海里四方を4時間程度なら、汎用駆逐艦1隻とヘリ1機でカバーできる。時間を延ばすなら交代のヘリと人員がほしい。24時間見張るならヘリは数機でローテしたいところだろう。母艦を増やすか、ひゅうがクラスのDDHがほしいところだ。
 それでは金がかかって仕方がないから、島の周囲に固定したアクティブソナーを配置してはどうだろうか。10分程度のランダムな間隔でピンガーを打てば、潜水艦は近づけないだろう。
 ソノブイは最初、パッシブ型(DIFAR)を半径1.8海里で配置した。キロ級が増速してノイズが大きくなっているのを期待したのだが、あてが外れた。次は半径0.7海里、その次は半径0.3海里にして、ようやく複数のパッシブ探知が得られた。0.3海里は約560mだ。Wikipediaに「キロ級のパッシブソナーによる被探知距離は500m程度」とあったが、それを裏付ける結果になった。もしくはHarpoon4の再現性の良さを示している。
 捜索円の中心は前回潜水艦が探知された位置で、そこにはアクティブ型(DICASS)を置いた。これのおかげでどうにか失探をまぬがれた。

 さて、僭越ながらここで小説作法について語ってみよう。
 動画には恒例の「先生何やってんすかシリーズ」に加えて「うp主は小説をかくべき」タグがついている(2010年2月4日時点)が、これはもちろん仕事の一環である。「SF作家の仕事は遊びと見分けがつかない」という言葉があるが、誓って仕事である。ただし書くものが軍事シミュレーション小説かどうかは秘密としておく。
 私はSFを書く前に、たいていこのようなシミュレーションをする。PCや紙にマップや軌道図を描き、あれこれ計算しては乗物の経路を書き込む。そうするうちに物語のポイントが固まるし、キャラクターもつかめてくる。
 Harpoon4はこのような小説作法にぴったりのゲームだ。1ターンはおよそこのように進める。

 計画フェイズ……このターンに予定する動きを別紙にプロットする。
 移動フェイズ……計画どおりにユニットを移動させる。
 攻撃フェイズ……ユニットの攻撃を行う。
 探知フェイズ……ソナーやレーダーによる探知を判定する。

 これをソロプレイする場合は、計画フェイズの前に「心の理論フェイズ」を行う。「心の理論」は心理学や脳科学の言葉だ。ここでは双方の指揮官の立場に立って、彼が知らないことは知らないつもりになって行動を決める。
 さすがに双方の動きがマップ上に見えていると頭を切り換えにくいので、別々のオーバーレイに描くことになるが、この程度で充分「なりきる」ことができるものだ。
 これは小説を書くうえでも必須の作業だ。小説では登場人物とともに、読者も洞察する。「現時点で読者はどれだけの情報を与えられ、なにを感じ、予期するか」を推察するわけだ。小説新人賞の審査をしたことがあるが、これができていない応募作品が非常に多い。9割以上になるだろうか。換言すれば、ここさえできていれば一次選考は簡単にクリアできる。文章の表現力などはわりとどうでもいい。ターン進行にともなって読者に必要な情報を提示していけば、それが小説である。
 ウォーゲームやRPGからリプレイ小説を書く人がよくいるが、これは自然な流れといえよう。人は他人を意識したとき、心の空白を放置しないものだ。ゲームの中で戦っている人がいれば、彼が何を思うかを自然に洞察する。それを書き留めていけば、おのずから小説の体裁をなしてくるものだ。ただしリプレイは読者のコントロールまでしてくれるわけではない。

 尖閣諸島ASW動画でも、ところどころに人物の会話を入れた。《索敵編》では白紙状態だったのが、《交戦編》ではいくらかキャラが立っているのに気づくだろう。
 私は軍人や自衛官をよく知らないので、「軍事を仕事にしている勤め人」「国家公務員」「船乗り」「飛行士」という白紙の雛形から始めた。動かしているうちに、この人物が成立するためには何を備えているべきかがわかる。初音ミクのネギのように、きっかけがあれば肉付けする。私が書くような小説ではこれで充分である。

 《索敵編》で「日本鬼子」という言葉を使ったら、「おにこの痛ヘリ」というコメントがついた。期待されているようなので《交戦編》ではそこを膨らませた。
 日本鬼子のイラストはわんこそば嬢に描いてもらった。発注にあたっては「『尖閣諸島はあげないよん』みたいな表情で」とお願いした。できあがった鬼子は挑発的というより「かかってくる? うふっ(はぁと)」という表情で、実にかわいらしい。相手の戦意を萎えさせる機体マーキングにふさわしい絵柄なので、その場面を最後に加えた。
 小説や映画でこのネタを使うなら、相手側に闘志に充ち満ちたキャラクターを用意しておくのがセオリーだろう。その彼が鬼子の萌え絵を見てがっくり膝をつき「俺はこんな敵と戦っていたのか!」「もうやだあの国」と慟哭するオチになるわけだ。
 今回はウォーゲームのリプレイだから、そんな手の込んだことはしなかった。成り行きまかせである。だが人生も歴史も成り行きの集積だから、少しちぐはぐなほうがリアリティがある。私はお約束どおりに盛り上がるより、少し残念感のあるオチが好きだ。そのほうが、まだまだ人生は長いぞ、しっかり生きろ、という余韻が生まれる気がする。
 潜水艦は魚雷をくらったら圧壊しておしまいだと思っていたが、Harpoon4で耐圧船殻が持ちこたえる確率は50%もあった。今回のキロ級も生き延びて、浮上して降参する形になった。
 自分が倒した相手を救助するという最高にかっこいい展開は海上自衛官の夢だと思うが、この展開に作為はなく、すべてダイスのお導きだった。だからこそ脱力オチを入れたくなったのである。

ソノブイ感度あり―続・潜水艦を探せ

ソノブイ感度あり―続・潜水艦を探せ

これが潜水艦だ―海上自衛隊の最強兵器の本質と現実 (光人社NF文庫)

これが潜水艦だ―海上自衛隊の最強兵器の本質と現実 (光人社NF文庫)

兵士を追え (小学館文庫)

兵士を追え (小学館文庫)

童友社 1/700 世界の潜水艦シリーズ No.2 ロシア海軍 キロ級潜水艦 プラモデル

童友社 1/700 世界の潜水艦シリーズ No.2 ロシア海軍 キロ級潜水艦 プラモデル

俺の妹がHarpoon4をやるわけがない――能登半島沖不審船事件編

 『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』というアニメを楽しく観ている。学力スポーツともに優秀で容姿端麗な妹が、実はエロゲマニアだった、というシチュエーションである。そんなことが実際にありうるのか、Twitterで聞いてみたところ、あり得ないことではないらしい>女性が楽しむ男性向けエロゲとは - Togetter

 そんな「俺の妹」でも、さすがにこれはやらないだろうな、と思うのが『Harpoon4』だ。
  二つ前のエントリで紹介した現代海戦ゲーム『ハープーン』の現行バージョンである。前にプレイしていたのはGDW版で、すでに充分複雑なルールだったが、このHarpoon4はそれに輪をかけてややこしい。GDW版をベースに、マニアがよってたかって納得のいくものに仕立て上げた感じだ。おかげでプレイアビリティは著しく低く、ネットで観測した限り、国内に現存するプレイヤーは数人程度と思われる。「凝りすぎて自滅した大作ウォーゲーム」の典型、究極のマゾゲーといえよう。しかし、一度Harpoon4のシステムに触れると、もう後戻りはできない。それが完全ではないとしても、この域にあらねば現代海戦の再現にならないと思えるからだ。以下にその例を紹介しよう。

 ルールブックのはじめのほうに、練習シナリオのプレイが例示されている。ペルシャ湾アメリカのフリゲイトがイランのミサイル艇と戦うという、GDW版とよく似た状況だ。だがこのシナリオでは、まず艦載ヘリが発進して敵を確認する。船とは挙動が異質で扱いにくい航空機が最初から登場するのである。
 航空機を扱うにあたっては、まず「ミッション立案」というルール体系があって、搭載装備、搭載燃料を決め、燃料消費率から航続距離を割り出してミッションを計画しなければならない。飛行中も巡航速度かフル・ミリタリー速度かを記録して燃料消費を割り出さなければならない。……が、ちょっとパトロールに出る程度なら省略してもいいだろう。
 では艦からヘリを発進させてみよう……とすると、こんなルールに出くわした。

(1) 海況4以上では安全に離発着できない。海況が安全範囲をひとつ超えるごとに発着失敗の確率が20%生じる。ただし艦のサイズ、スタビライザーの有無による補正を受ける。

(2) 後部にヘリパッドを持つ艦からの発進は、右舷前方30度より30ノットの風を受けなければならない。

 この(2)が曲者だ。風下にできる乱気流を避けるためだが、必ず右30度と決まっているらしい。このルールはGDW版からあって、ずっと気になっていた。本当にこんな面倒な縛りがあるのだろうか? Googleの画像検索やYoutubeの動画では、このルールにそって発着している場面は必ずしも多くない。



夏に護衛艦しらねを見学したとき、ヘリパッドにいた隊員に聞いてみたが「はい、そういう決まりありますよ」という返事だった。「右舷側って決まってるんですか?」と念を押すと「ええ、そうですね」と、なんとなく曖昧に答える。それ以上問い詰めるのは遠慮した。
 海自艦も米軍艦も、ヘリパッドの右舷前方に、甲板にめりこんだようなガラス張りのLSO(Landing Signal Officer)管制室がある。ここに入った誘導員は、右舷30度に向いたヘリと正対する形になる。

左の写真はたかなみ型護衛艦のプラモデルだが、ヘリパッドと格納庫の間にある犬小屋みたいなものがLSO管制室だ。格納庫に付属するタイプの管制室も右寄りにある。ただしヘリパッドには左右に30度の線がマーキングされているから、左舷向きに発着することもあるのかもしれない。
 ともかくルールに従うことにしよう。操船によって右舷30度の風をベクトル合成するわけだが、ルールブックには「そうしろ」とあるだけで、解決方法が載っていない。至れり尽くせりのコンピューターゲームとは大違いだ。Twitterで愚痴りながら中学時代の数学の記憶をたぐっていると、タイムラインにいた先生方から「二次方程式を立てて余弦定理を解け」「arcsinのついた電卓ならできる」と教えられた。また、三角関数つきの計算尺でも解ける。

 まず「30度で30ノット」のベクトルを前後と左右に分割する。
 30 * cos(30) = 26 前後方向の速度
 30 * sin(30) = 15 左右方向の速度
 arcsin(15 / 風速) = オフセット角
 艦の速度 = 26 - 風速 * cos(オフセット角)
 艦の針路 = 風向 - オフセット角

 計算手順はわかったが、任意の風向・風速に対して、いつでも右舷30度から30ノットの風を合成できるわけではない。解の範囲は15ノット〜30ノットの風になる。15ノットの風なら風向の左90度に26ノットで前進する。風速30ノットの場合は停船して船首を風向の左30度に向けるだけ。それより風が強い場合は艦を逆進させればある程度対応できるが、そこまでやるかどうかは不明だ。また、風が弱いぶんには乱気流も弱まるだろうから、風向だけ合わせるのではないだろうか。ヘリコプターは無風より、前方からほどよく風を受けているほうが安定して離着陸できるものだが、無風じゃダメというわけではないだろう。
 というわけで、以上の想定から次の手順を加えておく。
 風速が15ノット未満のときは、オフセット角90度、艦の速度は風速のルート3倍。

 また、(1)の海況もこの問題にからんでくる。「スタビライザーが効くのは速度8ノット以上」というルールがあるので、海が荒れているときは速度を落とせないケースがある。後部ヘリパッドからヘリを発着させるのは、陸上なら可能な天候でも不可能な場合があるわけだ。

自衛隊指揮官 (講談社+α文庫)

自衛隊指揮官 (講談社+α文庫)

 さて、上の本によると、能登半島沖不審船事件のとき、この艦載ヘリ発着手順が問題になったとある。
 1999年3月23日、能登半島沖にいた二隻の不審船をP-3C哨戒機が発見し、海自と海保の艦船がこれを追跡した。不審船は35ノットの高速を出し、海保の巡視艇は振り切られてしまう。護衛艦はるなはついていけたが、Harpoon4の資料では最大速度31ノット、Wikipediaでは「31ノット以上」とあるから、この数値だけの比較では負けている。さらに護衛艦はるなは追跡中に艦載ヘリを発進させた。発着条件を満たすために回頭したせいで、かなり水を開けられてしまったという。
 詳細は記述されていないが、(2)のようなルールは実在するのだ。一刻を争うチェイス中でも無視しないほど厳格なものらしい。ヘリ発艦にともなうロスはどれほどだろうか?
 練習シナリオはひとまずおいて、このシチュエーションをHarpoon4で再現してみることにした。日本、韓国、中国など、アジア周辺の艦船データは1996年までのものならSea of Dragons サプリメントに載っている。事件の詳細な資料を持ってないので、船のコースや時刻は推定だ。

当日1999年3月23日の風は佐渡・相川のデータをもとに、海況2、風向西南西、海上の風速を2倍として10ノットとした。チェイス開始は佐渡島西方で15時00分、針路は350度とする。不審船の捜索が始まった前日は大荒れだったが、この日は穏やかな好天だった。


 「第一大西丸」と称する不審船(35ノット)の後方5NMに護衛艦はるな(31ノット)、その西に巡視艇ちくぜん(23ノット)を配置する。比較のため、はるなと同じに位置に、等速で進むだけのユニットもつけた。(NM=海里=1.85km)


 15時30分。ちくぜんが引き離されている。佐渡を中心とした同心円の間隔は10NM。


 15時31分16秒。はるなが艦載ヘリを発艦させるため方位158度に回頭し、速度を20ノットに落とす。風向が最悪で、ほとんど正反対の向きに進むことになった。回頭のルールはGDW版だと1ターンに何度、と決まっているだけだが、Harpoon4は回頭にともなう前進距離を基準にしていて、これがまた、リアルなのだがややこしい。このサイズの艦だと「標準舵角の場合、300ヤードごとに45度以内で回頭できる」。この場合は面舵で168度だから「45度以内」を4回、合計1200ヤード進むことになる。45度ごとに2ノット減速するが、どうせ減速しているので問題にならない。29ノットで300ヤード、27ノットで300ヤード……と時間を積算していくと76秒になった。
 操舵には標準舵角のほかに緊急舵角というのもあって、これだとさらに急回頭できるが、5%の確率で舵が損傷する。今回のケースでは、そこまではやらないと判断した。
 ヘリ発艦は1ターン30秒の交戦ターンを使い、ターン終了時に高度100mで風向に向かって最高速度の1/4で前進する状態になる。
 Harpoon4では中間ターン(30分)、戦術ターン(3分)、交戦ターン(30秒)と三つの時間区分を使い分ける。距離の単位も海里、ヤード、メートルとあってややこしい。
 なお、今回はヘリ発着にともなうロスの再現なので手を抜かずにやったが、そうでなければもっと簡単にすませてもよい。ルールブックの例では戦術ターンのまま、ざっくり進めている。重要でないことは省略することもルールのうちで、このあたりが非電源系ゲームの面白いところだ。

 15時39分、ヘリSH-60Jは巡航速度100ノットで不審船に追いつき、撮影を開始する。このときの映像が、当時TVで繰り返し流されたものだ。ヘリは10分間不審船につきそう。


 16時00分、ヘリがはるなに戻り、はるなはまた逆走してヘリを着艦させ、針路を350度に戻した。比較用ユニット(「___」と表示)に較べると3.6NM遅れている。


 もし左舷30度の風でもOKならヘリ発着時の針路は338度で、本来の針路から12度しか逸れない。これならほとんどロスしなかったはずだ。そう思って、これもシミュレーションしてみた。比較用ユニットとの差は1.9NM。右舷30度発着との差は1.7NMで案外少ない。いったん20ノットまで減速し、ヘリ発着後に最高速度まで戻すところに多くのロスがあって、回頭方向については思ったほどの差がなかった。ロスはおよそ半減するが、左舷側にもLSO管制室をつけるほどではないかもしれない。

 ヘリ発艦が危険になる海況を選んで行動する戦術はどうだろうか? はるなはヘリ空母の性格をもつ艦なので、デュアル・フィンスタビライザーを装備している。サイズは中型で、海況安全度の補正は3、つまり海況6までは安全に発着できる。天候のランダム生成ルールで海況7以上になる確率は5%しかない。
 艦船自体も海況の影響を受ける。その度合いはサイズによって決まる。はるなは中型なので、海況7では最大速度が半分になる。不審船は小型なので、この海況だと停船しなければならない。

 シミュレーションは3月23日の16時で終了したが、史実ではここからがクライマックスだ。護衛艦を振り切ったと思い込んだのか、不審船は夜半頃になって停船し、はるなが追いついてしまう。そこで自衛隊発足以来初めての海上警備行動が発令された。はるなとP-3Cからの威嚇射撃が始まると不審船は逃走を再開し、翌朝6時、防空識別圏を出たところでチェイスは終了する。
 この事件がきっかけで海保、海自とも新しい高速船が導入された。駆逐艦クラスの艦ではこういう非対称戦に向かないのだろう。
 不審船側から見れば艦載ヘリが飛ぶかどうかは重要な問題にちがいない。艦船だけなら引き離しつつあるのに、ヘリが飛び立つと数分で目の前にやってくる。ヘリの発艦条件を知っていれば一手先を読んで対処できるだろう。たとえば、発艦に不利な方位に逃げるといった戦術が考えられる。能登半島沖不審船事件がほとんどワーストケースだったのは、偶然ではないかもしれない――というのは考えすぎだろうが、シミュレーションからそう考える材料が得られたのは面白いことだ。
 まるで帆船時代の戦闘みたいだと言った人がいたが、ハイテク満載の現代軍艦がわずかな風に翻弄されるのは意外だった。護衛艦しらねの隊員が言葉を濁したのはこんな理由かもしれない。